無人島でサバイバル
島を出発して1時間程たったころ、オトヒメの手のひらの上で鬼子ちゃんがおもむろに立ち上がる。
「そろそろですね」
いまタケル達がのっているのは、釣り船である。動力など無く、タケルがオールで漕いですすんでいる。乗り込んでいるのはオトヒメと鬼子ちゃんだけで、荷物といえば6日分の食糧と少量の水。白い箱は紐で結び引っ張っている。
漁師であるタケルには普段乗りなれている船であり、一日でも漕いでいられるだろう。しかし船足は遅い、人力には限界がある。
「本当はこの船を曳航した方が効率がよいのですが、脆すぎます。一時間と持たず分解してしまうでしょう」
意味は分からないが、タケルが自身で作った船である。馬鹿にされたようで少しムッとする。
そんなタケルにはお構いなしに鬼子ちゃんは続ける。
「お嬢様、この船を持ち上げて運びたいと思います。揺らさないよう細心の注意を払いますが、ご注意下さい。鬼子は箱の中で操作しないといけないので、暫しお別れです」
鬼子ちゃんはオトヒメに抱き着き、別れを惜しんでいる。
「タケル、お嬢様に何かあたらただではおきませんからね。しっかりお守りするのですよ。」
そう言い残すと、鬼子ちゃんは白い箱の中に飛び移り、海に沈んでいった。
「きゃっ」
船が上昇し空中で止まったのだ。オリヒメは悲鳴を上げ縁にしがみつく。
タケルが下を覗き込むと、白い箱が船を持ち上げ、空中で浮遊しているのであった。
船はゆっくり進み始め、一定速度で安定した。
風が気持ちいい。どれくらいの速度が出ているのだろうか。
鬼子ちゃんに言われたとおり、タケルとオトヒメは体を船に縛り付けている。
立ち上がっても平気なような気がするが、タケルが落ちても鬼子ちゃんは迎えにきてくれないだろう、止めておく。
後方をみると島がどんどん小さくなっていく。村人に嫌われ良い思い出の殆どない島であったが、全くなかったわけではない。父さん、叔母さん、マイエ。
タケルが小さくなっていく島を見続けていると、オトヒメも島の方に顔を向けているのであった。
二人は島が見えなくなるまで、そうしていたのだった。
結果だけを言うならば、旅は快適であった。天気に恵まれ、海は何処までも青く広い。残念なことは、はぐれ者のタケルと引き籠りお嬢様のオトヒメとでは、会話が続かなかった。景色を見ることにも直ぐに飽きてしまい、殆どの時間を寝て過ごした。
タケルは知らないことだが、島より南の地域は魔素が薄く、海の中にも凶暴な魔物が殆どいない。そして船は海面から一定の高度を保ち、快速で進んでいく。襲われる心配は殆ど無かった。
船は夜の間も止まらずに進んでいく。昼間寝すぎたせいか目がさえる。タケルは仰向けになり星空を眺めていた。この先に不安がないわけではない。島に残っていれば間違いなく殺されていただろう。
今は?
