ちゃんと適当にやってますって
「さてっと、あたしの言ったもの……用意してくれてるわね」
ナオはずかずかとリビングに入り込むと、そう言って立ったままでかけられるアイロン台をポンポンと叩いた。
「じゃぁ、さっそくアイロンがけね」
そしてそう喜々として言うナオ。しかし、お姫さんが買ってきた生地は、姉貴が地直したと言っていたから、特にシワがあるようにも見えない。それでもナオは
「シワの出来にくい生地だからって侮っちゃダメよ。小さな生地の歪みが命取り。
洋裁はアイロンに始まってアイロンに終わるって言っても過言じゃないのよ」
と続けながら、生地に丁寧にアイロン掛けをする。その様子が結構様になっているのが不思議だ。
そしていよいよ裁断。
「ギャー! あんた何やってんのよ」
お姫さんが迷いなく生地にネマーサを突き立てると、ナオから悲鳴にも似た怒号があがった。それに対して、
「わたくしいつもこうして裁っておりますが」
何か? とお姫さんは首を傾げる。
「こんなので切ったって、生地に妙な傷が付くだけ……ウソっ、何でちゃんと切れてるわけ!?
にしたって、テキトーに切ってもしょーがないのよ」
言うナオに、
「はい、ネマーサが適当に切ってくれるのですわ」
と答えるお姫さん。そして、
「テキトーじゃダメなのよ。正確に切らないと!」
「だから『適当』に切っていると申し上げておりますわ」
と続く言葉の応酬に、俺と姉貴はぶっと吹き出した。
ま、適当もテキトーも声に出しゃどっちも『TE・KI・TO』だよな。
「何よ、笑い事じゃないでしょ! いい加減じゃとても着られるものは出来ないのよ」
「良い加減にしなくて、ナオ様はどのようになさるのですか?」
そしてああ、イイカゲン、お前もか!
「どのようになさるって……祥子、この子なんなのっ! 何が洋裁を一通り解ってるですって! ちっとも解ってないじゃないの。
笑ってないで、ちょっと何か言ったらどう!?」
ナオがいきり立って姉貴を責めるが、姉貴ももちろん俺も笑いが止まらなくて、言葉にならない。
なぜなら、ナオが聞いているのはお姫さんのおっとりした声だけだが、俺たちはそれと一緒に、
『おのれ、妾の腕を見くびるか! 姫様の身体にきちんと沿うものでなければ作る意味がないではないか!
この男の腐ったの、妾が成敗してくれよう。そこに直れ!!』
ナオとどっちがってぐらいキレまくっているネマーサの声も聞こえているからだ。
「ゴメンゴメン、日本語ってホントに難しいなぁと思って……」
ようやくしゃべれるようになった姉貴が横っぱらを押さえながらかろうじてそう言う。
「ナオ、この適当は適当なんじゃなくて……ああ、ジャストフィットね」
ほら、コーデちゃんは元々外国人だからと言うと、ナオは、
「ふーん、それにしちゃ、流暢にしゃべってんじゃない」
と渋々矛を収める。で、姉貴は続いて、
「それからネマーサ、この適当というのはそのものズバリの適当じゃなくって……そうそう、おざなり。おざなりの意味だから」
と、ネマーサに向かってそう説明した。それに対して、
『おざなりと!? それでは全く逆の意味ではないか。妾を騙かるのも大概にせぬか』
ネマーサがそう返したので、俺もつい、
「別に騙してなんかねぇよ。こういう曖昧なワードが日本語の真骨頂なんだよ」
と言ってから、俺は重要なこと-ネマーサの声はナオには聞こえない-ということに思い出した。
案の定、ナオは
「あんたたち何に向かってしゃべってんのよ」
と言って俺たち姉弟を横目で睨んだ。




