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ヒロインは死にたくないので婚約破棄します!  作者: 朝比奈 呈
◇番外編◇
114/117

114話・悪夢2


 数日後、会社の飲み会があり酔い潰れて気がつけば、後輩とホテルで一晩を明かしていた。記憶がなくなるほど飲んだつもりはないのに、どうしてこうなったのか訳が分からなかった。ベッドには裸の二人。 嬉しそうに腕を絡めてくる後輩に無責任にも「責任を取るよ」と、言ってしまったことが問題となった。


 翌日、出社した時には、ふたりが付き合っていることになっていて、部長には「結婚式には呼んでくれよ」と、肩を叩かれた。 そのうち後輩の父親まで「娘がどんな男と付き合いだしたのか不安で」と、自分に会いに来るようになった。


 後で知った事だが、後輩は部長の姪でありこの会社の社長の一人娘だった。自分の外堀は着実に埋められていたのだ。そこから逃げ出すことも叶わず、ずるずると後輩に連れ回されて彼女にようやく会えた時には、別れを告げることになってしまっていた。


 一代で会社を興した社長を尊敬していたし、彼のようになりたいと望んでもいた。そんな相手から「期待してるよ」などと声を掛けられて舞い上がらずにはいられなかった。


 長いこと付き合っていた彼女を、振ることに胸が痛まないことはなかったが、彼女は綺麗で知的な女性だ。自分が娶らなくとも他の男が放って置かないだろうと都合よく考えていた。

 それなのに彼女のあの顔を見てしまったなら、その心も揺らいだ。自分達の仕出かしたことで彼女を追い込んでしまったというのに、後輩は彼女を負け犬だと見下して、その彼女に心を残す自分をみっともないと非難した。


 他人を中傷するのが口癖の後輩が、目障りな存在と成り果てるのにそう時間はかからなかった。後輩はねっとりと纏わりついて黒い感情を振りかざして束縛しようとしてくる。重い女だった。

 後輩の厄介な部分が目に付く度に、彼女のことを思いだした。彼女だったならば、休みの日ぐらいゆっくりさせてくれたものを。不満が塵のように心の底に溜まっていき、それがいっぱいになって喉元まで押し寄せて来た時に、後輩を非難していた。


「いい加減にしろ」と。「おまえがいなかったなら今頃彼女と結婚していたはずなのに」と。「おまえのせいだ」と。


 どこまでも自分は卑怯でずるい男だったと思う。後輩は「わああ」と、泣いて部屋から出て行き、ふたりの関係はこれで終わったとホッとした。後輩がもともと言い寄ってきて自分達の仲を引き裂いたのだ。


(もしかしたらまだ間に合うかもしれない……)


 焦る気持ちで雨の中を飛び出せば、歩道橋の向こう側から真っ赤な傘を差して歩いてくる女性が目に入った。


(あの傘は……!)


 自分が交際中に彼女に贈ったもの。真紅の色が一目で気に入ったくせに、年齢のことや自分の見目を気にして購入を躊躇う彼女の為に、こっそり購入しておいてプレゼントしたものだった。まだ使っていてくれた。そのことが涙が出るほど嬉しい。彼女は自分に心を残していてくれているに違いなかった。


(……!)


 心の中で彼女の名を呼ぶ。早く向こう側に行って彼女を抱きしめたい。彼女はきっと驚くことだろう。きみが好きだ。愛してるんだ。そう伝えられたらどんなに良いだろう。今までの事を詫びてこれからは一生をかけて彼女を……!


 彼女に向かって足を進めた先で、信じられない事が起こった。一台の黄色い車が彼女をはねたのだ。しかもその車には見覚えがあって、あの後輩が父に買ってもらったと嬉しそうにその車で出社して来たので知っていた。


「おまえ!」


 憤りがこの場を支配する。運転席から出てきた後輩を怒鳴りつけると震えていた。アスファルトに身を横たわる彼女をそのままにはしておけず、抱き上げると彼女の目が泳いだ。


「……、……しっかりしてくれ……!」

 

 必死に名前を呼べば幼子のように頼りない声が返ってきた。あなたなの? と。久しぶりに聞いた彼女の声。彼女の口から紡がれた自分の名はかすれていた。


「逝くな。……」

「こん……な、みじめ……な、すがた。見られたくな……」


 きみは惨めなんかじゃない。私の愛した女性だ。きみは私の横で咲き誇る花なんだ。惨めなのはこのような想いをきみにさせてしまった自分の方だ。


(逝くな。きみよ。私を置いて逝くな)


 彼女の体を掻き抱き、少しでも天からの迎えを遅らせようと足掻いていた私は、空を見て吼えた。


「彼女を連れて逝くなっ。代わりに自分の命を差し出すから。頼む。お願いだ」


 わあーと泣き喚く自分は狂い掛けていたのかもしれなかった。この世のことなどどうでも良かった。ただ、自分の側にあったはずの彼女の命の懇願だけをしていた。だから気がつくのに遅れた。


 彼女をはねた後輩が再び車の中に戻ったのを。

 後輩の乗る車が彼女を抱くわたしに向かって来たのを。


 運転席の後輩はじっと蛇のように瞬きもせず私だけを見ていた。そして私たちをはね……そこで私の意識は途絶えた。


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