菊宗正を手放そうとした代償
当然朝のラッシュの電車で寝られるわけもなく(もっとも、奇跡的に座れたとしても、爆睡して乗り過ごしそうで怖いけどな)最悪の顔色で出社した俺に、
「野間、お前なんかあったのか」
同期の加納が開口一番そう聞いてきた。だが、
「妹の麗子がな、いないんだ」
と言う俺に、加納はイタいものでもみる表情になる。何勘違いしてやがんだ。確かにこいつには日頃から『麗子の唐揚げは世界一』とか言ってたりするけど、それは事実だかんな。
「ちょっと親とケンカしてな、家出したんだよ。で、探し歩いてたから寝てねぇ」
家出って言えば家出だ。ただ、探し歩いてはねぇけどな。今いるところはわかってるから。けど、それが異世界だと言ったら、もっとイタい目で見られるのは必至だ。それを聞いた加納は、
「そりゃ大変だったな。んで、見つかったのか?」
とやっと心配するような表情になった。
「いや、まだだけど。取り敢えず警察には届けたから、様子見ってとこだ」
親父たちには警察に麗子が菊宗正を持ち出していることも言っておくように言ってある。麗子がお姫さんと入れ替わったのは、ガラの悪い男たちに命を狙われたからだと、ネマーサが言っていたからだ。
菊宗正の取引は今日。買い手が払うべき金を惜しんで盗もうとしたというのも否定できないが、ネットオークションに出したんだ、世界中に配信してるんだから、普通考えりゃそいつ以外にも菊宗正を喉から手が出るほど欲しがっている奴がいてもおかしくはない。 大体、短時間でどんどんと値がつり上がるということは、最低でも2人の人間が欲しがってるって証拠だ。
で、犯罪に巻き込まれているかも知れないと言えば絶対に警察は動いてくれるだろうし。そうしたところで麗子が見つかることはないけど、警察さえ動いてくれれば、親父やお袋に危害が及ぶことは全くとはいえないが少なくはなる、俺はそう踏んだのだ。俺がそこまで手を回したのも、買い手の名前を調べた結果、それが日本最大の暴力団組織白虎会のボスだと分かったからだ。確かに菊宗正って強面のおっさんにはモテそうだ。本人(本剣)は激しく嫌がりそうだがな。
案の定、親父が菊宗正が紛失したので売却を取りやめたいと申し入れると、
『てめぇ、売りたくないからそんな御託並べてんだろ!!』
と、ものすごい剣幕で凄まれた。けどそれに、
『こっちは一緒に末娘までいなくなってるんだ、それどころじゃない、嘘だと思うのなら警察に聞いてくれればいい』
と親父は逆ギレして電話を切った。それでも、相手はしつこく何度も電話を鳴らしてたらしいが、シカトこいているうちに、俺の住んでいる隣町の倉庫街から麗子のケータイが見つかったという知らせが警察から。更に麗子と思しき若い女が数人の男性に囲まれていたという目撃情報も寄せられてきたという。それを親父が相手にリークしてやると、相手の矛先は一気にそっちに向かい、瞬く間にそれが自分たちと対立している青龍組の仕業だと突き止めた。
そして、ネットオークション第二ラウンドというか、奴らの血を血で洗う争いが始まった。どちら側も相手方が菊宗正を持っていると信じているから、必死でドンパチしてて、結果的に俺らは蚊帳の外。騒ぎから一転、無事? 抜け出せたのだった。
ただ、完全にスルーされたわけではなく、腹いせに実家を燃やされるというおまけは付いたが。親父とお袋はそれ以前に両方からの嫌がらせ電話の山に辟易して姉貴のとこに逃けていたためかろうじて無事だったが、自分の身以外のものをすべて失ったのだった。




