15話・まだきみは僕の婚約者のままだ
「ジェーン!」
「あら。ギルバード。ごきげんよう」
「機嫌なんて宜しくない」
何があっても穏やかな態度を崩さないギルバードは、不機嫌な様子でつかつかとこちらへ向けて歩いてくると、むすっとした顔付きでわたしの手首を掴みオックスの胸から引き剥がした。
「ここに何しに来た? オックス?」
「何しにとはご挨拶だね? ギルバード。見れば分かるだろう? きみと婚約破棄されたジェーンさまへ求婚しにきたのさ」
見て分からない? と、オックスはおどけて見せた。それに対してギルバードが怒る。
「婚約破棄なんて絶対ないっ。僕は認めていない」
「往生際が悪いよ。きみ」
オックスの言葉に思わず頷いてしまうと、スティールも同意するように頷いていた。
「スティール、なんだってこんな奴、中に入れたんだ?」
「僕はいまお断りしていただけで屋敷の中には入れてませんよ。でもそんなこと、あなたには関係ないですよね? シーグリーンさま」
義弟のスティールは、元婚約者のギルバードにあなたの出番はないだろうと返していた。それに今度はオックスがうんうんと頷く。
「みな何か誤解してるようだが、僕とジェーンとの婚約は破棄はされてない」
「そんなはずないわ。お父様があなたの父上さまにお話したはずでしょう?」
「たとえこの国の権力者が認めようとも神はそれを認めない」
「えっ? それって……」
自信をもって言い切ったギルバードの態度に、スティールやオックスが注目する中、嫌な予感がして来た。
「あなた……教皇さまを買収したの?」
「そんなこと罰あたりだよ。ただ、お願いしたら婚約破棄は認めないと言われただけだよ」
「脅したんじゃない?」
「違う。教皇さまはぼく達の仲を認めてくださっていたからね。ふたりが別れるのはこの国の損失だと言われたよ」
「じゃあ、わたし達の婚約破棄は?」
「婚約破棄の申し立ては受理されないから保留ということになる。だからまだきみは僕の婚約者のままだ」
「そっ。そんな……!」
ふらつくわたしの体をしたり顔のギルバードが抱きとめた。そしてわたしが手にしていた薔薇の花束を取り上げると、薔薇の匂いを嗅いだ。
「ふ~ん。50本の薔薇の花か。小さいね。僕はすでにジェーンに108本の薔薇を贈っている。今更薔薇の花なんてきみには必要ないだろう?」
薔薇の花言葉には色だけでなく本数にも花言葉があって、50本では恒久、108本では結婚して下さいという意味になる。ギルバードはプロポーズしてくれた時に、108本の薔薇を贈ってくれた。彼のその演出に以前のわたしはころりと参ってしまった。今となってはなかったことにしてしまいたい過去だ。
ギルバードは、自分のプロポーズを受けたのだから他の男の求婚など受ける必要はないと言って薔薇の花束をオックスへと突き返した。
「さあ、お帰り願おうか? オックスどの」
「その薔薇はジェーンさまに差し上げたものだ。貴殿に返される理由はない」
「そうよ。ギルバード。その薔薇はわたしがオックスさまから頂いたものよ」
オックスは不快を露にしていた。わたしも自分が貰ったものをギルバードが勝手に相手に返そうとしてることを不満に思った。自分に断りもなく何を勝手に返そうとしてるの。と、言えばギルバードと目があった。
「僕が言ったことちゃんと聞いていた? ジェーン。僕らはまだ婚約破棄は受理されてないんだよ。と、いうことはどういうことか分かってるよね?」
「ええ。まあ……」
「と、いうわけでお帰り下さい。ルビーレッド辺境伯」
「ジェーンさま。今日のところは無粋な男が現れたので失礼致します。ではまた」
不本意だけど、ギルバードとはまだ婚約続行中ということだ。婚約破棄出来なかったからね。お父さまでも無理でしたか。上には上がいる。
このままじゃ、半年挙式→即位(かも?)→断罪→処刑の道まっしぐらだ。それだけは回避したいのに。ああっ。もう!
得意顔のギルバードを前に、オックスは苦笑を浮かべて退散した。わたしはため息しか出なかった。
「ではあなたもお帰りになったら? ギルバード。さあ、スティール、なかへ入るわよ」
「はあい。義姉上さま」
「そんな。つれないことを言わないでよ。ジェーン。中へ入れてくれ~」
と、追いかけてきたギルバードの前で玄関ドアを閉めると、使用人達に何があっても彼は屋敷の中へ通さないように言って自室に向かった。
補足説明◆薔薇には色にも花言葉があるんですね。
赤はあなたを愛しています。愛情。情熱。熱烈な恋。美貌。
分かる気がします。
白は純愛。私はあなたにふさわしい。深い尊敬。純潔。清純。
ピンクはしとやか。上品。可愛い。
若い子にお薦めな色ですね。
青色は夢叶う。奇跡。神の祝福。
作者は青いバラ欲しいです。




