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戦闘メイド『日本鬼子』  作者: ビタミンB13
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旅立ち

 光が消滅したあと、暫くしてタケルは恐る恐る戻ってきた。先ほどまで感じでいた危険なまでの圧迫感を今は感じない。西の岬があったと思われる場所にはぽっかりと穴が開き、綺麗な半円状の入り江ができていた。

まだ熱気が立ち込めている。もともと1週間前に火事があったことが幸いし、今回は山火事となる恐れはないようであった。


 爆心地の縁に佇む少女をタケルは見つける。近寄ってみると脈も呼吸もなく死んでいるのであった。全身は所々に火傷痕があるが、右腹部の穿たれた傷以外は致命傷と云うべき傷もなく、少女の死因は不明であった。


このままにしておくわけにもいかず、タケルは少女を背負い村へ向かうのであった。不思議と少女は子供の様に軽かった。



 「お嬢様!お嬢様!ピンチです、大ピンチです!!」

 オトヒメの部屋で鬼子ちゃんが慌てている。


 日暮れ前に7日振りにオニコさんが目覚めた。緊急迎撃態勢との事で、また壁を破壊して外に出ようとしたので、今日は窓をあけ静かに出かけてもらった。

 暫くして山の方、恐らく西の岬に閃光がはしり、またしても衝撃波と地震が村を襲った。しかし今回は山火事も発生しておらず、その後静寂を取り戻したことから、危険を冒して西の岬に様子を見に行こうとする村人は居なかった。

 マノア叔母さんは未だ戻って来ないタケルが心配で探しに行きたかったのではあるが、村唯一の料理屋を開けるわけにもいかず、また夜にライエ一人で行かせることもできなくて、モンモンとしていた。


 そして今、鬼子ちゃんがエマージェンシーコールを発しているのであった。

 「どうしたの鬼子ちゃん」

 「本体がエネルギー切れて動かなくなっちゃいました」

 鬼子ちゃんは手をバタバタさせながら右往左往している。


 「オニコさんが・・・如何すればいいの?」

 「本体まで連れて行って頂けないでしょうか。私から補助エネルギーを供給して少し動けるようになります。箱の中にもどれば回復できますので」

 鬼子ちゃんの必死のお願い、出来れば聞いてあげたい。オトヒメは村長夫婦に体調が悪く先に寝るとつたえ、窓から外へ抜け出すのであった。


 オトヒメが外へでるのは何年振りであろうか、夜に出かけるのは初めてである。坂を下っていくと村の灯りが見え、昔の記憶がフラッシュバックする。村人の冷たい目線、ヒソヒソと聞こえる話し声。

 おもわずその場にうずくまり、胸に抱いた鬼子ちゃんを力強く抱きしめる。目は固く閉じられ、全身は心なしか震えている。


 「お嬢様・・・」

 鬼子ちゃんが心配そうに見上げてくる。

 「大丈夫よ」

 暫くして、オトヒメは鬼子ちゃんにそっと話しかけ、立ち上がるのであった。たどたどしい足取りではあっても、初めてできた友達のために、オトヒメは一歩一歩前へ進むのであった。


 30分程歩き島の南端が近づいてきたあたりで鬼子ちゃんが、頭を揺らし始めた。首をひねっている動作なのかもしれない。

 「鬼子ちゃん、どうしたの?」

 オトヒメが殆ど聞き取れるかどうかの囁き声で、胸に抱く鬼子ちゃんに話かける。もうトップリ日も沈み辺りは真っ暗である。月の光が水面に乱反射して、辛うじて歩けるくらいの明るさを保っている。一人だったら逃げ出したくなる位に怖い。鬼子ちゃんを抱く手に、さらに力を込める。


 「どうやら動いているようなのです。反応は微弱なままなので再稼働したわけではないのだけど・・・でも、何で・・・近づいてくるのです」

 鬼子ちゃんはそう言いながら、やはり首をひねっている。

 オトヒメは恐る恐る夜道を進むと、岩陰から何かが飛び出してきた。


 「んん・・・」

 オトヒメの声に鳴らない悲鳴が夜の静寂を破る。

 遅れて、鬼子ちゃんの悲鳴ならぬ、歓声響く。

 「あったー!」


 目の前の影はぐらっと揺れたあと硬直した。一見ずんぐりした胴体をもったお化けの様に見えた影だが、何かを背負った人であることにオトヒメは気が付く。


 「誰だ」

 影からの誰何にオトヒメは怯える。しかしその後も影がその場にじっと立ち止まったまま動こうとしなかった。

 「あ、あなたこそ、誰」

 なけなしの勇気を振り絞りオトヒメも問い返す。

 「俺はタケル」



 タケルが少女を背負い村への帰路を進んでいると、曲がり角で荷物を大事そうに抱えた女の子に出会った。女の子は白いワンピースを着ており、その服は月光を浴びて淡く光っていた。女の子の瞳は大きく見開きキラキラと輝いて見えた。懐かしさを覚えるも、以前に村の片隅で佇んでいた女の子の事を思い出すことはなかった。


