瞳の先 【月夜譚No.87】
本の帯を指先で弄ぶ彼のぼんやりとした顔の前で手を振ってみた。……無反応。彼の友人である少年は息を吐き出して、少し浮かせていた腰を椅子の上に戻す。
少年の頭上のずっと先――何処とも知れぬ虚空を見詰めるその瞳には、一体何を映しているのだろう。朝からずっとこの調子である彼は授業中も上の空、休み時間になっても席から立たず、声をかけられても気づかないような有様だった。放課後も階段を踏み外しそうになった彼を見兼ねて、半ば無理矢理に少年がこのカフェに連れ込んだのだ。
しかし、やはり彼はここを見ていない。以前読みたいと言っていた漫画を手渡してみたが、生返事で受け取ったまま開こうともしない。明らかに、いつもの彼とは様子が違う。
昨日の帰りは普通だった。ということは、昨夜から今朝にかけて何かがあったのだろうか。訊いていいものか迷うところだが、そもそもこちらの言葉に対して反応がないのでどうしようもない。
少年は眉をしかめて、彼の気の抜けたような表情を睨みつけた。