代わりのいない場所
クビって何? 王命って、一体何よ……突然の『お役御免』に、立ち尽くすあたしに、オービルママは、
「ご飯の支度をしてくるわ。今日はもう何も作る気にはなれないでしょ。マリエルが戻ってきたら、ウチにいらっしゃい」
と、言って実家に帰って行った。相変わらず身じろぎもせずいるあたしに、
「マーマ」
とあたしの服の裾を引っ張るオーレン。心配気にあたしの顔を下から覗き込み、合ったあたしの目に遠慮がちに笑う。だけどあたしは、しっかり掴まれたその裾を突き飛ばすように振り切ると、オーレンから距離を置いた。するとオーレンは、ビクっと肩を震わせたが、かろうじて泣かずにあたしを見ている。
「あんたのせいだ。あんたのせいで……何であんたはあたしから何もかも奪う訳?」
そして、そう言って無意識にオーレンの首に手をかけたあたしを、
「待って、ノーマちゃん」
ジェイ陛下が間一髪でオーレンから引き剥がした。あたしは、自分のしようとしたことに愕然としながら、
「今更何の用です? オービルがいなくなった今、料理がなければ、『移民』のあたしの価値なんてないでしょ。こんなとこに来ててもいいんですか、国王陛下」
それでも、そう悪態をつく。
「誰もそんなこと言ってないじゃない!」
「にしたって、陛下の食事はちゃんとお城に用意されてるんでしょ。わざわざクビにした料理人の所に食べに来なくてもいいじゃないですか」
さんざんレシピだけ出させて、クビだなんて、美味しいとこ取りもいいとこじゃん。で、ご飯だけ食べにくるって、一体どんな神経してるの、ジェイ陛下、と。
「大体、ボクはノーマちゃんをクビになんかしてないよ。最高責任者を降りてもらっただけで……」
すると、ジェイ陛下はあわててそう言い出したけど、ぜんぜん説得力ない。
「それのどこがクビじゃないって言うのよ! あっちの料理あたしのものよ!」
そりゃ、あたしのオリジナルじゃないけどさ、今まで全くなかったんだから、レシピの権利くらい主張してもいいよね。そしたら、ジェイ陛下は首を縦にふりながら、
「確かに、異世界の料理を知ってるのはノーマちゃんだけだ。おかげで、この10年でこのアルスタットは世界でも有数の観光王国になった。そのことは本当に感謝してるよ」
と言った。なら、なんでクビになんてするのよ! だけど、
「でもね、だから君には、君たちには幸せになってほしいんだよ。ねぇノーマちゃん、異世界の料理を知ってるのは君だけだけどさ、マリエルやオーレンのママもさ、君一人なんだよ。
むしろ、そっちの方が代わりはいないんだよ。君だって、オービル以外と結婚する気はないんでしょ」
いきなり、子供たちのことを出すジェイ陛下。
「当たり前じゃない!」
あたしは虚を突かれて思わず怒鳴ってしまった。
オービルは『自分は長くないから、死んだらさっさと新しい奴をさがせ』とか、ばかばかしいことも言ったりしたけど、オービルの隣にいるのはあたしだし、あたしの隣は未来永劫オービルしかいないよ。それに対して、
「なら、なおさらあの子たちにとっては君しかいないじゃない」
と、淡々と語るジェイ陛下。
「解ってるよ、そんなことくらい」
「解ってないよノーマちゃん。さっきオーレンを突き放したときの君の顔、すごく怖かったよ。自分の子供に向かってする顔じゃない」
あたしの顔、そんなに怖かったんだろうか。そうは思ったけど、
「じゃぁ、母親は何があっても笑ってろとでも言うの?」
あたしは素直になれないままそう返す。
「そうは言ってないよ。でも、このままじゃ、壊れちゃうよ。オーレンも、そして君も。
だからね」
「だから……?」
そっぽを向きながら気のない返事をしたあたしに、
「ノーマ・レクサント、ヘイメ駐在を非公式に命じる」
ジェイ陛下は改めてあたしに新たな命令を下したのだった。




