そりゃ、怒りたくもなるよね
のぞき込むように寄ってきたオッティーさんとあたしの間に滑り込むように割り込んできたオーレンは、両手をいっぱいに広げて仁王立ちしている。ただし、その姿は堂々としたものではなく、カタカタ震えて今にも泣き出しそう。
「オーレン、ママはいじめられてなんかないよ」
あたしが、オーレンの頭を撫でながらそういう言うと、
「ママ、いじめない?」
と、オーレンは真偽を確かめるようにそのつぶらな瞳をあたしに向ける。
「うん、オッティーさんとミラさんはママのこっちのパパとママみたいな人だもん」
だから、あたしはそう言って頷きながら笑った。
この人たちはどこの馬の骨とも、それ以前に言葉すら解らなかったあたしを雇ってくれた命の恩人だ。この人が社会人としてあたしを扱ってくれたから、あたしは堂々とレクサント家に間借りができて、結果的にそれがオービルとの縁につながったのだと思う。
でもね、ホントのとこ、海猫亭には独立した息子さんやお嫁に行った娘さんの部屋もあったんだよね。それなのに、ムリヤリオービルにぶん投げたんだよ。ま、あたしたちがうまくいったんだから、それは言いっこなしか。けど、
「オーレン……じゃぁやっぱりオービルの。道理で似てるわけだ。俺は、一瞬オービルが化けて出て来たのかと思ったぜ。……にしちゃぁ、歳が合わなくねぇか?」
とオーレンを見て首を傾げるオッティーさんに、
「おまいさん、化けてでるって……何でこんな小さな子に化けなきゃなんないんだい。
それにさオービルだって子供の頃は歳よりちっちゃかったじゃないか。それにこのまっすぐな瞳、この子は間違いなくオービルの子だよ」
と取りなすミラさん。やっぱりオービルってガキんちょのときはチビだったんだ。で、
「うん、自分の命を省みないであたしとマリエルに家族を残してくれたんだ。だから、オービル自身はこの子の顔みてないんだ」
と言うと、
「そう、あんたも苦労したんだね」
と、言ってくれたミラさん。そしたらオッティーさんが頭をかきながら、
「そうだな。何よりビビりまくってるのが丸わかりなのに、それでも庇ってデカい奴らに向かっていく姿、ホントにオービルそっくりだぜ。
一番下の娘にこんなかわいい孫もできたことだし、ホントにもう潮時なのかもな」
と言い出した。娘扱いしてくれたのはすごくうれしいんだけど、潮時って何? 海猫亭止めちゃうの?
あたしが持ち込んだ精米器や粉ひきの技術は、この世界の食文化に革命を起こした。それと同時に、特に若者を中心に伝統食離れが急速に進んだ。
そして昔ながらの食事を提供する海猫亭の客足はどんどんと落ちていき、今では来るのは本当に年輩の人ばかり。それでも老夫婦が何とか食べていくことはできているので、ここまで頑張ってきたという。しかし、歳も歳ではあるし、いい加減店を畳んで孫を看てくれと、彼らの娘さんシェリアさんから再三再四言われているらしい。
「飲まなきゃやってられん」
とオッティーさん。すかさず、
「あたしゃ、飲まなくても平気だけどね」
とミラさんにツッコミを入れられてたけど。
「じゃぁ、コレってまるきりあたしのせいじゃん」
そりゃ、文句の一つも言いたくなるよね。オッティーさんが正しいわ。でも、ミラさんはそんなあたしの言葉に首を横に振りながら、
「ノーマちゃんのせいじゃないよ。時が経てば食だって移りゆく。あんたの世界だって、昔と今じゃ食べ方変わってんだろ。確かにもう潮時かもね」
時とともに食も変わっていく、確かにそれはそう。醤油だって一般的に使われ出したのは江戸時代からぐらいだ。だけど、このままオッティーさんたちに失意のまま現役を引退してもらうのはどうなの?
どうすれば、これからも海猫亭が続けられるんだろ。一人でも多くの人たちを喜ばせるには……そうだ、アレってどうなのかな。うん、菊宗正を使えば、いけるかもしれない。
「オッティーさん、本当に止めるんですか?」
「まぁな、このままいっても食うのがやっとだしな。何より、作ってるより待ってる方が多いのはつらいからな」
「この店はどうするんですか」
「売るさ。ここは町の真ん中だ。そのまま食いもん屋じゃなくても誰かしら買い手があるだろうよ」
「じゃぁ、あたしがここ買い取ります。
んで、改めてオッティーさんミラさん、新しい店の従業員になってください」
そう言って頭を下げたあたしを、オッティーさんたちは驚いた表情で見つめていた。




