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戦闘メイド『日本鬼子』  作者: ビタミンB13
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最果ての島に鬼子復活

 日が傾いてきた。今日も本島から離れた離島まで漁に来ている。明るいうちに帰るには、そろそろ出発しなければならない。大物が2匹、中物が5匹と貝類が10数個、ほどほどの成果が上がっていて無理する必要はない。


 この世界には魔物がいる。夜は彼らが活発になる魔の時間なのである。


 ここら辺一帯は、幸いにして魔素が薄く本島で魔物を見かけることはない。しかし海中には流されてきた魔物が身を潜めている可能性があり、他の村人は眼前の無人島でさえ昼間でも近寄らない。


 年に数匹は異形の怪物が浜に打ち上げられ、村に恩恵をもたらす。魔物の体内にある魔核が貴重な動力源となるからだ。しかしいくら弱っていても人間では倒すことは出来ないので、わざわざ探しだそうとする村人はいない。いたとしても既に魔物に食べられているか、これから食べられる事になるだけだろう。



 陸に上がり村唯一の宿屋を目指す。島にある唯一の宿屋は『水涌亭』という。1Fはレストラン、2Fはホテルであるが、2Fが使われることは殆ど無い。飲みつぶれた鍛冶屋の親父さんを、たまに見かけるくらいだろうか。


 この島に旅人はいない。生きている人間はおろか、死体の欠片ですら海を渡って来ることはない。

 世界とはこの島であり、この村が全てなのである。


 前を通りすぎながら店内の様子を伺うと、まだ時間が早いようで閑散としている。建物の脇を通り抜け裏戸をノックすると、中から女の人の声がする。

 「今手が離せないんだよ、タケルかい?入ってきておくれ」


 扉を開けると、程よい広さのキッチンが広がり、女将さんのマノアと娘のライエが山の様に積んだ野菜の下処理をしていた。この時間は夜の準備で忙しく迷惑をかけられない。


 「マノアおばさん、ここに置いておきます」

 隅に今日とれた魚介の入ったボックスを置き、その横にあった空箱を肩に担ぐ。

 「いつもありがとうね。ご飯を包んで置いたから持っておいき」

 振り返るとマノア叔母さんが微笑んでくれている。その後ろでライエが舌を少しだしてベーをしているのだが。


 水桶亭の人たちは村の中で優しく接してくれる少数派だ。以前は父が魚を納めていたのだが、亡くなったあとも変わらず引き取ってくれる。タケルの漁獲量では当然たりず他からも仕入れているはずだが、返品を受けたことはない。



 村人は全員茶色の髪に金色の瞳をしているのであった。例外は2人だけ。2人とも黒髪黒目をしていてとても目出つ。そして黒は不吉の象徴として忌み嫌われていた。

 1人は僕で、もう一人は村長の娘オトヒメだ。

 タケルは村の中で居ないものとして扱われる。不幸を呼び込むからと島の周りで漁をさせてもらえず、危険な離島まで行かなくてはならない。呪いを恐れ嫌がらせを受けないだけマシなのかもしれない。

 人目を避けるようにして岬の先にある家までの帰路を急ぐ。日が水平線に沈み空が赤から青そして黒へと変わっていくなかで、周りに家はなく波の音だけが辺りに響く。


 タケルの出産は難産だったようで、生まれたときに母は死んだ。

 村人は黒髪を不吉がり、タケルの父は村から離れた西の岬に家をたて移り住んだ。村一番の漁師であったが7年前に漁から帰ってこず、タケルは一人になった。


 暫くはライエが食べ物を持って来てくれていたが、3年程前から漁ができるようになり少しづつ魚を届けている。

 初めて届けたとき、マノア叔母さんがお金を渡そうとしてきたので、食べ物だけで十分と突き返したら、

 「これは仕事だから」

と怒られた。話し合いの末、マノア叔母さんの一時預かりとなり、必要な時に必要な分を貰うということで解決した。


 坂を越えれば家に着く。出迎えてくれる人もいない小さな家は、ひっそりと静まり夜に溶け込んでいるはず・・・だった。



 タケルたちの住む島を上空から見ることができるなら、ひし形をしているのが分かるだろう。島の中心に山があり、南東側に大きな入り江と村がある。村人は入り江から東の岬まで続き、集落を形成している。入り江からタケルの住む西の岬までは、山を迂回し徒歩で1時間程の距離がある。



