第十八話:万事休す
「……では、対局といこうか、ショウギスキー君」
一時間はまるで数分のように過ぎた。二人は将棋盤の前に着座し、実況により対局開始の狼煙が上げられた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。わたしの名前はパルム。……よろしく頼むよ」
「……ッ!!」
「……ほう。さすがだね」
説明しよう。この男は、自己紹介の終わりと共に握手を要求してきた。ショウギスキーはそれに応じた。刹那、戦地からパルムの飛車が消えたことに気付く。それが何を意味するか。パルムの伸ばした手の中に飛車があることをショウギスキーは瞬時に理解する。…………一目瞭然、イカサマである。パルムの飛車は歩を飛び越え、ナナメ前に移動し最前線に出ようとしていた。恐らく、これで今までの地球代表棋士達はやられたのだろう。しかしショウギスキーはそれで終わる人間ではない。パルムの意図を、間一髪のところで指先の方向から読み取る。それを悟らせないままの握手。当然、相手の目から視線を外さずに。視野角を最大まで広げ、全ての所作を完璧にこなし、パルムと握手しない左手を器用に使い、既のところでエイミング・グラウンド・リターンを発動した。
「…………」
もちろん、外野のミーハー共はこれらの事実に少しも気付くことはなかった。対局開始と共に握手が行われ、スポーツマンシップに則り対局が行われることに一抹の青春を味わっていたくらいである。
「……先手はショウギスキー君からでいいよ。よろしくね」
パルムは微笑する。以上のことから、お互いはその実力を肌に感じ、一切の油断も許さぬ試合になることを覚悟したのであった。
「…………」
「……………………」
対局は淡々と進む。手の探り合いのように、進めては引き、イカサマを試しては咎められる。相手がどの程度の人間(宇宙人)なのかを、ギリギリのラインまで見極める、そういう時間。
「…………ぐう」
傍から見れば退屈な試合である。犬は布団を敷いて眠りについている。犬に毒の一つでも吐きたくなるが、なんと既に対局開始から六時間が経過しようとしている。恥ずかしながら私も寝てしまった。それにも関わらず、前述のように進めては元の位置まで引っ込めているのだから、盤面はほとんどと言っていいくらい変化していないのだ。
「……」
「さて。そろそろ始めようか」
二十八時間後、パルムは呟いた。
「…………おや」
…………ショウギスキーは反応しない。パルムも変に思い、ショウギスキーの顔を伺う。なんとそこには驚くべき光景が待っていた。
「…………これはこれは。私としたことが、気が付かなかった」
……なんと、ショウギスキーは、対局から二十時間が経過した頃には既に、目を開けたままスヤスヤと眠っていたのである。八時間の間、相手に悟られることもなく。寝ながらも起床時と遜色変わらぬ打筋で打ち続けるその職人技、まさにショウギスキー桂馬! このまま睡眠拳で打ち勝てるのか、見物である!!
「……まあ、いいだろう。行くよ」
パルムはそのまま、パチ、と一手。ショウギスキーは返事もせず打ち返し……あれ、打ち返さない。
「…………?」
パルムは五分程待った後、疑問を覚える。思考中ゆえの待ちとは思えぬショウギスキーの振る舞い。さすがのパルムも異変を感じた。
「……どうした、打たないなら続けて……!?」
まずい。
「ショウギスキー君、まさか、これは……。完全に、寝ているのか……」
ショウギスキーは、ついに熟睡の領域に入ってしまったのである! 目は、白目を、……向いているッッ!
「……はは、そうかい。舐められたものだな、私も」
万事休す、ショウギスキー!




