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第十九:搦め手

「……やれやれ、本格的に寝ているとは恐れ入ったよ、ショウギスキー君。人間というものは、ほんの数日すら起き続けられないのか」


 ショウギスキーに対する呆れ笑いとも、緊張の弛緩から出た笑いとも、舐められたことに対する怒り笑いともとれる笑みを浮かべ、パルムは言った。相変わらず、ショウギスキーは起きる気配がない。


「やれやれ……。起こしてあげたいところだが、これも実力の差だよ。鍛錬が足りない。こういう長丁場の対局を想定して来なかった対策・経験の甘さが出てしまったようだね。悪いが、これに一切の遠慮はないよ」


 パルムは飛車を高く持ち上げる。自陣の歩を飛び越え、ショウギスキーの歩を飛び越え、王将まで……


「…………いや、趣に欠けるか」


 パルムは勝利目前、自身の生き写し、ピノの姿が視界に入った。前哨戦の敗者であるピノの目の前で、相手の実力不足とは言え、些か卑怯ともとれる戦法を行使するのは、親の面子が許さなかった。


「……だが、慈悲もここまでだ」


 パチン、と飛車を置いたその場所は、ショウギスキーの歩兵の上、そして王将の正面の位置。


「十秒待つ。最期通告だ」


 パルムは手を膝に置いた。十秒。これがショウギスキーに与えられた最期の時間。パルムはカウントダウンを始める。


「十」


「九」


「八」


「………………ぐう」


「七」


「六」


「五」


「四」


「………………ぐうぐう」


「……六」


「五」


「四」


「三」


 起きろ……


「二」


 起きろ……


「一」


 起きるんだ、ショウギスキー!!


「……ゼロ」


「ジ・エンドだ、ショウギスキー君」




 あっけない敗北。敗因・眠気。そんな恥さらしの対局が、今終わりを告げる。いや、対局だけじゃない、世界も終わる。このボケナスが。


「それでいいのか?」


「…………!?」


 前言撤回。突然、ショウギスキーは口を開いた。予想もしない発声に、思わずパルムも腕を引く。


「……九死に一生を得る、だったか。ショウギスキー君、よく起きた。野生の生存本能とでも言うのかな」


「…………」


「だが、ピンチということに変わりはないよ」


 ごもっともである。王手は王手、ピンチはピンチ。一マス挟んで王と飛車が対峙するこの盤面、唯一の救いは飛車が成りを潜めていることだろうか。


「ああ、ピンチということに、変わりはない。…………お前がな」


「何だと……?」


 ショウギスキーはそう言いながら、自分の座る座布団を指差す。座布団に仕込みでもしているのかとパルムは訝しげに覗き込むが、座布団は至って普通の、何の変哲もない安い座布団のように見えた。


「……なるほど、はったりか」


 呆れ顔で呟くパルムをよそに、ショウギスキーは勢い良く立ち上がる。突然の奇行にパルムはたじろぐ。そして、ショウギスキーは衝撃の一言を発した。


「お前の席はこっちだぜ、ボンクラゴミ虫クソ野郎」


 パルムはまず、突然投げられた強烈な罵倒に驚いた。しかしそれに追従するように、ショウギスキーの言った言葉の意味が脳内で噛み砕かれたとき、パルムは全身の汗が体内に引いていく感覚を覚えた。


「せ、席だと…?」


「そうだ。そっちの席は、俺の席だぜ」


 パルムは辺りを見渡すが、どこにも名札など席を示す表示物が無いことを確認した。


「……子供みたいなことを言うな。ピノでもそんなふざけたことは言わないが」


「……やれやれだぜ。…………教えてやるよ、パルム。お前ら宇宙人の、対地球人の戦績はどうだ


「……? そんなもの、当然二勝〇敗だが……ッ!!?」


「……そういうことだ。残念だったな」


 パルムは何かに気付いたようで、表情を強張らせた。……二勝〇敗。これが意味することはただ一つだ。…………パルムは、対地球人において、将棋ランクが上位であるということ……!


「お前はもっと、将棋を知る必要があった。だから、こんなイージーなミステイクを犯す」


 そう、将棋界にはあらゆるルールの上に存在する約束事、いわば皇室典範とも言える取り決めが存在する。……ランキング上位の者が、…………王将を使用し、……下位のものは玉将を使う、と……! だが現在、人間に対し上位の存在であるはずのパルムの下には、玉将が鎮座している……! つまり彼らは、自分で自分を殺そうと動いていたのである……!


 形勢逆転をした途端、ショウギスキーの口は饒舌になった。パルムは歯ぎしりをして言葉も発さず唸りだす。


「さっきは席と言ったが、まあいい。俺は上座も下座も気にしない。お前のプリケツで暖まった座布団にも座る気はない」


 ショウギスキーは将棋盤を半回転させた。持ち駒も器用に前方にスライドさせ、ショウギスキーの圧倒的優勢でゲームが再開されることとなった。それが意味することはただ一つ。


「……さて、俺の番だったよな。そして、既に王手だから……。詰みだ、パルム」


 圧倒的作戦勝ち、ショウギス


「待て!!」


 パルムが最終回間近になった月9ドラマの主演男優のように、純情な感情を空回りさせ必死に叫ぶ。


「こんなの認めないぞ……。おかしいだろ、大体……。…………そう、おかしいんだ! 駒を入れ替えたんだから、順番も入れ替わるだろう! 今は、私の番だ、違うか!」


 パルムが情けない言い訳を開始した。大人の恥ずかしい姿を見て、ピノ君も真顔になる。


「……ああ、それでもいいぜ」


 ショウギスキーは承諾した。今までのショウギスキーを見ていれば、もう分かる。こうなってしまっては、パルムが勝つシナリオは存在しない。そんな中、思いがけず屁理屈が通ってしまったパルムは急いで次の手を考える。

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