 村長の家は入り江を見下ろす山の中腹に建てられている。大きな家には初老の村長夫妻と娘のオトヒメが住んでいる。母屋の他に納屋が幾つかあり、塀で覆われているのが特徴である。納屋は村唯一の保管しせつであり、緊急時の食糧が大切に保存されている。


 村長夫妻の娘オトヒメは実子ではない。

 十数年前の嵐の日、北西の浜に奇妙な箱が流れ着いた。その中にいた赤子がオトヒメである


 箱は乳白色で長さがは大人の男ほど、上面は綺麗な弧をなしていた。胴はまるく、下面は平で地面から少し浮いていた。表面に凹凸や切れ目などは一切なく、大きな卵のようにも見える。非常に硬く傷ひとつ付けることができなかった。

 漂流物は村の共有財産となるので、納屋に保管されることになった。



 数日して納屋から鳴き声が聞こえた。村長は小動物が迷い込んだのだろうと思い中に入ると、箱の上部が透明にかわっていて、一点を支点として上に開いていた。透明な部分は蝶の羽のように薄く、日の光を浴びて七色の光沢を放っている。

 村長は近づき箱の中を覗き込む。乳白色の柔らかそうな物に覆われて赤子が泣いていた。黒い髪の子供が。

 村長夫妻に子供はおらず、オトヒメと名付けられ育てられる事となった。

 当初は反対の声もあった。しかし村長夫妻の強い要望と、西の岬には既に忌み子のタケルもおり、その声は次第に薄れていった。黒目黒髪を気にしてか家から出てくることはなく、ひっそりと暮らしている。



 不思議なことにオトヒメは乳白色の箱のなかでないと、眠りつくことがなかった。十数年経たいまでもオトヒメのベッドは乳白色の箱である。

 オトヒメは美しい少女に育っていた。とても優しい子で、今では村長夫妻の生きる喜びと言ってもよい。


 今日も普段通り3人で夕食を終えたあと部屋に戻ってくると、ベットの中に人が寝ていた。いや人形であろうか、見たことのない服装に身を包み、端正な顔立ちと額の中央に輝く透明な宝石は、光を乱反射し色彩を放っている。

 それにもまして目を奪われたのが光沢を放つ頭髪であった。オトヒメを同じ黒色をしている。


 頭には金色の角を生やした意匠の飾りを斜めにつけている。その仮面は赤く大きな口から牙をはやし、まるで魔物のようであった。服は紫のワンピース、所々に花柄が散りばめられている。ワンピースは前面で縦に裁断されていて左右に重ね、腰のあたりで黒い布よりより体へ巻き付けられている。足は親指と人差し指の間に切れ目のある白い靴下をはいており、赤い紐がアーチ状に広がり足裏の板に結ばれている。


 帯には見慣れぬ記号が金色の文字で刺繍されている。

 『HINOMOTO-02』


 「綺麗」

 他の村人であれば絶対に触れることはないであろう忌むべき黒髪。オトヒメは意識せず眠る少女の髪を撫でつけていた。


 「起動シーケンス開始・・・セルフチェック開始・・・リンク接続・・・エラー、再リンク接続・・・エラー・・・起動」


 少女が目を開く。髪と同じ黒色の瞳が現れた。

 立ち上がりオトヒメの前に膝まづく。

 「マスターご命令を」


 その瞬間、山の裏側が赤く染まる。一瞬遅れで轟雷が響き渡り、地面が揺れた。



 タケルはとっさに地面に伏せる。家の周りに数体の影が蠢いている。

 村人ではない。そもそも村人はタケルの住んでいる東の岬に決して近寄らない。それにその影は異様な殺気を纏っている。この感覚があるからこそ、危険な離島で漁をしていられるのである。


 気配を消しながら後ずさりを行う。気がづかれていないか?1秒を何時間にも感じる時間をへて木の陰に身を潜めた。


 (村へ知らせる?)

 だか、知らせたとして如何すればいいのだ。この島に逃げ場所はない。夜の海は眼前の影と同じく危険なのだ。たとえ沖の離島にたどりつけたとしても、別の危険が待っている。そもそも村人全員を運べる船がない。


 (マノア叔母さんとライエだけでも・・・)

 タケルが息をひそめ後退していこうとすると、坂の向こうに閃光が走り火柱が上った。

 遅れて爆発音と衝撃波がはしり、タケルの家の残骸が混じった瓦礫が辺りに降り注ぐ。


 この地域一帯には魔素が殆ど無い。魔素は魔物の活動源であり、一定以上薄い場所では行動に影響を及ぼし、限界を越えれば死に至る。偶に現れるまものでさえ地上よりはマシな海中から出てくる事はなく。魔素の放出破壊など行うことはないのである。


