怖がりのための怪談話《深夜のコンビニ》
怖がりのための怪談話
《深夜のコンビニ 》
僕は怖がりだ。
日々流れるニュースの悲惨な事件や事故に、心の底からビビっている。
結局一番怖いのは人なんじゃないか?
そんな結論に、大きくうなづく。
いやしかし、地震や台風などの天災だって怖いよな… 。
そんな僕に妹の由衣が、
「お兄ちゃんてほんと怖がりね。」
からかうようにして笑う。
同じ兄妹でも彼女の心臓は鋼なのだ。
十も下の妹に言われると、さすがに情けなくなってくるけれど… 。
それにも増して僕を一番に怖がらせるのは、いわゆる霊的な話だった。
こんな僕がなんの因果か、人から怪談話を聞き続けるはめになる。
これも仕事だ。
そんな仕事があるのかと言われそうだが、実際に体験した話を直接うかがい、それを文字に起こす。
それが、ホラー漫画雑誌の隅っこの一頁に載るのだ。
タイトルは『怖がりのための怪談話』にした。
怖がりが怪談話なんて読むのか?
それは謎だけど、僕が怖がりなのは事実だ。
体験者第一号は女性だった。
僕たちは駅近くの喫茶店で待ち合わせ、そこで話を聞くことになっている。
いかにもオドロオドロシイ人間が来るのかと思いきや、彼女はいたって普通の、親しみやすい笑顔を浮かべたショートカットの女性だった。
「えっと… 、では話します。
… なんだか緊張しますね。」
僕がICレコーダーをセットすると、彼女は照れるように笑った。
《内田かおりさん(仮名)28歳の話》
あれは、6年前になります。
大学を無事卒業して、就職先の研修がひかえている時期でした。
大学は実家から通ってたんですけど、就職先は実家が遠くて… 、初めて一人暮らしをすることになったんです。
母と一緒に、不動産屋を何軒もまわって決めたのは、三階建ての小綺麗なアパートでした。
○○ハイツなんて名前が付きそうな、よくあるタイプの。
駅は遠いけれど近くにバス停もあるし、三階なので防犯的にもいい。
築年数が浅いから比較的きれいだし。
ということで決めたんです。
ちょうど空き部屋だったので、一週間後には住めるということでした。
研修が始まるまでに数週間ありましたが、早めに落ち着いて、一人暮らしに慣れておこうと思って。
ちょうど一週間後に、このアパートに引っ越したんです。
その日、私は友達のリサと一緒に部屋でお酒を飲んでいました。
私自身、普段からお酒を飲む習慣はありません。
なんだけど、飲むと飲めちゃうんですね。結構強いんです。
スナックやチョコレートをつまみながら、止めどないお喋りを楽しんでいました。
お菓子の残骸や酎ハイの缶なんかで、部屋は見るも無惨になっていましたが… 。
それでも、就職したらきっとすごく忙しくなるだろうし、こんな風に友達と過ごすこともなかなか出来なくなるだろうって。
最後の晩餐じゃないけど、学生時代の最後のはめはずしみたいな 。
それが『友達とお酒を飲み明かす』なんだから、スケール小さいですけどね(笑)
リサもかなり飲めるたちで、私達ずっと、飲みながらお喋りしどうしでした。
話が尽きるってことがないんです。
私、昔から女友達を作るのが下手くそで… 。
なんだろ。女同士の暗黙のルールみたいなのあるじゃないですか?そういうのが面倒なんです。
でもリサとは、そんなことを考えずに一緒にいられました。
気兼ねのない、唯一の友達です。
深夜2時をまわった頃でした。
うとうとし始めていた私に、リサが缶酎ハイを片手に言ったんです。
「かおりには言ってなかったんだけど、彼にフラれちゃったよ。」
「… うそ?
そんなこと言ってなかったじゃない?」
リサが今の彼氏をどれだけ好きか、私は知っていました。
だから、これまで言わずにいたことにびっくりしたんです。
リサは少し淋しそうに笑いながら、酎ハイをぐびっと飲みました。
「だって。
折角かおりと楽しく過ごしてるのに、湿っぽい話とかしたくないじゃん。
だけど、結構キツかったよ。ひとりで溜め込むのも… 。」
「いいよ!話してよ!
私達、友達でしょ!」
私は眠気も吹き飛んで、今夜はリサの話を聞くことに決めました。
見ると、食べ物もお酒も殆ど残ってない。
「深夜にひとりで行くのは危ない」と言うリサを押し止めて、近くのコンビニに行くことにしました。
部屋着のままお財布だけ持って。
一番近いコンビニが、歩いて5分の所にあるんです。
誰もいない住宅街を歩き、コンビニに着いたのは深夜の2時半でした。
店内にはお客はおろか、カウンターにも人の姿はありませんでした。
シンと静まり返ったコンビニって、なんだか不気味なものです。
煌々と照らされた店内に、私ひとりが立っていました。
気を取り直して買い物かごを持つと、缶酎ハイを次々に入れます。
目ぼしいスナック菓子も追加して。
缶酎ハイとお菓子で一杯になったかごをカウンターに置いても、一向に誰も出てきませんでした。
(困ったな… 。
どうなってんのよ、このコンビニ。)
「いらっしゃいませ。」
「ひっ!」
私は思わず声を出しました。
男性店員が、私の真後ろにいたんです。
普通、お客の後ろに立ちますか?