父が死んでから一人で生きてきた。その経験がタケルを支える。
気が付くと横に寝ているオトヒメが声を殺して泣いている。心細いのだろう、無理もないが。タケルは優しくオトヒメの頭を撫でた。子供のころ父がしてくれたように。
日が明けても、船は一定速度を保ち飛んでいく。四方は見渡す限りの海、タケルは自身の小ささを感じて言い知れぬ不安に襲われる。オリヒメも不安を湛えた目をして海に視線をなげているのであった。
狭い船の中では何もすることがなく、タケルは横になり目をつぶるのであった。
朝になり前方に島が見えた。タケルたちは無事海を渡り切ったのだ。
ある程度島に近づくとスピードが落ち、船はゆっくり着水した。暫くして船の後ろに箱が浮いてきて、中から鬼子ちゃんが飛び出してくる。
「お嬢様~」
鬼子ちゃんはオトヒメの肩にのり、短い両手を広げてオトヒメの頬に全身ですり寄る。
「お嬢様、寂しくありませんでしたか。鬼子は寂しくて寂しくて、しかたがありませんでした。」
「大丈夫だよ鬼子ちゃん。ここまで運んでくれてありがとう。とても快適だったよ」
「お嬢様から労いの言葉を頂けるなんて・・・鬼子感激です・・・」
タケルがその場の勢いにあっけにとられていると、鬼子が振り返り睨んでくる。
「タケル何をしているのです。ぼさっとしてないで、船をあの島へ付けなさい。お嬢様はお疲れです、一刻も早く快適にお休み頂けるところにお連れするのです。」
「へいへい」
オトヒメに笑顔がもどっている。タケルは手に力をこめて櫂を漕ぐのであった。
鬼子のミニ芝居をたっぷり1時間程聞かされたあたりで、船は浜に乗り上げた。
船を引っ張り浜辺から一番近い木に結び付ける。
上陸した島は起伏がなく、海の上にぽっかり浮かんだ森という感じの島だった。北側は中央がサンゴ礁になっており、その周りを砂浜が覆っている。南側が尻尾の様に伸びていて小高い丘が一面木で覆われていた。
北側のサンゴ礁は陽を遮るものもあまり見つからないので、タケルはオトヒメをつれ南の森へ向かう事にした。
少し探索してみたが、人の気配は全くなかった。無人島である。
日が中天に差し掛かる。ご飯を食べたあと、ナイフを取り出し眠る場所を作り始めた。
タケルから見てもオトヒメが心身ともに衰弱しているのがよくわかる。深層の令嬢に、いきなりサバイバルを強要するほうが無理なのではあるが。
夕方には小屋が完成した。小屋といっても四隅に立てた細木を蔦で結び、屋根と壁を草で覆っただけである。地面には柔らかい葉っぱを集めてきて敷いた。
タケルが完成した小屋を満足げに眺めていると、出かけていたオトヒメと鬼子ちゃんが、箱を従えて戻ってきた。小屋に入れると箱の透明なカバーが開らいた。
「タケルさん御免なさい、疲れたので先に休ませてもらいます」
「お嬢様がお休みになっている間、しっかり見張っているのですよ」
2人はそのまま小屋の中に入り眠ってしまった。
それ程大きい小屋ではなかった。現に白い箱は壁になる葉を押しのけて左右に飛び出している。小屋の中にタケルの居場所は無くなっていた。
残りの食糧は1日分。明日は漁に行かなくてはと思いながら、葉っぱに包まりタケルも目を閉じるのであった。
何処からかホーホーと鳥の鳴き声がする。鳥の丸焼きも良いなと考えているうちに何時のまにか眠りに落ちていた。
タケルは未明に起きて、中央のサンゴ礁に向かった。サザエやアワビなどを一通り取ると小屋に戻るのであった。
日が昇るころにオトヒメも起きたので、朝ごはんにする。
どういう理由かわからないが、飲み水は箱からいくらでも湧き出してきた。火も鬼子ちゃんがおこせるのである。焚き木に自慢げに火をつける鬼子ちゃんに、タケルは何も言うことができなかった。
オトヒメは焼き貝を美味しそうに食べてくれている。顔色も昨日より良くなっていた。
「森を探検して見ようと思う」
食事が終わった後にタケルがそう伝えると、オトヒメと鬼子も付いて来るとの事だった。
次の島へ渡るにしても、食糧の確保は必要である。
ナイフと籠を持ち、タケル達は森へ踏み込こんでいく。
森と言っても起伏があるわけではなく、迷子になるほど広いわけではなかった。森の木々はタケルの居た島とあまり変わらなかったので、木の実や山菜など、食べれるものを苦も無く見つけることが出来た。
この島にいる限り、食べ物の心配はしなくて済みそうであった。
島の南端で昼ご飯を食べ、再度森の探索をしつつ小屋へ戻ることにする。暫く歩くと切り開かれた場所にでた。足元には石畳が敷いてあり、中央に石の柱が立っている。明らかに人工物であるが、苔むして朽ち果てていた。何十年も人が訪れたことは無いであろう。
タケルが中央の石に近づこうとすると、オトヒメはタケルの服の裾を強く握り付いて来るのであった。
石の中央に無数の星と星を繋ぐ線が刻みこまれている。そな中で上から2番目にある星はひと際大きい。
そして周囲には太陽と波のレリーフが彫り込まれていた。
これは地図?
