海猫亭
だけど、あたしが、
「海猫亭に行ってきます」
と言ったら、ダリルさんとシムルさんはなんともビミョーな顔をした。ややあって、
「あ、ああ……行ってらっしゃいませ」
と、ダリルさんが取って付けたような笑顔そういってくれたけど、なんなんだ? そのリアクションは。
首を傾げながらも、とにかくオーレンの手を引いて歩き出す。ん? なんで歩いてるのかって? だって近いじゃん。オービルにはよく叱られたんだけどさ、
『ふらふら歩き回る貴族なんぞ聞いたことがないぞ』
って。確かにあたしはアルスタット系の顔じゃないから、タゲられると危ないと思ってたんだろうけどさ、市場は待ってくれないんだもん。良い食材は実際に足で見つけないとね。
それに、ここはケイレスじゃないし。やっかむような貴族もいないし、前にここに住んでた時だって、あたしはもちろん、オービルだって全然領主扱いされてなかったもん。(それはそれでどうかと思うがなぁby作者)ああ、この日差し、この町並み、潮風、こののんびりモード。やっぱヘイメは良いわぁ。ここで歩かないでどうするよ。
だけど、たどり着いた海猫亭はお昼時を少し過ぎたばかりだというのに人の気配がなかった。今日は定休日じゃなかったはずだけどな。もっとも、オッティーさんたち働き者だから週一とかで休み取ってなかったし、休みのクルー変えたかな。
そう思いながら、半開きになった(大体、そこがおかしいのよね)扉から中をのぞき込んでみると、お客さんはたったの二人。しかも、一人はテーブルに突っ伏しちゃってるし。
……と思ったら、突っ伏してる人がムクっと顔を上げると、面倒臭そうに、
「いらっしゃい……」
と、言った。いらっしゃいと言われてよく見てみるとと、この人……ミラさんだ! ミラさんの方もあたしに気づいたらしく、
「えっ、の、ノーマちゃん!?」
と、慌てて席から立ち上がる。
「まぁまぁ、いつ帰って来たんだい? すっかり奥様になっちゃって。
ノーマちゃん、オービルのこと、大変だったねぇ」
と抱きついたミラさんは、そのままあたしに胸を埋めた。もしかしたら、泣いてる?
「ありがとう。あたしももっと早く来たかったんだけど、こんなに遅くなっちゃって……」
「仕方ないよ。ノーマちゃんだって忙しいんだから」
「んで、今更、何しに来た。こんな店、もっと早く潰した方がいいってか」
そこにそう言って出て来たのは、オッティーさん? この店にいるんだから、もちろんオッティーさんに違いないのだろうけど、柔和なオッティーさんには似つかわしくない怖い表情をしていた。しかもかなりお酒臭い。
「あんた、誰もそんなこと言ってないじゃないか」
ミラさんがそうとりなそうとしてくれる中、
「ふん、顔にちゃんと書いてあらぁ」
と、あたしの顔をのぞき込んで、酒臭い息をあたしに吹きかける。思わず顔を歪めてしまったその時だった。
「ダメぇ!」
あたしたちの足下で大声を上げたのは、オーレン。オーレンは、両手を広げてブルブル震えながら、
「オーちゃんのママ、いじめちゃダメ!!」
それでもキッとオッティーさんから目を剃らさずに睨み据えている。その態度に、オッティーさんから思わず、
「オービル……」
というつぶやきが漏れた。