 「あったー!」

 女の子が抱えていたものが大声を発した。

 タケルは右足を半歩引き、身構える。しかしその後の行動について逡巡する。

 目の前にいる女の子から敵意を感じないし、微妙に全身を震わせ怯えているようにすら見える。胸元に抱えた丸い物体から人の声が聞こえたが、その声は幼く、邪気をまったく含んでいなかった。


 目の前にいる女の子に見覚えがない。いくらタケルがのけ者にされているといえ狭い村である。村人全員を知っている。

 「誰だ」


 海を渡って来れる人間はいないはずだった。しかし先ほど岬で出会った男と背中に抱えている少女は違う。明らかに海を越えてきた者たちだ。

 そして目の前にいる女の子が、その例外であったとしてもタケルは驚かない。一週間の内に2度も化け物に襲われ死にかけたので、神経が麻痺してしまったのかもしれない。

 ただ目の前の女の子からは、圧倒的な力を感じることはなかった。


 「あ、あなたこそ、誰」

 今にも消え入りそうなか細い声で、女の子は聞き返してきた。

 「俺はタケル」

 「私はオトヒメ」

 何処かで聞いた事がある名前だが、もともと村人と疎遠なタケルは名前だけでは分からなかった。

 箱入り娘のオトヒメもタケルの事は知らないのである。ただオトヒメの場合は他の村人のことも知らないのであるが。


 タケルは緊張を解いた、改めて見直すと女の子は金髪碧眼でないことが分かった。おそらく闇に溶け込む黒目黒髪。村に二人しかいない、タケルともう一人の存在。

 「村長の娘か」

 暗闇の中、オトヒメが頷いたのが分かった。


 「こんなところで何をしている」

 村に全く姿を見せたことが無いオトヒメが一人で夜道をあるいているのである。とても不自然だった。

 タケルの問いに、オトヒメは身を竦ませる。

 

 「口の利き方に気をつけなさい、この虫め」

 オトヒメに抱えていた丸いものが、再度声をはっした。

 タケルがたじろぐ。


 「お嬢様は私を助ける為に、勇気を振り絞って此処まで来られたのです。あぁ、愛しのお嬢様、この御恩鬼子は一生わすれません。それをこの虫は、分を弁えず平伏せず話しかけるなど何と畏れ多い、ましてお嬢様を怯えさせるとは、手打ちに致します、そこへ首を出しなさい」

 丸いものには手足が付いていた。それは手足をジタバタとさせ怒りを露にしてる。


 「用があるのは、お前が背負っている物です。ここまで運んで来てくれたことに、いちよ感謝いたしますが、それを置いて早々に立ち去りなさい」

 鬼子ちゃんの言葉により、オトヒメはタケルの背負っているものがオニコさんだと気が付いた。

 オトヒメは恐る恐るタケルに歩み寄り背中を覗き込む。そこにはオニコさんが背負われていた。オトヒメから安堵のため息がもれる。

 「オニコさん、よかった」


 タケルは脇にある岩傍へオニコを降ろし、もたれさせかけた。

 「この人はもう死んでいる。俺を2度も助けてくれたのに」

 タケルの沈痛な声が夜の闇の中に溶けていく。もし明るければタケルの苦悩に満ちた表情を見ることができたであろう。


 「お嬢様、オニコの額に私を当てて下さい」

 タケルの悲しみを余所に、オトヒメはオニコさんの額中央にある宝石に鬼子ちゃんの頭を当てる。

 「これでいいの?鬼子ちゃん」


 「もう大丈夫です、お嬢様。情報の共有を致しました。

 数刻の後、鬼子ちゃんの手足をパタパタさせた。

 「オニコさんは大丈夫なの?」

 オトヒメは心配そうにオニコを覗き込む。

 「損傷と消耗が大きいですが、問題ありません。安心して下さいお嬢様」

 鬼子ちゃんは、オリヒメに優しく声をかける。そして、


 「虫、感謝しなさい。本来であれば私の体に障るなど打ち首ものでありますが、今回は緊急事態ゆえ許すことにします」

 タケルは今の状況が理解できなかった。オトヒメは少女の死を全く悲しんでいない。少女の手にある人形に上から目線で話しかけられているのである。

 「お前は私に2度も命を救われたのだから、その恩に報いるべきだわ。私の体を村長の家まで運びなさい。虫の分際で私の体に2回も触れるなんて、これはご褒美だわ」


 「お願い、オニコさんを家まで運んで」

 タケルが状況をつかめず呆けていると、オトヒメが話しかけてきた。

 よく分からないが、ここにいてもらちも明かないので、タケルはオニコを背負い村長の家へ向かうこととした。


 二人と一体の人形は、無言で夜道をすすむ。タケルがオニコを背負い前を歩いていた。

 落ち着いてきたこともあるのだろう、後ろを歩きながらオトヒメはタケルが黒髪であることに気が付いた。子供の頃、家を抜け出し村で迷子になっていた時、ただ一人話しかけてくれた黒髪の少年。

