菊宗正とネマーサギーグム
俺がまだガキの頃のことだ。いつもはカッチリと鍵のかかっているじいさんの宝物倉(とは言え、その9割までがガラクタだけどな)がその日は開いていたのだ。怒られることよりも好奇心が勝った俺は、そこに忍び込んだ。そして、そこに数ある胡散臭そうな物の一番奥に、桐箱に入れられた『それ』があった。じいさん曰く国宝級以上のお宝だから、絶対に売るなと耳にタコができるほど聞いていたものだ。
興味津々で俺が箱を開けると、中から出てきたのは、よくある日本刀。だけど、
「うわぁ、本物の刀だぁ」
と、俺が箱から『それ』を取り出したその時、
『すぐに我を元に戻せ。小僧が我の主となるには10年早い。
それに我の主はもう決めておる』
という声が聞こえて俺は飛び上がった。そりゃもう、自分が悪いことをしてるという自覚があるから余計に。
「け、剣がしゃべった!」
だけど、冷静になってみるとその声はじいさんそっくりで……
「なんだ、じいちゃんか。脅かすなよ」
俺はほっと胸をなで下ろしてそう言ったら、
『我は喬良ではないわ』
とまだじいさんは演技を続ける。確かにこんなもの当時の俺には扱いきれない代物だったし、じいちゃんが折角怒らないでいてくれてるんだから、ここは素直にそれに乗ろうと思って元通り箱に入れて倉を出た。
だが、それから小一時間して何食わぬ顔でウチに戻ってきたじいさんは、俺に何も言ってこなかった。とは言え、見てないフリをした手前あからさまに叱ってくることはないだろうけど、もう二度と勝手に入るなとかの牽制の言葉も一切なしだ。おかしいなとは思ってはいたが、まさかあれが本当に倉にあった妖刀、『菊宗正』そのものの声だったなんてあのときは思わなかった。
「あなたも、ネマーサの声が聞こえるんですか」
俺が昔話に耽っていると、女の子が初めてそう声を出した。おっ、たすかった、日本語通じんじゃん。んで、やっぱりこいつもしゃべる剣だったか。
「ああ。あんたが腹話術とか使ってんのじゃなきゃ、確かに。
あ、俺の名は野間圭介。あんたは?」
「わたくしの名はコーデリア・レジュールと申します。この刀はネマーサギーグム、祖母の形見なんです」
ってことは、今聞こえてるのはこの子のばぁさんの声になるのか? にしても、ネマーサギーグムって……まんまアナグラムじゃん。
『笑うでない。妾は別にあやつの真似をしてるわけではないわ』
そう思ったら、口に出してもいないのにネマーサがそう言ってぶーたれた。げっ、こいつしゃべらなくても心読んじゃう訳? ま、こいつの『声』も耳に響いてる訳じゃなく、頭に響いてくんだから、そうか。大体、刀に発音器官なんて存在しねぇもんな。
で、俺は、何で俺のとこにアナグラム剣を持った子が現れたのかちょっと不思議になって、
「じゃぁさ、ネマーサ……さんって、菊宗正のこと知ってる訳?(にしても、気配で睨んでるって解るってどうよ)」
と軽く聞いてみたんだが……
『どうしてか。それは妾の姫様と、あやつの主とが同時に窮地に立たされてた故、入れ替わったのじゃ』
返されてきた答えを聞いて俺はぶっ飛んだ。
「あ、あやつの主ってまさか……」
『野間麗子と言っておったな。そう言えばそなたも野間であったな。縁者か』
れ、麗子だって!!
「それは俺のかわいい妹だ!
お前らが向こうでピンチだったって事は、麗子は今そのピンチのまっただ中に放り込まれたって事だろ。
おいこら、今すぐまた元に戻せ! 戻しやがれってんだよ!!」
俺はネマーサの首(刀だからホントはどこがそうなのかは判んないけどさ)を持ってぶんぶん振り回しながらそう叫んだ。




