42話・オックスの悪趣味
「ひょっとしてあなた方は数年前の馬鹿げた噂話を信じていた訳じゃないですよね?」
「実に遺憾だ」
メアリーの言葉に、宰相のサーファリアスが呆れた声をあげた。その後からルイも不満を露にする。わたしも不快に思った。四年ほど前のことだ。王妃さまが開催したお茶会で貴族たちがあからさまに王妃を無視していたことがあった。原因は王が望んだとはいえ、前王妃を追い出した形で、低位貴族出身の令嬢が王妃に納まったことへの不満だった。
高位貴族達は自分達より低位の者へ頭を下げなくてはならなくなったことを面白くなく思っていて、陛下の命で王妃の補佐をしていた宰相や、侍従長、辺境伯らを快く思わず、王妃がまるで彼らを従えているように見えると吹聴し、彼らの間には不適切な関係が出来上がっているに違いないと囁きあった。そういった悪い噂と言うのはすぐに広まるもので宮廷内から貴族社会へと伝播した。
そのことで王妃は、尻軽で閨に男達を代わる代わる侍らしているという不評が立ち、王妃は部屋に閉じこもるようになってしまった。それを心配した宰相や、侍従長、辺境伯達は代わる代わる王妃の部屋を訪れるようになり、噂話が王の耳にも届き、王がたまたま王妃の部屋を訪ねた時に悲劇が起きた。
王妃の部屋から出てきた宰相と、侍従長、辺境伯と出くわし、疑心を抱いた王はその三名に嫉妬に駆られて斬り付ける事件が起きた。そのことはすぐに駆けつけてきたパール公爵とエメラルドグリーン侯爵により、その場にいた者達にかん口令が敷かれたが、宰相や、侍従長、辺境伯は王に切りつけられた事で絶命し、代替わりを余儀なくされたのだ。公には陛下により蟄居を申し付けられて幽閉されたことにされたが。
王は王妃を愛しすぎていた。そのせいで数年後には嫉妬深さから王妃を巻き込んで自死するのだが、それも皆には秘されている。
そのことを知るのは被害者となるご三家の者達と、かん口令をしく為に取り仕切った二家。そしてルイ陛下のみだ。でも皆の認識に違いがあったようだと、サーファリアスは顔を顰めた。
ルビーレッド侯爵家では、前王妃がその座を追われて実家に戻ってきたことから、新たに迎えられた王妃や、その息子に良い感情を持っていなかったことがこれで明らかになった。王妃の不評を流したものはルビーレッド家だったのかとねめつける宰相に対し、メアリーは堂々と開き直る。
「前王は我が母を貶めたわ。当然の報いよ」
「メアリーさま」
「ぬくぬくと貴族という立場に甘んじて利権を貪ってきたあなたがたに何が分かるの? 本来ならわたくしは王の娘としてこの場にいたはずなのよ。それなのに父が他の低位貴族の娘を見初めたからと母を宮廷から追い出した。母は幼き頃から王妃になるべく教育されてきた高位貴族の令嬢だったというのに。あなたがたの父君たちは父王の暴挙をどなたも止めなかった。出戻った母を温かく迎え入れてくれたのはルビーレッド家の者達だけよ」
興奮ぎみに語りだす従姉をオックスは肩を抱いて宥め、わたし達を睨み返してきた。
「もうじきここは包囲される。私達の支持者達によって。陛下やきみ達も終わりだ。最期の足掻きとして命乞いでもしてみるかい? ああ、そうだ。ジェーン嬢」
唐突に呼ばれてオックスと目が合うと、彼はうっとりとした顔を向けてきた。
「安心して。きみの体だけは特別に生かしてあげるよ。きみの容姿は大変気に入っているんだ。きみを剥製にして永遠にルビーレッド家で置きものとして愛でてあげるよ」
「趣味が悪いな。オックス」
オックスの瞳に狂喜めいた感情を読み取ってゾっとすると、ルイが大丈夫だというようにわたしの手を握り締めてきた。




