三年分の……
「へ、ヘイメ?」
ジェイ陛下にいきなりヘイメに行けと言われて、あたしの声はひっくり返った。
「うん、オービルの具合が悪くなってから、ノーマちゃん一度もヘイメに帰ってないでしょ。オービルが亡くなってもちっとも帰ってこないから、みんな心配してるんじゃないかな」
「で、でも、ダリルさんたちは、オーレンが生まれたこと、知ってるでしょ?」
ダリルさんだけじゃなく、ヘイメの人たちみんながオーレンが生まれたことも、それ以前にオービルが死んだこともしっているはずだ。
「確かに知ってはいるけど、知ってるのと実際に顔を見るのとは違うよ。ボクが、強引にノーマちゃんたちをケイレスに呼んだのも、それまで無気力だったオービルが結婚しただなんて信じられなかったからだしさ。
それにさ、領主が領地を放って置きっぱなしっていうのもいただけないと思うよ」
そう、食糧大臣に任命されたときに一代限りの貴族ではなくなっているし、オービルは自分が動けなくなった時点で爵位を返上しようとしたけど、ジェイ陛下が受け取ってくれなくて、レクサント家は今でも伯爵のままだ。ジェイ陛下は、
『心配しなくても子供はすぐ大きくなるんだから』
と言い、オーレンがオービルパパを後見に立ててその座に就いている。あたしがオーレンに対して厳しくなってしまうことの一端は、伯爵として恥ずかしい行動はしてほしくないという気持ちの表れでもある。爵位なんてクソ食らえなオービルだったけど、だからこそ、お貴族様たちに『やっぱり、伯爵様がおられないとねぇ』とか、余計なことは絶対に言われたくない。
「それはともかく、ヘイメでしばらくのんびりしておいでよ。ノーマちゃんは、ちょっとがんばりすぎ。
ボクが言わなくても君は充分解ってるだろうけど、オービルはすごい男だったよ。そのオービルの分まで完璧にカバーしようなんて、絶対に無理。もっと、みんなに頼って良いんだよ」
泣いて良いんだ、喚いて良いんだと言って微笑んだジェイ陛下の顔がぼやけて見える。
「……だって、生半可なことしてたら、絶対オービルに叱られる……せっかく命を懸けてオーレンを残してくれたのに……レクサント家がなくなったら、あたし……」
しゃくりあげながらそう言ったあたしに、
「そんなの気にしなくていいよ。
爵位は、市井だったらおいそれと会えないからっていう、ボクやナタリーのワガママなんだからさ。
オービルがそんなのに拘らないことは、ノーマちゃんが一番よく知ってるはずでしょ」
ジェイ陛下はそう言ってあたしの肩を優しく叩いた。
『レイコ、俺のために頑張ろうとしなくてもいい。いきなり見ず知らずの世界に放り込まれて頑張り続けてきたのは、俺が一番よく知っているから』
その時不意にオービルの声が聞こえた気がした。後は、涙、涙……
三年分泣いた後、あたしはヘイメに行くことを決めた。そうと決まれば、支度しなくちゃ。
「いくぞぉ~」
と言ったあたしを見て、ジェイ陛下はちょっぴりあきれ顔だったけど。
しかし、引っかかることがひとつ……ヘイメ駐在を命じられたのはいいけど、なんでそれが非公式? そう聞いたあたしに、
「だって、公式だって言えば、ノーマちゃんあっちで目一杯仕事しちゃいそうでしょ。そしたら、今度はこっちに帰ってこなくなるでしょ」
と言う、ジェイ陛下。そんなの公式でも非公式でも、あっちに仕事がなきゃ一緒じゃん。そのときのあたしは、ジェイ陛下の心配が現実のものになるなんて思わないで、そう考えて、笑っていた。