大きな星からは北、南東、南西と3本の線が伸びている。南西に伸びた星からは更に多くの線が伸びていた。今後役立つかもしれない。タケルは覚えられる範囲で頭にとどめ、森の探索を再開するのであった。
途中オリヒメが足を痛そうにしていたので、タケルはおんぶして戻ってきた。鬼子が背中で騒いでいたが、さすがに慣れてきた。背にもたれかかって来るオリヒメの重みを感じながら、決意を新たにするタケルであった。
まだ明るいうちに小屋にもどってくることができた。漁に行けるほどの時間もないので、漁につかう罠を作っていると、オトヒメが傍に座りタケルの手元を覗き込んでくる。
「一緒に作るか」
こくんと頷くオトヒメに、タケルは材料を渡し、作り方を教える。
面白い作業ではないが、日が暮れるまで二人は黙々と続けるのであった。
暫くは食糧の確保で一日が終わった。タケルは海に行き魚を取り、オリヒメは森で木の実や山菜をあつめるのであった。余分に取れたぶんを天日に干し干物にする。
オリヒメは魚をさばけるまでに成長していた。
食糧は順調に溜まっていった。いつも通りタケルとオリヒメが火を囲んで夕ご飯を食べ終わったあと、普段はオリヒメとじゃれ合っている鬼子が、オリヒメの前に進みでて一礼する。
「お嬢様、そろそろこの島を出発しなければなりません」
オリヒメの顔が曇る。この島の生活は決して良いものとは言えない。今まで村長の娘としてくらしてきたのであれば尚更であろう。全てが初めての事である。しかし、人の目を気にして部屋から一歩も出ることが出来なかった息苦しさからくらべると、オリヒメは人生で初めて自由でいられる場所でもあった。
「なんで?」
「箱のエネルギーの補充ができました。そしてもうすぐ敵がやってくると思います」
島に現れた敵は、箱の動力を感知する術をしっていた。12年前に探知されたように、今回も南に向ったことを、敵に知られているとの事だった。
「南西に島があると思います、そこまで逃げられれば・・・」
オトヒメと鬼子は、毎日あの石の塔を見に行っていたのだった。
鬼子の解読によると、タケルの予想とおり、星と線は海図であるとの事だった。
タケルは西日を背にしたあの男の事を思い出す。丁寧な物腰であれど、何処までも冷酷な目の光。ここに留まるのはやはり自殺行為なのだろう。全身を悪寒が走る。
人間は弱い。
自身の不甲斐なさを噛み締める。オトヒメにかけるべき言葉が見当たらない。
「お嬢様、明日の朝出発致します」
オトヒメは頷くと小屋の中に入っていった。
その晩、出立の準備に時間がかかり、タケルが横になったのは真夜中であった。見上げる空に星はいつも通り輝いてる。目を閉じるとオトヒメが小屋から出てきて、タケルの横に寝転がってきた。そしてタケルの服の裾を強くつかむ。
下はゴツゴツして寝にくいはずなのだが。
タケルはまた星にめを向ける。星は変わらず瞬いている。
暫くしてオリヒメの寝息が聞こえてきた。
明日は早い、タケルも目を閉じた。
日が明けて、二人と箱は浜辺を目指す。短い間であったが、離れるとなると名残惜しい。
いつも騒がしい鬼子が、珍しく大人しくしている。
実際にこの島に留まるのは危険なのであろうが、予測だけで主に無理強いをすることに、負い目を感じているのかもしれない。
前回と同じようにタケルが沖合まで船を漕ぐと、鬼子が箱に乗り込み、船を持ち上げてくれた。
二人を乗せた船は何処までも続く青い海を疾走する。
タケルは遠ざかっていく島を、そしてオトヒメを見る
「何時か戻ってこよう」
それが無理なことはよくわかっている。
「うん」
オトヒメは見えなくなっても、島のあった方を見続けていた。
数日後、無人島であるはずのその島に、一人の男が立っていた。男の背には、尻尾がゆらゆら揺れている。