ネコ? 違うます、わたくしニンゲンます
結局、ナオは俺の輸血でネマーサの声が聞こえるようになったらしい。チートな血筋だって? 意味違うだろ。
まぁ、ネマーサの《声》がナオに直接聞こえるようになって、俺たちはナオへの通訳のから解放されたのはラッキーというべきなんだろうが、その代わりと言っちゃなんだが、そこそこ重いネマーサを担いでお姫さんがナオの病院に日参する羽目になってしまった。 俺が行ければいいんだろうが、俺にも仕事がある。厳密に言えば、お姫さんにだって仕事はあるんだぜ。ドレスの依頼がゼロになったわけじゃないんだから。ま、家でできることだから、融通は利くけど。
だから、んならいっそのことあいつに貸し出せば? って俺は言ってみたが、それはお姫さんに、
「家宝でお祖母様の形見の品ですし」
の一言で、やんわり断られた。今はネマーサを持っていなくても、そこそこ意志疎通はできるようになったけど、やっぱりなければ不安ではあるんだろう。
もっとも、貸してナオ一人が病室で声を張り上げ(あいつら寄ると触るとケンカしてっから)たら、今度は別の意味であいつの入院が延びそうだ。
そんな時、我が家に無言電話がたびたびかかるようになった。菊宗正を狙っていた残党がこの家まで嗅ぎつけてしまったのかと思ったが、あの時対立していた組は互いに潰しあい、二つとも壊滅していたはず。ま、逆にそれを根に持たれることもあるわけで……
だが、その犯人は意外な人物だった。他の家人が全くいない日、渋々電話を取ったお姫さんに、その電話の主が
「ねぇ、ナオちゃんを返して」
と初めて声を発したからだ。……そう、無言電話の主は、ナオの彼女の茉莉ちゃんだった。
「返す? わたくしナオ借りたないます?
人借りる? 私解らないです」
それを聞いたお姫さんは、もちろん日本語の機微など解らないから、素直に片言の日本語でそう返す。因みに、持っててもネマーサに聞こえないからか、電話の声はあのばーさん翻訳しないのな。つくづく中途半端にチートな奴。
「何よ、泥棒猫、急に言葉の解らないフリしちゃって。あなたにはちゃんと野間さんって人がいるんでしょ! なのに、なんで毎日ナオちゃんのとこにいるのよ」
「ネコ? わたくしニンゲンます……同じニンゲン違う?」
でも、そんなことを知らない茉莉ちゃんは、お姫さんの片言日本語にさらに口調がエスカレート。
「何よ、バカにしてるの!!」
と、怒鳴った茉莉ちゃんに、お姫さんは
「バカ、違うます。あなたとっても賢い。だからわたくし、電話であなたの言うこと解らない。それから野間、ケースケ様ですね? どうしてケースケ様関係ありますか?」
と斜め45度で切り返す。さすがにコレには茉莉ちゃんも意表を突かれたようで、
「関係あるって、あんたたち付き合ってるんじゃないの?」
と、思わずトーンダウンしてそう聞き返した。
「付き合う? それは何ですか?」
で、返ってきたお姫さんの答えに一瞬絶句してから、
「だーっ、あんたのツッコみどころって、ソコ?
あんたたち恋人同士じゃないのってんの!」
もう、半ば呆れたと言う声でそう吐き捨てる。
「違うます。わたくしたち恋人違う。
そもそもわたくし夫いるです」
それに対して、お姫さんまさかの爆弾発言。
「えーっ! 旦那いるの? あんた……」
次から次へと出てくる予想外の答えに、茉莉ちゃんがついに機能停止してしまったのは、仕方ないと俺も思う。




