番外編7.かけ落ちない星 (ノベル5巻&コミック4巻発売記念)
ノベル5巻&コミック4巻同時発売を記念したSSです。
内容は5巻のこぼれ話となりますので、ぜひ5巻を読んだあとに見ていただけたら幸いです。
突発的に始まった枕投げ大会終了後。
疲れて寝てしまったブルーとぴーちゃんを寝室に残して、ブリジットは学院を連れだされてからの出来事を一からユーリに話していた。
エアリアルが神殿に飛んでくるまで、まだ猶予がある。小屋では少し話しただけだったので、離れていた数日間を埋めるように、ブリジットは夢中になって話を続けていた。
「……で、トナリさんって本当にすごい方なんです。あらゆる闇魔法を習得していらして、彼が人払いの魔法をかけると、人の足が遠のいているのがなんとなく感じられて」
「……へぇ」
興奮に頬を紅潮させて語るブリジットは、ユーリの相槌の温度がどことなく冷えているのには気づいていない。
「そういえば宿の女将さんが、おかしなことをおっしゃいましたのよ。わたくしとトナリさんが駆け落――」
そこでブリジットは口を噤んだ。
「どうした。何か言いかけなかったか?」
「……い、いえ」
不用意な発言をしかけたブリジットは、冷や汗をかいていた。
もしもの話だが、逆にユーリがブリジット以外の女性と二人で逃げるような事態に陥っていたら、ブリジットは心穏やかではいられなかっただろう。そこにどんな事情があったとしても。
(それなのに抜けてるわ、私ったら)
「にしても、駆け落ちと思われたのか」
「!」
うっ、とブリジットは言葉に詰まる。察しのいいユーリが気づかないはずはなかったのだ。
ブリジットは恐る恐る目の前のユーリを見つめる。彼の眉間に寄った皺の本数を数えれば、少なからず不機嫌なのが窺える。
「あ、あの、本当に違いますの。実際は誤解されるようなことなんて、ひとつもなくて……」
慌てて弁解するブリジットに、ユーリが静かに頷く。
「分かってる」
声色にもどことなく覇気がないような気がして、焦ったブリジットは椅子から立ち上がっていた。
「そ、それでは今度、わたくしと駆け落ちしましょう!」
しばらく、ユーリはぽかんとしていた。
「……君と僕が?」
「そうです! わたくしとユーリ様で、です!」
胸に手を当てたブリジットはそう言いきった。
数秒後。ユーリは堪えきれないというように噴きだすと、肩を揺らして笑い始めた。そんな反応に、ブリジットは頬を真っ赤にしてしまう。
「ど、どうして笑うのですっ? わたくし、真剣なのに!」
「すまない。君があんまり一生懸命なものだから……かわいくて」
不意打ちで漏らすユーリに、ブリジットは「んなっ」と動揺してしまう。
口元を緩ませたユーリが、愛おしさのにじむ瞳でブリジットを見上げてくる。
「君の気持ちは嬉しいが……駆け落ちなんて真似はさせられない。僕は君を、幸せにしたいから」
「……はい」
自分も同じだ、とブリジットは思う。ブリジットの家族関係には問題が多いけれど、生まれ育った場所から逃げるように一緒になるなんていやだ。誰からも認められて、二人で幸せになりたい。
「そもそも僕たちの結婚を祝福しないような輩には、相応の対処をすればいいし」
(そ、相応の対処とは?)
何やら不穏な発言のあと、ユーリが小さく口を動かす。
「そんなことより、君がトナリを頼りすぎていることのほうが、僕は……」
「え?」
声が小さすぎて、よく聞き取れなかった。
首を傾げるブリジットに、ユーリはふ、と小さく笑う。
「いや。――やっぱりブリジットは浮気者だな、と思って」
「き、聞き捨てなりませんわよユーリ様っ!?」
エアリアルがやって来るまで、しばらく二人の言い合いは続いたのだった。