ヘイメへの帰還
ことことと馬車に揺られる旅。オーレンは最初こそ興味津々で動いていく景色を眺めていたものの、町から外れてそれが変わり映えしなくなると、
「ねーえ、ばぁは? マーエ(マリエルのこと。皆がマリエルと名前で呼ぶので、オーレンもそれに倣って言うのだが、さすがにマリエルとは言えない)は?」
と退屈そうに聞く。
「ばぁとマリエルはお家にいるよ」
「なんで~」
「ばぁはじぃがいるしね、マリエルはまだ学校があるからね、ケイレスにいなきゃなんないの。
だから、ママと、オーレンでパパをパパの生まれた町に『連れてって』あげようね」
と言って、オービルの遺髪の入った箱を持ち上げる。だけど、
「パパ? オーちゃん(オーレンは自分のことをこう言う)のパパそこにいるのぉ~」
とオーレンが嬉しそうに箱を開けようとするから焦った。思わず、
「オーレン!」
と、大声で怒鳴ってしまう。すると、オーレンはピクッとして固まってしまった。いけない、いけない、ビビらせてどうする。オーレンとしては、ただまだ見ぬ父親に会いたいだけなんだ。この小さい箱に、あの筋肉達磨が納まってると考えちゃうとこが子供だけれど。あ、でもオーレンは実際に本人を見てないし、父親のデカさもわかんないかぁ。
で、ジェイ陛下も、エルドさんもステファンさんもオーレンには優しいけど、みんな他の子のパパだからね。ホント、会いたいよね。あたしだって会わせたいよ。ってか、あたしが会いたい。
「でもね、パパ寝てるからね。起こさないようにそっとしてあげて」
ただ、コレ以上箱暴きはされたくないので、あたしはできるだけ優しい目の声で、オーレンにそう言い聞かせた。
「パパ、ねんね?」
というオーレンに、
「うん、そうだよ」
と頷く。
「じゃぁ、しーね」
あたしの言うことを聞くと、オーレンは唇に手をあてて、箱に彼の昼寝用のタオルを被せると、箱をトントンしている。その優しさに涙がでた。
しかし、あたしが泣いている事に気づくと、オーレンは一転不安げな表情に逆戻り。
「ゴメンっちゃい」
と、謝る目に一気に涙が溜まってくる。どうやら、自分が母親を泣かせたと思ったらしい。確かに、そうには違いないのだけど、意味が違う。それにしても、その挙動不審ぶりにあたしは胸を突かれた。あたしって、これまでどんだけこの子に我慢をさせ続けてきたんだろう。オービルを失ったのはあたしだけじゃない。マリエルもこの子も同じなんだ。
「ううん、ママは嬉しかったんだよ。オーレンは良い子だね」
「オーちゃん、良い子?」
「そう、とっても良い子」
「えへへ、オーちゃん良い子」
不安顔が一転、ドヤ顔に変わった息子の頭を撫でながら、あたしは逆にオービルに同じようにされているような、不思議な感覚にとらわれていた。
ヘイメに着くと、レクサント邸の庭には既にケイレスのものと勝るとも劣らない美しい墓が建っていた。あたしがヘイメに戻ると手紙を書いてから、そんなに時間経ってないのに……ヘイメの職人さんの心意気が嬉しくて、職人さんたちにその気持ちを起こさせたオービルが誇らしくて、また涙。それにつられてか、
「ありがとうございます。オービル様にここでこうしてお会いできるようになるとは思っておりませんでした。嬉しゅうございます」
と、ダリルさんも涙を拭う。
「こっちこそ、ダリルさんにヘイメを任せっぱなしで、ごめんなさい」
あたしがそう言って労うと、
「いえいえ、この老体、至らぬ事ばかりでございます。しかしながら、今ほどはシムル殿が皆やってくれます故、私は半隠居のようなもの」
ダリルさんはそう謙遜して笑った。それを聞いたシムルさんは、
「とんでもない、おいら師匠(シムルさんはダリルさんのことをなぜかこう呼ぶ)に教わることばっかですよ。
だいたい、おいらはクローの寒村の出です。近衛やってるより百姓や漁師相手にしてる方が性に合ってるみたいで」
と、豪快に笑う。
「そんなことはありませんよ。シムル殿は本当によくやってくれます。
私が教えることはもうありませんよ。
しかしながら、その呼称はちょっと……」
それに対してそう言ったダリルさんに、
「すんません。やっぱおいら……わ、私はまだまだっす」
シムルさんは頭をかきながら、そう返した。
さてと、オービルの遺髪は納めたし、海猫亭にでも行ってこようかな。




