煮え切らない男女
「ねぇ代表。結局、スマイル食堂は出入禁止じゃなかったんですか?」グリーン・ヘヴンで松浦 久美が配達を終えて帰ってから、直ぐに水野 優香に絡むように言ってきた。配達に出る前の優香の様子が気になって、優香と山崎 和浩の関係について訝しんでいたのである。
「久美ちゃん、分かったわ。もう観念する。山崎さんはね、前に言ってた私に影響を与えてくれた食堂を経営してる男性やの。私の人生において重要な存在やし何よりも大切な男性…」優香は瞳に哀愁を帯びさせて話した。
「あっ、やっぱし!代表の態度を見ててそうなんと違うかなぁって思てたんですよ。ほんで?私らも行ってエエんですか?」久美は瞳を爛々と輝かせて食い気味に聞いた。
「今度の週末の夜に遥ちゃんも入れて三人で行こう!」優香はスマイル食堂の時、同様に一転して明るい笑顔を見せた。
「私も行ってエエんですか?何か嬉しいです…」黒縁メガネをかけた木下 遥が言った。遥は一見すると根暗な女性だった。服装もオーバーオールと地味めを好み、髪型はお提げ、表情も硬かった。まさに久美とは正反対のタイプだった。
優香は面接に来た遥を雇うかどうか決め倦ねたが、志望動機を聞いた時、遥は熱弁した。
『私は安全なものを安心して誰もが手に入れる事が出来る世の中を作りたいんです。会社の取り組みは私が理想としてたそのものなんです!私…頑張りますから…よ…よろしくお願いします!』遥自身が幼少の頃よりアトピー性皮膚炎を患っており、母親は遥の為に良い食材を東奔西走して探してくれたのだそうだ。それだけにそんなお母さんたちの力に少しでもなりたいと思っていた。
そして心配された接客だったが、不器用ながらも誠実に話す遥にお客さんの評判は良かった。
「何を言うてんの?遥ちゃん。貴女も会社には欠かせない大切な戦力やねんから、そないに自分を卑下せんといてね」優しい優香の言葉に遥はニンマリと笑った。
「ところでスマイル食堂って何であんなに子供ばっかしなんです?」久美はどうしても気になって仕方なかった事を聞いた。
「それが山崎さんと言う人やの。13年前にお店を潰す事を覚悟で一人二百円で満足にご飯を食べれない子供たちにご飯を振る舞ったの。あの人はずっとそれを変わらずに続けてんの。今も何も変わらずに」優香の話す姿を見て、久美は優香の山崎への想いに気付いた。山崎に興味を持っていた久美だったが13年もの間、一人の人を思い続けられるのか?自分には到底出来ないと思った。
「ねぇ、ねぇ、代表!これから山崎さんに持って行く手土産を買いに行きましょうよ」
「えっ?何でよ。そんなん山崎さんも迷惑やわ」
「良いから行きましょうよって」戸惑う優香の手を引いて、三人は夜の街へと出ていった。
「宗介!謝りなさい。修二郎君に痛い事をしたんやろ?」二年前からスマイル食堂を手伝うようになった山本 彩音は、再婚相手の山本 宗男との間に出来た子供、宗介を叱っていた。
「違うもん!修二郎君が先に足を踏んだもん。オレが痛いって言うてんのに笑ったからアカンねん」宗介は意地を張って謝ろうとはしなかった。
「そんなん言うたかってアンタも痛い事したんやろ?だから先に謝りなさい!」
「嫌や!嫌や!先に謝るんは修二郎君や!」母親の説得にも納得がいかず、宗介は頑なに謝罪を拒んだ。
「まぁ、まぁ、彩音さん。自分の息子を先にって気持ち、分からんでもないけど、ここは平等に見てやってくれ。宗介、修二郎、こっちおいで」厨房から出て二人の子供を呼び寄せた山崎は、お互いに向き合うように立たせた。
「エエか?お前ら先に謝った方にマンゴープリンをプレゼントや。よーいドン!」
『ごめんなさい』二人はほぼ同時に謝った。
「うーん、判別がつかんなぁ。ヨシ!ほなら先に許した方にプレゼントや。よーいドン!」
『許す(許したげる)』
「ハッハッハ!よーし二人ともエエ子や。特別に二人にプレゼントや」山崎は二人ともにマンゴープリンを提供した。
「山崎さん、ありがとうございます。賢一の時は素直で育て易かったんですけど宗介は中々言う事を聞いてくれなくて」彩音は疲れたように言った。
「それは余裕が出来たからと違うかな?オレが始めて彩音さんの家に行った事、覚えてるか?あの時の彩音さんは賢一を一人で育てる事に必死になってて、その背中を賢一が見てたから "お母ちゃんに迷惑をかけたらアカン" って賢一は思ってたんやと思う。彩音さんがホステスって言う仕事を始めは賢一も嫌がってたけど、ここへ来るようになって彩音さんが愛情を注ぐようになってからアイツは良う "お母ちゃん、頑張ってるからボクもエエ子にして頑張んねん" とか言うとった。あの時を思い出してお母ちゃんのエエ背中を見せてやったらエエ」山崎は原点となった出来事に思いを巡らせた。
「ホンマ懐かしい話しですね。あれからもう…13年か。早いですね。山崎さんもそろそろ自分の子供が欲しくなったんと違うます?」彩音もシングルマザーとして頑張っていた頃を思い出していた。
「えっ?あー、まー、そうやな。そろそろな」山崎の狼狽えように彩音は感付いた。
「もしかしてエエ女性でも出来たんですか?」
「えっ?いや…う…うん、まぁそうかな?」煮え切らない態度の山崎を、彩音は横目で見ていた。