プロローグ
アルスタット王国の南、セフィロタの森の外れで一人の女が剣を抱えて佇んでいた。
女の名はコーデリア・レジュール。一年あまり前までは、ここアルスタットの国母だった人物だ。だが、実の所彼女には国王ジェラルディーンの渡りは一度もなく、完全なお飾りだった。
大体、ジェラルディーンの想い人が平民だったため、王は急遽その兄に爵位を与えたが、それでは他国への体裁が立たぬとコーデリアの祖父ファルガゼット・レジュールが半ばごり押しで進めた婚姻だ。身分の加減で彼女が正妃に納まったが、幼いときから兄弟同然で育った情はあっても、それ以上の想いは、ジェラルディーンにも、コーデリアにもなかった。
やがて、愛妾ナタリアには姫と王子が立て続けに生まれ、レジュール家以外の貴族からは『ナタリア様を国母に』という声が聞かれるようになった。そして、とりあえず一旦正側を逆転させ、その後コーデリアを適当な貴族に下賜させるという噂が真しやかに語られるようになった。確かに、ジェラルディーンは内々で、
「このままだとコーデリアは飼い殺しだよね。ボク以外の人と一緒になった方がきっと幸せになれるよ」
と言っていたのは事実ではあるが、だからといって本当にそうするつもりはなかった。だが、噂は一人歩きを始め、コーデリアは正妃の位を降りて25歳を過ぎても未だ独身のナタリアの兄、オービル・レクサントの許に行くと、とんでもない尾鰭が付いてしまっていた。
これに激怒したファルガゼットは、ナタリアを密かに亡きものとしようと画策するが失敗、その企みを白日の下に晒され失脚する。それと同時に、コーデリアは王都ケイレスを遠く離れたここ、セフィロタの森に連れてこられた。
コーデリアはここに来て初めて自分で自分の身の回りをする事を教えられた。簡単な料理に、ちょっとした掃除、裁縫などを覚えた。中でも裁縫は、今でもたった一人仕えてくれている侍女カエラに頼んで買ってきてもらった生地で一から仕立てができるほどになっていた。
だが、心は空っぽだった。自分の生活は誰の役にも立っていない、お荷物なだけ。それに、王にとってもいつまでも謀反人の孫が生きているのは良い気分ではないだろうし、カエラも自分がいなければ、こんなへんぴな森の中で若い盛りを過ごさなくても良いのだ。……そう、自分さえいなければ。
コーデリアは、祖母が嫁入りの際に持ってきたという宝刀「ネマーサギーグム」を持って森を抜け出した。コーデリアは幾度か森の中で自ら命を絶とうとしたのだが、何故かダメだった。(この森に何かあるのかもしれない)そう思った彼女は、森を出て事に及ぼうと思ったのである。
しかし、何もないところに立ってネマーサを逆手で握ったものの、今一つの勇気が出ない。やらなきゃ、やらなきゃと心は逸り、汗がにじんでくる。やがて、やっと覚悟を決めたコーデリアがその切っ先を首に突き立てようとしたその時……
『分かりました。では、喜んでその提案に乗せて頂きます』
と、懐かしい祖母の声がして、ネマーサがまぶしい光を放っていた。(あの一件で彼方に行ってしまったお祖母様がわたくしを迎えに来てくれたのかしら)
だが、そこに彼女の祖母がいるはずもなく、それどころか彼女は見たこともない大きな建物と、人相のすこぶる悪い男たちに取り囲まれていたのだった。




