だからといってあたし、いきなりあんたの嫁になる気なんてさらさらないよ
「19で学校出たてだと?」
どんだけ手間食ってんだというオービルに、
「あたしの世界では、義務教育が終了するのが、15歳、でも大抵の人がそのまま高校にいくし、そのまた半分ぐらいの人が上の学校に行くのよ。
因みに、あたしもここにくるまで料理の学校に通っていたわ」
と答えると、
「はぁ、そんなに勉強していつ嫁に行くんだい。行き遅れちまうじゃないか。
だいたい、子供はどうすんだい」
と心底渋い顔で女将さんが言う。
そもそもこっちの女性の結婚適齢期は15~18歳。二十歳を過ぎると行き遅れ認定されるらしくて、そうなってくると親は血眼になって娘の伴侶を探すそうだ。大体、成人(しかも男限定。女性は、つまりその……生殖能力が整えばってことらしい)が16歳だってんだから驚き。
「学校を出てもみんな結婚してるし、子供生んで育ててるから」
たしかに、独身女性の数はこっちより明らかに多いだろうし、子供も昔より数は減ってるかもしれないけど、それは言わぬが花だ。そうでなきゃ地球人がいなくなっちゃうじゃん。でも、あたしがそう言うと、女将さんの目がキランと光って、すごく妙案を思いついたという顔つきになり、
「オービル、やっぱりあんたこのままこの子を連れ帰っちまいなよ」
さっきと真逆のことを言いだした。
「ノーマちゃんっていったっけ? あんたそのままオービルの嫁になっちゃえばいいんだよ」
挙げ句の果てには、ほんの少し前にあったばかりの男と結婚しろという。
「はぁ!?」
あたしが? この30なのに、アラフォーに見えるおっさんと??
「よしてくれよ、ミラさん。俺たちはさっきあったばっかなんだぞ」
「それがどうしたってんだい。色恋には時間なんてかんけいないんだよ」
さらにぶっ飛びの発言を繰り出す。それは、お互いが好きになった場合でしょ。まだ、恋愛フラグなんて立ってないし。けど、今晩寝るとこもないのは事実。
「あたし、オービルのとこに行っても良いかな」
意を決してあたしがそう言うと、
「ノーマ! 俺がおまえに来いと行ったのは、おまえがまだガキだと思ったからだぞ。妙齢の女性だとなれば話は別だ」
オービルは慌ててそう返した。
「何よ、一旦は来いって言ったくせに。それとも、何? 部屋が一つしかないとか?」
「そんなわけないだろう。それなら最初から来いとは言わない」
じゃぁ、間借りさせてくれたっていいじゃん。うら若い乙女が路頭に迷おうとしてんだよ、協力してくれてもいいじゃんよ。
「ちょっと、話は最後まで聞いて。
何も、奥さんにしてくださいって言ってるんじゃないわ。あたしが、13でも19でも今晩から住むところがないことには変わりはないし、部屋が余ってるのなら貸してほしいだけ。ただ、仕事もないから今すぐお家賃をって言われても困るけど……」
そうなんだよね。明日からソッコー仕事探さなきゃ。
「できるだけ早く仕事見つけて、新しい部屋も探して出るから、その間だけでも……ダメかな」
あたしがそう言うと、オービルは困ったように黙ってしまった。ただのルームシェアなのに、大げさに考えすぎだってぇの。
にしても、菊宗正ってば、さっきからなんでずっとだんまりを決め込んでんのよ。あんたがさっさと元の場所に戻せば済むことでしょ。膝の上の菊宗正を睨むと、
『切れんことはないがな、この次元を切って現れるのが主の世界とは限らんからな。第三の世界にたどり着いて、主が無事である保証はないぞ』
なんて答えが返ってくる。何なのよ、その中途半端なチートさは! だぁ~っ、結局こいつ、肝心なとこで役に立たない。すると、
「仕事ね……何ならウチで雇ってもいいよ。
正直ね、忙しいときなんざあたし一人じゃ手が回らなくて困ってたんだ。
なぁ、あんた、あんたもそれでいいね!」
と女将さんが言ってくれた。一応、奥にいる大将にお伺いを立てるけど、女将さんが決めたことはすでに決定事項みたいで、
「おまえが良きゃ、俺に異論はねぇ」
と大将からは短い返事が返ってきただけだった。
「ホントですか!」
オービルは相変わらず、困った顔で黙っていたが、
「ああ、だからあたしからもお願いするよ、ウチの従業員に、部屋貸してやっておくれよ」
「ミラさん……」
「今日のお代はこの子の紹介料って事でタダにしておくからさ」
次々と畳みかけるように言うと、オービルは渋々承諾した。
あたし、なんとかのたれ死にせずに済みそうだ。