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第1章 おまけ

 シュイロンは意識を失ったフーレンを見下ろした。

 どうやら疲れ果てて眠ってしまったようだ。すうすうという規則的な寝息と緊張感のない寝顔が、子犬のようでなんとも愛らしい。しゃがみこんで顔を覗きこみ、目を細めた。

 美術品には全く興味はないけれど、命ある美しいものはそのときどきにしか見せない輝きを放つ。その移り変わりを見るのがシュイロンは好きだった。美しいもの、愛らしいものを手元に置いておけるというのは何事にも代えがたい喜びだ。

「シュイロン様、薬師様は……」

 薬を買いに来た少年が、不安そうな顔で訊いた。

「寝ているだけだ」

 試しに頬を突いてみるものの、身じろぎ一つすることはない。あまりに深い眠りなのだろう。

 にへら、としまりのない笑顔を浮かべた。

「よぉし、こいつを連れて帰るかあ。皆驚くぞお」

 シュイロンはフーレンの唇に唇を寄せた。シュイロンの姿が掻き消え、代わりに寝ていたはずのフーレンが勢いよく身を起こした。

 少年は、服や頬についた砂埃を払うシュイロンーーフーレンに憑依した、だが――に訊ねた。

「薬師様は……いえ、器様は、これからどうなるのですか」

「社で暮らすことになるな。上げ膳据え膳で食う物にも寝床にも困らない悠々自適な毎日だ」

「旅の薬師は」

「それはもう終いだ。何せ俺の器になったんだ」

「そう、ですよね……」

「どうかしたか」

 あまりに声を落とした少年に、さすがのシュイロンも眉をひそめた。

 少年はもぞもぞと唇を噛んだ後、意を決したように口を開いた。

「みんな口を揃えて『他国の神様のように、シュイロン様もどなたかを器になさればよいのに』と言っていますし、僕自身もそう思っていました。だから、器が誕生したこの瞬間に立ち会えたことは、僕にとってとんでもない幸運です。それに薬師様は僕に親切にしてくれた素敵な人ですし、そんな方が自国の器だというのは、とてもとても、嬉しいです」

 新しい器の誕生を褒める言葉の羅列に、シュイロンは鼻を鳴らした。けれどもどうだろう。少年の表情は未だ暗い。

「でも……」

 その先を紡げず顔を伏せた少年を、シュイロンは見下ろした。

 シュイロンには少年が何を言いたいのかはよくわからない。腹の探り合いは苦手だ。言いたいことがあるのならばはっきり言ってくれた方がいいのだけれど、言葉にしづらい何かがあるのだろう。

 シュイロンは少年の旋毛を見下ろし、ふむ、と小さく唸った。

 「お前は随分と可愛らしい顔をしているな」

 シュイロンは驚いて目を丸くした少年のそばにしゃがみこんだ。

「こいつと出会うのがあと十年遅かったら、お前を器にしていたかもな」

 少年の大きな目はシャンチャンの特産品であるヤンガンランの実のようにまあるく、眉が賢そうにきりりとしている。今はまだ幼さがありありと出ているけれど、そのうち精悍な顔つきになるに違いない。将来有望だ。

 けれど何も本気で言っているわけではない。大抵はこの一言で、人間は喜ぶ。子供の機嫌取りには最適だ。

 だというのに少年は困惑した表情のままだ。

「申し訳ありませんが……僕はそれに応えられません」

 生真面目に返されて、シュイロンは目を剥いた。まさか自分の申し出を真っ向から断る人間が、今日だけで二人もいるなんて。

「なぜだ」

「僕には夢があるからです。いえ、夢が、出来たからです。薬師様のように旅をして、色々な人を助けたいという、夢が。なので僕は、シュイロン様の器にはなれません」

 自分の瞳を見て臆せず告げる少年に、シュイロンは笑った。

「そうか。それは残念だ。今のお前は本当にいい顔をしている。誇るがいい」

 少年の短い黒髪に手を乗せ、乱暴に撫でる。

「いつか、もしもう一度俺の器に会うことがあれば、今の言葉をお前の口から告げてやってくれ。きっと喜ぶことだろう」

「はい。……はい! いつかきっと!」

 唇を引きうっすら笑みを作ると、シュイロンは空へと舞い上がり、社の方へと光を描きながら飛び去った。


 少年はそれを地上から見つめた。

 大きくなったら絶対に、器様に、いや、自分を助けてくれた旅の薬師に、礼を告げに行こう。

 そう心に決める。

 少年はフーレンに渡された薬をぎゅっと握りしめ、家路を急いだ。

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