その上びっくりすることに、私の肩に手をポンポンッと置いたんです。
「なっ… 。」
驚いて何か言おうとしましたが、上手い言葉が出てきません。
私がそうして立ちすくんでいる間、男性店員はカウンターにまわり、レジを打ち始めました。
その間もじっとりした目付きで、私をジロジロと見ているのです。
何せたくさん買い込みましたから、レジを打ち終わるまで、結構な時間がかかりました。
店員は… こう言ったら何ですけどさえない風貌の中年男性で。
彼に見られているだけで、私の背筋は凍りつくようでした。
余程、そのまま投げ出して帰ろうかと思いました。
でもなぜか、私の足はその場からどうしても動かなかったのです。
私は財布を握りしめながら、早くレジが終わるように祈りました。
そうしていながら、こんなことが以前にもあったような気がしたんです。
既視感ですか? そういうものかもしれないと思いました。
やっとのことでレジが終わり、私はお札をカウンターに置きました。
(早くこの変な店員から逃げ出して、部屋に戻りたい。)としか考えいませんでした。
そうして、お釣りの小銭を受け取る際、それが起きたんです。
小銭を包んだ私の手を、男性店員が両手で握りました。
それはそれは、強い握りようでした。
私の顔を除きこむように、じっとりした目付きで睨みながらです。
「… やめ… やめて! やめてください!」
私は振りほどこうとして、握られた手を激しく振り回しました。
男性店員はカウンターに前のめりになりながら、それでも全く、私の手を離してくれないのです。
そんな押し問答が、おそらく数分間続きました。
(なんでこんなことになるの?
リサが危ないから止めとけって言ったのに、どうしてひとりで来てしまったの。
リサ、リサ… 助けて! )
私は泣いていました。後悔と恐怖でです。
私の泣き顔を、男性店員はじっとりした目付きで睨み続けている。
まばたきすらせずに。
そのうち、私は彼に抵抗するのを諦めました。
男性の力で強く強く握られた右手が、ジンジンと痺れています。
だけどその痛みが、私に何かを訴えかけているのに、そのとき気が付きました。
え… 。
まさか。
そのとき不意に、男性店員が両手の力を緩めました。
私はその隙をつき、握られた手を勢いよく振りほどきました。
後ろも振り返らず、買った商品も置いたまま、コンビニから外に飛び出したんです。
私は走りました。
アパートが見える場所まで来てようやく、息をつきました。
後ろを振り返ってみても、男性店員が追いかけてくる様子はありません。
激しく息を吸い込みながら、だけど私は、それだけでは安心出来なかったんです。
まさか。
あの男性店員から受けた手の痛みが、私に問い正します。
まさか。まさか。
私は はやる気持ちを押さえ込みながら、アパートの、自分の部屋のドアを開けました。
まさか…
そこには、誰もいませんでした。
最初からそこにいたのは、私ひとりだったんです。
かおりさんはそこまで話すと、コーヒーに手をのばした。
僕はよくわからないと言う顔をしながら聞いた。
「というのはつまり… 友達のリサさんは部屋にいなかった。
最初から?
全部が幻だったってことですか? 」
「… そうですね。
幻と言うのか、取り憑かれてたんでしょうね、私。」
「取り憑かれていた…? 友達に…?」
かおりさんは、コーヒーを一口飲んだ後で笑って言った。
「いいえ、リサは友達なんかじゃなかったんです。
そもそも私にそんな友達はいませんでした。
私はリサが誰なのかもわからない。
名字すら知らない。
あの2週間だけ、長年の友人だと思い込んでいたんです。
私は2週間もの間、ろくろく眠りもせずにお酒を飲み続けていました。
この世に存在しないリサと一緒に。
あのままだったらもしかして… 。
生きていなかったかもしれませんね。」
僕はようやく事が飲み込めた後で、ゾッとした。
「リサって人は、霊だったんですか。
なるほど… 。」
「… あんまり怖くないですよねぇ。
ごめんなさい。」
僕が考え込んでいると、彼女は小さくお辞儀をして言った。
いやいや、僕からしたら充分怖いから。
「でも…
ここからがちょっと怪談めいて来るんですけど。」
かおりさんはコーヒーカップを置いて、続きを話し出した。
先程も言ったように、私は2週間も休まずお酒を飲み続けていたんです。
あの日、我に返った私が見たものは、鏡に映る死人みたいな自分の顔でした。
げっそりとやつれていて、目付きもなんだかおかしかった。
そして、私は何度も何度も嘔吐しました。
お酒のせいもあるけど、精神的なショックのせいだったと思います。
会社の研修には、なんとか初日から出られました。
研修の日々は覚えることも多いし、緊張もあって、疲れていたんでしょうか。
部屋に戻ると、シャワーを浴びるのも億劫なほど、毎晩よく眠りました。
ええ、なんだか異様に眠いのです。
あんなことがあった部屋に、よく住み続けられるなと思いますよね?
