76話・わたしはわたし
「ブッブー、残念でしたぁ。わたしはわたしよ」
確認でもするかのように、顔を近づけてきた彼の鼻をちょんっと人差し指で弾いてあげると、彼は目を瞬かせた。ふだんは彼に振り回されてきただけに、こうして彼の隙を突くことが出来て晴れ晴れした気持ちになる。アルコールが入って気が大きくなってきてるのかもしれない。
「良いところまで行ってたけどねぇ。あなたから見たわたしが変わったと言うのなら、それはあなたのせいではなくて?」
「僕のせい?」
まるで思いがけないことを聞いたとでも言いたそうな彼の顔に笑いかけると、彼は口元に手を当てた。
「ええ。あなたには散々都合の良い女扱いされてきたんですものぉ。不満が溜まりに溜まってある日、気が付いたのよん。一矢報いるくらいのこと考えてみてもいいのかもってね」
なんだか口が軽くなって何でもいえる様な気がする。舌の呂律が怪しいような気がするけど心配ないよね?
「怖いね。きみってそんな女性だった?」
「あなたが見てきたわたしは周囲に作り上げられた理想の令嬢の姿だもん。本当のわたしはここにいるわ」
「僕は今のきみは素敵だと思うよ」
「あ~らん。てっきり以前のおすましのわたしが良いのかと思ってたぁ」
「前のきみは近寄りがたい部分があったからね。婚約破棄を言い出してからのきみは生き生きとしてる」
「ありがとう。あなたも秘密が多くて掴みどころがないけれどぉ、今日のあなたは最高に頼れる人だと思うわ」
通常の自分ならまず言わないようなことを口にしていた。そのせいか女性には甘い言葉を使い慣れているはずのギルバードが、照れくさそうな顔を見せる。彼のそんな態度が新鮮に思われて、わたしは彼をさらに困らせようと抱き付いた。
「……じぇ、ジェーンっ」
するとギルバードに板の床の上に押し倒されたことで、異変を感じた。
「はぁれ? 視界がグルグル回ってる~。変な感じ~い」
「ジェーン?」
「ふふふ、何だか可笑し~」
「ジェーン。おい、ジェーン?」
焦ったようなギルバードの声を耳にしながらわたしは笑い続け、グルグル回る視界から逃れるように目蓋を下ろした。




