36話・ファーストダンスは誘われたことはない
メアリーは近くまで来たがわたし達の傍に寄ってくることはなかった。ただ、ギルバードをねめつけるように見て来ただけで、わたしと目が合うとそれを避けるように目線を逸らした。
しばらくしてこの夜会の主役であるルイ陛下が顔を出し、舞踏会が始まると皆が踊り始めた。夜会では、皆が許婚や配偶者と一番最初に踊るのが礼儀とされている。周囲の人達が自分のパートナーを連れて広間の中央に集まり出し、わたしもギルバードに連れられて広間の中央に歩み出た。
「ジェーン。きみと踊るのは久しぶりだ」
「そうね。初めてじゃないかしら? こうしてあなたに誘われて踊るのは」
「そうかな。きみとは……何度か踊ったよね?」
今までギルバードと夜会に参加することはちょくちょくあったとは思う。でも、会場に着くと彼は友人達と話しこんでしまい、連れのジェーンは壁の花状態で、ファーストダンスを見送ることが多々あった。友人達のなかには異性もいて、彼女たちと楽しそうに踊りの輪に入り込んでいく許婚を、複雑な気持ちで眺めていたこともある。
彼に誘われるのはラストダンスだけ。舞踏会では存在を忘れられ、最後の最後で終いのダンスに誘われるのだ。そんな時ほど惨めに思われることはない。着飾った自分を褒めてくれるのはラストダンスが終わった後なのだから。しかも帰宅の馬車の中。
「ファーストダンスは一度も誘ってくれたことなかったわ」
ギルバードに手を取られ、踊り始めて思わず低い声が出た。これまでのジェーンは、ギルバードに好かれたいばかりに、彼にとって扱いやすい女に成り下がっていたような気がする。でもそんな自分はもういらない。ここにはギルバードの思うようにならない女がいるのだと思わせなければ。
ギルバードはわたしが不機嫌なことに気が付いたのだろう。機嫌を取るように言ってきた。
「ジェーン。ごめんよ。僕が悪かった」
「謝ってもらわなくてもいいのよ。これからもどんどん好きになさったら? わたしも好きにさせてもらいますから」
「ジェーン」
「だってわたし達、別れるんですから」
その言葉にギルバードは傷付いた顔をしながらも、踊る手を止めなかった。わたしは無言になった彼のエスコートでくるくるとその場で回ってみせた。今更傷付いた顔をしてみせたってもう心は動かないんだから。黙って踊り続け曲が途切れると、わたしはもう踊る気になれなかった。
「喉が渇いたわ」
「じゃあ、向こうで休憩しよう」
広間のバルコニー席に連れられていくと、彼がここに座ってて。と、言い残し広間へと取って返した。わたしはギルバードに期待などしてなかった。今まで彼は飲み物を取りにいくと一刻も戻って来なかった。代わりに給仕の者が来てグラスを置いていくだけだ。今回もそうだろうと思っていたら違った。
すぐに彼は戻ってきた。両手に赤と白のワイングラスを持って。それにおやっと思う。赤と白。何かを暗示してるような……?
ギルバードはわたししか見ていなかった。彼にしては有り得ないほどの熱心さで普段とは何か違った。そのギルバードは彼にしては珍しくも、注意力も散漫になっていたようだ。こちらに向かってくる途中、誰かにぶつかったと思ったら女性の悲鳴があがった。