 ピンチを救ってくれた、オトヒメの王子さま。



 村長の家に着くと、2人はこっそり忍び込み、2階へ上った。


 オニコを箱に寝かせると、純白の中蓋が閉じた。

 これで大丈夫との事だったので、タケルが帰ろうとすると


 「お待ちなさい」

 机の上に立った鬼子ちゃんが、腕を前に組み見下ろしてくる。タケルより低い位置にいながら見下ろすという高度な技を使って。


 「お前がお嬢様に使えることを許します。虫の分際でお嬢様に使えることができる喜びに感謝しなさい」

 今日は色々とありすぎて、タケルの思考は追い付かない。オトヒメに助けを求めると

 「どうしたの、鬼子ちゃん」

 鬼子ちゃんは軽く一礼する。

 「お嬢様、危機が迫っています。いずれ敵が襲ってくると思います」


 怪物を見ていないオトヒメの反応はいまいち鈍い。しかし2回も目の当たりにしたタケルは、両腕で体をきつく抱き、小刻みに震えだした。

 夕日を背にしゆらゆらと尻尾を揺らす男の姿が、脳裏に霞む。再度あの男が島にきたらどうなるのだろうか、村は、マノア叔母さんやライエは。

 「虫、敵と話をしていたようですね。なにを話していたのか詳しく教えなさい」

 タケルは男との会話を覚えている範囲で説明した。


 「敵の目的はお嬢様と箱のようです。そこにいる虫もターゲットになったようですが。」

 鬼子ちゃんの説明によると、

 12年まえ箱が稼働したことにより敵に感知されたみたいだが、微弱反応であったため場所の特定までは至っていなかったようだ。1週間まえの魔物襲来によりオニコが起動したことで発見されみたい。今日襲ってきた敵は非常に強く、なんとか追い返せたがすぐに戻ってくだろう。次は撃退できるか分からないとの事だった。

 「お嬢様の安全を考え、この島からの脱出をお願いします」

 鬼子ちゃんはオトヒメに頭を下げるのであった。


 タケルの呟きが続く 

 「島からの脱出・・・」

 どうやって、そもそも何処へ。

 海には魔物がいる、人間は海を渡れないのである。仮に魔物に遭遇しなかったとしても、この島以外に人の住める場所はあるのだろうか。


 「お父様から、南に船を漕いでいくと人の住んでいる島があるって聞いた事があるけど、おとぎ話だわ。船で何日も過ごすなんて出来ないもの」

 オトヒメは村長から聞いた話を思い出したようだ。


 「お嬢様、良いご意見です。」

 南方はこの島と同じく魔素が薄い。オトヒメの体にも害が少ないであろう。

 鬼子ちゃんは何回か頷きながら、タケルに命じる。

 「虫・・・下郎・・・タケル、船を用意しなさい。あとお嬢様用に食事を3日分。乾燥した日持ちの良いものですよ」

 タケルと呼ぶまでに何回か言い直したのはわざとであろ。オトヒメに奉仕できる喜びを感謝しなさいとでも言いたげな面持ちで、鬼子ちゃんはタケルを目値付けてくるのであった。


 タケルに選択の余地はなかった。島に留まれば殺される。

 村が西の岬のような目にあったら・・・

 マノア叔母さんやライエの事を考えると、島を出ていく以外に術はないのである。


 怪物に狙われているのはオトヒメと箱と、そしてタケルなのだから。



 オニコの回復に時間がかかるとの事だったので、3日後に脱出計画を実行することになった。

 脱出したあと島は無事なのかと尋ねると、鬼子ちゃんは太鼓バンを押して、安全を保障してくれた。


 夜遅くに宿屋へ戻るとマノア叔母さんとライエが待ていて、ひどく怒られた。また心配をさせるので、島から出ていくことは話せなかった。手紙を残しておくことにする。


 次の日西の岬が消えてなくなったことで、村は騒ぎとなったが、さして被害もなく自然とおさまっていった。そして何事もなく3日目を迎えたのであった。


 タケルは旅の支度を整え、新しくできた西の入り江に船を浮かべ、オトヒメを待っていた。出発は夕刻と。鬼子が決めていた。

 食事は6日分用意した。鬼子の計算にタケルの分は絶対に含まれていないはずだから。


 太陽が西に大きく傾きはじめたころ、オトヒメはやって来た。

 オトヒメは滑るように進む白い箱の上に乗っていた。その胸には鬼子ちゃんが抱かれている。その後ろに村長夫妻が付いて来ていた。


 オトヒメは村長夫妻に旅立つことを告げていた。二人もこの日が来ることは薄々感づいていたのかもしれない。カウェラはずっと泣いている。島の危険の事も話したのであろう、オトヒメを引き留めることはできないのであった。


 バンザイがタケルに、片手で握れるくらいの筒を渡す。この島に流れ着いた漂着物との事だった。筒をみると片側は魔石を収納できるようになっていて、もう片方からは光の柱が立ち、物を切ることができるそうだ。

 平和な村では貴重な魔核を使ってまで使用することはなく、お蔵入りとなっていた。

 オトヒメを守ってほしいというバンザイの気持ちが伝わってくる。


 眩しく輝く太陽にむかって、タケルは船を漕ぎだした。

 村長夫妻足元から影法師が伸びている。二つの影法師も寄り添い合って泣いていた。

 


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