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グリーン・ヘヴン

「さ…産婦人科ですか?」水野 優香は筋弛緩剤の点滴により症状が少し改善した。それにより後は産婦人科に移って患部の消毒などのケアをするように説明を受けていた。しかし病気が病気なだけに優香の不安は拭い切れずにいた。

「大丈夫ですよ、水野さん。産婦人科むこうに連絡して女性の先生に担当に着いてもらえるようにしてますから」久本 真希医師としても同じ女性同士で不安な気持ちは分かる。しかし次から次へと急患が運ばれてくる救命にあって軽い症状の患者は該当の科に回す事が重要な事だった。少しでも早く多くのベッドを空けなければならないのだ。

「分かりました。あの…もし良かったらまた空いた時間にでも様子を見に来ていただけますか?」優香はよほど真希の事を信頼したのか、すっかり頼ってしまっていた。

「分かりました。あまり時間は作れないかも知れませんが、少しでものぞくようにします」真希としても医師として患者から信頼を受けて頼られるのは嬉しい事だ。決して社交辞令ではなく返答した。

「我がまま言ってすみません。これで安心して…あれ?髪飾かみかざり?先生!私の髪飾り知りませんか?」優香はたかが髪飾りに対してこの世の終わりが来たとでも言わんばかりに狼狽うろたえた。

「えっ?髪飾り?あっ!これですか?」真希はピンクの花びらをした飾りがついた髪飾りを拾い上げた。

「あっ!それです。良かった。失くなったかと思ってた」誰かの形見とでも言うのだろうか?優香は髪飾りをいとおしそうに頬にてがった。


「フィーッ、何かありがた迷惑な気もするけど、まだ医者としては新人なんだし、頑張らないと」真希は改めて気合いを入れた。


一方でスマイル食堂では山崎にとって懐かしい恩師が二人も来ていた。

「へぃ、らっしゃ…えっ?杉山先生?」来店したのは山崎の高校時代の担任教師、杉山 誠一だった。

「えっ?あっ!山崎か?」どうやら杉山は山崎の店とは知らずに偶然入ったようだった。

「いやー、卒業してから連絡をくれんから、まさかこんな所で店をしとったとは…お前の料理を食える日を楽しみに待っとったんやぞ。もう…20年か?」すっかり白髪交じりになった頭をでながら杉山は懐かしそうに言った。

「スンマセンでした。あれから色々とあったもんで。今日はサービスしますんで好きなモン注文して下さい」一年前に定年を迎えた杉山は鱧スキ鍋定食を美味うまそうに食べた。

「ホンマや。お前は嘘つきやなかったわ。ほれ!笑顔がこぼれるわ」満面の笑顔で自分の料理を食す杉山を見て山崎は申し訳ない気持ちが湧いてきた。もっと早くにこうしていればと。

「へぃ、らっしゃい!って、今度は古川先生ですやん?」次に来店したのは山崎の調理師学校時代の恩師、古川だった。

「山崎!悪かったな、来るんが遅うなって。やっとお前さんのホンマモンの料理人としての料理を食べれるわ」古川は山崎が仕入れで苦しんでいる時、北新地の和食の名店、『おおかわ』の大川 晋作に連絡をつけてくれ、その甲斐かいあってコストを大幅に削減出来た事があった。もしあの時に大川が来店しなければ、スマイル食堂はすでに潰れていたかも知れない。

「その節はお世話になりました。お陰さんでこうしてしぶとく店が出来てます」学校は中途退学になってしまったが、辞めた後もこうして応援してくれる人々がいた。まさに人徳であった。

「大川先生と同じ刺身定食をいただこう」大川が訪れた時は山崎としては刺身定食は採算の取れない頼まれたくないメニューだった。今では市からの補助金も出るようになって開店当初より少し毛が生えた程度の値段で出せる自慢のメニューだった。

「ほう、エエ仕事しとるがな。きちんと角も立っとる」古川は大川と同様に一つ一つを味わいながら食した。

「ほならまた来さしてもらうわ。暇な年金暮らしやさかいな」

「頑張れよ!山崎。陰ながらやが応援しとるでな」二人の恩師はそれぞれに余分の代金を置いて帰っていった。

「何か申し訳なかったなぁ。何か涙出てきたわ」山崎は首からかけたタオルで目尻を拭いた。


「ただいま。カズ兄ちゃん。これ」真希は帰宅するなり一枚の名刺を手渡してきた。

"有機野菜宅配専門のお店 グリーン・ヘヴン 代表 水野 優香"

「何じゃ?こりゃ?」山崎には名刺を見ただけではその名刺が意味するところも真希が言いたい事も分からなかった。

「うん、その人、病院ウチの患者さんやねんけどな、大阪の農家さんトコで出た商品にならへん規格外の有機野菜を安く仕入れて月額一万円で週に二回アソートにして運んでくれるんやて」真希はついでにもらっておいたパンフレットも渡した。

「ふーんお試しセットで千九百八十円イチキュッパか…せっかくの真希の紹介やし、一回頼んでみよか?」山崎はパンフレットをまじまじと見ながら言った。

この有機野菜の宅配業者が山崎と真希に人生の選択を迫らせる事になるとは、この時の二人は気付いていなかった。

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