 タケルは思わず村に向かって走り出していた。そこにあるのは純粋な恐怖であり、思考は硬直し停止していた。

 タケルの後を4体の魔物が追って来る。まだ距離は離れているが強烈な殺気がうなじを撫でる。坂道で勢いがつき、限界を超えた速度に足がもつれタケルは転んでしまった。後ろを振り返ると、山の燃える赤い光を逆行に浴びた影の姿が浮かび上がる


 上半身に比べ下半身が異様に太い。頭を頂点とした三角形の体格目は火事の光を反射してか仄かに赤く、口は避けているようで鋭い牙を生やしている。細い両手の後ろからくの字のものが左右に飛び出している。

羽であろうか。退化しているのだろう、巨体を浮き上がらせ空を飛べるようなものではないらしい。



 タケルが呆然としているうちに怪物は間を詰めてくる。いよいよ怪物が目の前に来て、タケルが死を覚悟した瞬間、横の森から何かが飛び出してきた。




 オトヒメは混乱していた。目の前にいる少女はとても美しいが生気にかけていて、まるで人形のようだった。窓から見える赤い光は山火事だろう、山を越えてこちら側にも燃え広がるだろうか。そして先ほどの爆発。尋常で無いことが起きているのは確かだ。足元から現実の壊れていくのを感じる。いや現実と思っていた今こそが夢なのかもしれない。


 「マスター、危険が迫っています。当機が自立モードによる防衛動作に移行します」


 そう言い残すと謎の少女は窓を破壊し外へ飛び出していった。あまりの一瞬のことにオトヒメは少女の消えた夜の山を見続けることしかできなかった。暫くして下の階からオトヒメを呼ぶ村長夫婦の声が聞こえ、麓の村のほうから警鐘が鳴り響きだした。

 「いったい、なんなのよ・・・」


 正式名称:High novelty movement toy - 02

 通称:ひのもとおにこ


 汎用型自立歩行型人形であり、ひのもと型の2号機である。

 大戦末期に世界で一番大きな大陸の東に位置した島国で開発されたが、開発責任者の子供オリヒメと列島からの退避を命じられた。長い年月を冷凍睡眠状態で海底で過ごし、やっと魔素濃度が少なく、オリヒメの生存に適した環境を発見し、十数年前この島に浮上してきたのである。

 乳白色のカプセルで毎晩眠るのは、それでもオリヒメの体に微妙の害を与える魔素を除染するためであった。現在は十分に成長し抵抗力もついて、以前ほど除染の必要はなくなっていた。


 『ひのもとおにこ』にはオリヒメの保護が義務付けられている。

 事前に島の周囲に配置しておいた警戒システムが破壊されたことにより、緊急起動を必要とした。

 夜は魔素効率が良く魔の時間であるが、同じく魔素を動力とする自動人形の時間でもあった。

 『ひのもとおにこ』は脚部スラスターを全開にして先を急ぐ。

 西の岬に近づくと、海岸沿いに竜型の魔物4体を確認する。一人の人間が襲われているようだ。




 魔物は体内に魔核をもつ。魔素を体内に取り込むことで魔核は成長しより多くの魔素を蓄積できるようになるのである。魔核からは蓄積された魔素を材料としてエネルギーを取り出せるのであった。エネルギーの用途は個体により違い、色で見分けることが出来た。


 人間を追う竜の先頭にいた一体が大きく口を開らき、赤い光が集まる。さながらファイアープレスのように、炎を吐き出すことができるのであろう。大量の魔素を体内に蓄積しているようだ。魔族の中でも上位にあたるのは間違いない。


 『ひのもとおにこ』は勢いを殺さずに森から飛び出し右手を前にかざす。突き立てた指先は白く輝きまるで鋭利なナイフとなる。すれ違いざま竜の首を指先がなで通り過ぎる、先頭にいた竜の頭は赤い色を失いつつ胴とはなれ、後方に落ちていった。

 踵をかえすと一番後ろにいた竜に対し腕を向ける。指先にあった白光は弾丸となり、竜の胸に突き刺さっていった。

 残り竜が慌てて向きをかえファイアープレスを吐いてこようとしたが、すでに遅く『ひのもとおにこ』の両腕が、2匹の竜の胸を貫いていた。


 一瞬のできごとにタケルは何が起こったのか理解できずにいる。目の前に佇む少女は山火事の照り返しをうけ、とても美しく見えた。額中央に輝くそれは、夕暮れに輝く金星のようであった。

 


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