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第十七話:種明かし

「そんな……!? どうして…………!!」


 ピノ君は冷静さを失った。外野も口をがらんと開けて、状況を飲み込めていない。ただ一人、アメリカの議員風紳士、ピノ君の父を除いて。


「……終わったな、ピノ。冷静さを失った羊は、いとも簡単に食われる。ハンプシャー州のことわざさ」


 盤面は、まもなくその言葉通りになる。


「…………動かないなら行くぜ」


「……!? ま、待て!」


「待ったなしだ」


「クソッ! 逃げろ、僕の王将!」


 ピノ君は寸前で王将を後ろに一つ動かす。


 動かしたはずだった。


 いや、確かに、王将がピノ君の親指、人差し指、中指により持ち上げられ、再度将棋盤に叩き落とされたのを見た。それなのに。


「…………詰みだ、モチーリ」


 ピノ君の王将は、動かなかったのである。




「……イ、イカサマだ! こんなのおかしい! 呪術師か何かの類だ、お前は!」


「もういい、ピノ。見破れなかったお前の注意力不足だ」


「ッ!? パ、パパ……」


 ピノ君の動揺見て、父は割って入る。ショウギスキーの謎の施策に、何か気が付くところがあったのだろうか。


「ショウギスキー桂馬君。君の将棋は……、さながらニンジャのようだ。相手が最高に油断した瞬間、策にハメる。ジャパニーズ忍法裏之裏掻き虫。ブラボー」


「……そうでもないぜ」


 ショウギスキーは満更でもないようだ。


「君のような棋士が日本に生まれたとは。……フフ。この日を楽しみにした甲斐があったよ」


 この議員紳士は、そう半笑いで言いながら、一切の動揺もなく控室の方向に向かう。去り際に、


「対局は一時間後にしよう。……私も、少しばかりトレーニングが必要になりそうなのでね」


 そう言い残し、控室に消えていった。


「パ、パパ! ……くそっ」


「俺も心を整えるぜ」


「! ……ちょ、ちょっと待て! さっきのは……、さっきのは、どういうことだったのか教えろ!


 ピノ君は乞う。それを聞いて、実況の犬も、飛角も気になったようで、控室に戻る足を止めた。


「……"エイミング・グラウンド・リターン"だ」


「な、なんだそれ……!? そんな戦法、聞いたことないぞ!」


「……勉強不足だぜ、モチーリ」


 ショウギスキーは将棋盤の前に戻り、ピノ君を呼んだ。ピノ君は小走りで駆け寄り、ショウギスキーの着座と同時に着座した。


「打って来い、カミシロ!」


 ショウギスキーは最近読んだ喧嘩漫画のセリフをそのまま叫んだ。こういう時は名前の正確性ではなく、ライブ感が大事なのである。ピノ君の金将が、一歩前進しようと動く。


「……! ほら、まただ! なんで!?」


「……今度は、その飛車で俺の一番深いところまで突いて来い、思いっきり」


 思春期のショウギスキーは意味深に言う。思春期のピノ君もそれに応えるように思いきりショウギスキーの一番奥まで一気に貫く。


「……あっ!? そうか……。そういうことだったのか!」


「これが、エイミング・グラウンド・リターンだ」


 エイミング・グラウンド・リターン。……なるほどショウギスキーは、相手が駒を進めるぶんだけ、将棋盤そのものを逆側にスライドさせていたのだ! 相手が駒を持ち上げた瞬間、相手が動かすであろう場所を予測する。その後、駒を降ろす寸前、将棋盤の裏面に手を回し、落下予定地点が駒を進める前の元の位置になるよう将棋盤そのものを音も無く動かす。それによって、動かしているのに動いていないという、摩訶不思議な現象を生み出していたのだ。


「……完敗だよ、ショウギスキーさん。見事としか言いようがない。……これが本当の将棋なんだね」


「ああ。いずれお前も打てるようになる、日本に来ればな」


「……あははっ。考えておくよ」


 ピノ君はかすかに涙を浮かべ笑う。ショウギスキーの実力を目の当たりにした人間は、笑うしかなくなると言われているが、この涙は、それとはまた違った色々な感情が含まれる、別の涙の成分も含まれているのだろう。


「……まさか、この手を初見で見抜くとはな」


ショウギスキーは控室に戻る。ピノ君のパパが見せた驚異の観察眼に、一抹の不安を残して……。

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