なぜか私は、怖くはありませんでした。
あの出来事はショックでしたが、リサと言う存在を憎めずにいました。
おかしいかもしれませんが、また会いたいとすら思っていた。
でも、リサが部屋に現れることはなかったんです。
ちょくちょくおかしいなことはありました。
私はこの通り、昔からショートヘアです。
それが、ベッドカバーに30センチはありそうな長い髪の毛が落ちていたり、
外から部屋に帰るとなんとはなしに香水の匂いがしたり。
私は香水なんて持ってませんから、変だなとは感じていました。
ある夜、段々と仕事に慣れてきた、夏の終わりだったと思います。
私はバス停から自分のアパートに向かって歩いていました。
あれ? と思いました。
道の途中で、自分の部屋に明かりがついているのが目に入ったんです。
消し忘れたのかなと思いながら、部屋の窓を見ている時でした。
窓に吊るしたカーテンが、わずかに動いたんです。
え?
カーテンの隙間から、彼女がこちらを見ていました。
ええ、リサです。
(… リサ! )
確かに。カーテンの隙間から覗いた顔は、リサのものでした。
だけど、顔だけだったんです。
首から下はなかった。
それに、顔の大きさもおかしかった。
遠くからでも表情を見てとれる位の、たぶん普通の大きさの三倍はありました。
大きな生首のリサが、私に笑いかけます。
おいで、おいで、と言っています。
私はアパートに向かって一歩、また一歩と歩き始めました。
そのとき突然、ビリビリとした痛みが右手に走りました。
「いた、いたた… 。」
見ると右の手首に、誰かに握られたような跡がついていました。
私はそんなことは気に止めず、また歩き始めました。
すると手の痛みは、より強さを増したんです。
「痛い!
離して! 離してよ! 」
そこで私はハッとしました。
以前コンビニで、男性店員から強く手を握られた出来事を思い出したんです。
そのときの痛みと同じものでした。
見上げるとリサはまだそこにいて、笑いながら私を呼んでいました。
だけど、それはもう、私の知っているリサの顔ではありませんでした。
目は白目を剥き、口は耳の辺りまで裂けていました。
私は一歩、また一歩と、ゆっくりと後ずさりしました。
そうして踵を返すと、後は一度も振り返らず、その場から駆け出したんです。
表情が固まった僕に、
「これで終わりです」かおりさんは告げた。
「その後、私は一度もアパートに入りませんでした。
近づきもしなかった。
母に頼んで部屋の荷物も処分してもらいました。
怖かったんです。」
僕は咳払いをしてから、居を正して言った。
「そら怖いでしょう。そんなもの見たら。」
彼女は首を少し傾げながら、
「ですね… 。
でも私が怖かったのは、リサの生首じゃないんです。
それでも彼女に会いたい。会ってまた取り止めのない話をして夜を明かしたいと願ってしまう、私の心の方なんです。」
と静かに答えた。
… そうか。
かおりさんにとっては、リサという存在が唯一と思えるほどの友達だったのか。
霊だとしてもだ。
切ない話だと思った。
お礼を言って、かおりさんを丁重に見送った。
家に帰ると、妹の由衣がリビングのソファでゴロゴロしている。
僕はかおりさんの体験した怪談話を、この暇そうな妹にしてやった。
「へぇ。 なかなか面白いね。」
由衣はソファにふんぞり返ったまま言う。
「そんな感想かよ。」
僕がため息をつくと、由衣はニヤッと笑って言った。
「いや、ありきたりなホラーだと思うけどね。
冴えない中年コンビニ店員が、実は霊を払っってくれた、スペシャル霊媒師っていうのがさ。
ちょっと面白い。」
「… はぁ? ! そんな話いつしたよ。」
僕は目を白黒させた。
「お兄ちゃんこそ、はぁ?だよ。
あきらかでしょ、そんなの。
2週間も飲み続けてたんだよ?
かおりさんは何度もそのコンビニに行ったんだよ。お酒を買い足しにね。
店員からジロジロ見られることに、既視感があったって言ってたんでしょ。
見るからに取り憑かれている彼女をどうにかしようって。
かおりさんが来るたび、そのオジサンは思ってたんじゃない?
そして2週間目の夜、ついに実行した。」
由衣は呆れた顔をしながら、ソファから立ち上がる。
「そんなんでさ、本当に怪談レポなんて書けるの?
私心配だな~。」
そう言い残して、さっさと自分の部屋に戻ってしまった。
え? え? そうなの?
わかってないのはこっちなわけ?
とりあえず、今夜は眠れるだろうか。




