51話・あの日の出来事
ところがある日、それがルイ王子の従姉のパール公爵令嬢の一言で事が急変した。パール公爵令嬢といえば、先王の実妹の王女殿下が公爵家に降嫁して生まれた令嬢で、亡き妻が残した愛娘を公爵は溺愛していた。産まれた時から世の中のありとあらゆる醜いものから遠ざけるようにして育てられた令嬢は、人の害意などとは無縁で無条件で他人を信じてしまう危うさがあったので、ルイ王子は自分の体のことよりも従姉のことばかり心配していた。
その令嬢がルイ王子と昼餐を楽しんでいた時のことだった。食後に出された茶器を見てパール公爵令嬢は青ざめた。
「ルイ。ごめんなさい。この茶器は紛い物だったわ。お茶を入れてもらっただけで変色してしまうだなんて」
その言葉を聞いてお茶を入れていた女官はぎくりと手を止めた。その様子と令嬢の言葉でサーファリアスはアズライトと目配せあった。
「陛下。ジェーンさま。そのお茶を飲んではいけません。近衛兵、そこの女官を捕らえよ」
サーファリアスの言葉に近衛兵はすぐに動き、女官を取り押さえる。アズライトは王子から茶器を取り上げた。ルイ王子と公爵令嬢は何が起こったかまだ気が付かないでいた。この日、公爵令嬢は自分の領地で作られている銀茶器を王子にプレゼントしていたのだ。そのプレゼントでさっそくお茶が飲みたいと希望した王子の為に女官がお茶を入れ、令嬢は銀で出来たティーカップが見る間に変色したことに驚いた。
そのことでサーファリアスは、銀は毒に反応しやすいことを思い出した。この国でも数代前の王の時代まで銀食器類は身近にあった。それがいまや、目を楽しませる為の観賞物としてのものに代わっていた為、王子がこの茶器でお茶を飲みたいと言い出した時には「なんて勿体無い」と、残念に思った。
パール公爵領内で取れる銀は良質で高値で取り引きされていた。その銀を使ったこの茶器は恐らく王都内の邸宅を一件丸ごと買えてしまえるだけの価値があると思えるのに、世間を知らない令嬢らは、それを食後のお茶を飲むだけのことに使うと言い出したのだから苦笑しか出なかった。
それがこんなことになって、自分達の甘さに気付かされた。捕らえた女官を尋問したことで、ルビーレッド侯爵の企んでいた事が露となった。ルイ王子が寝付くようになっていたのは毒を盛られていたからだと知り、いかに自分達が王子を気にかけていなかったのかを思い知らされたのだ。自分達は驕っていた。宰相の自慢の息子、侍従長の将来有望な子息などと周囲に持ち上げられてどこか調子のっていたらしい。そのせいで主の命が危険に冒されていたことさえ知らなかったのだから。
あの時の苦い思いを、サーファリアスとアズライトは忘れてはいない。
「これで簒奪劇は回避できたし、これで僕は失礼するよ。メアリーたちの対処はもう決まっていると思うけど、お任せしても大丈夫だよね?」
「ああ。ゆっくり休んでくれ。ギルバード。本当にご苦労だった」
ギルバードは執務室を出ると、エメラルドグリーン家が陛下から賜っている宮廷内の自室に向かった。




