居場所
オービルが倒れた。しかも、吐いちゃってるし……何か妙な物に中った? ……って言っても、馬車に乗り続けてあんまり食欲がないって言って、塩の絆(オムスビ)を食べただけなんだよね。何が原因なんだろ。にしたって、その吐いたものってのが、さらさらなのは何故? あたしが出かけている間にも何回か吐いたってことか……でも、どうしたらいいんだろ。
「オービルっ! オービル、しっかりして!!」
途方に暮れてオービルの名前を呼ぶだけのあたしの声に気づいたダリルさんが、
「何事ですか、ノーマ様!」
とすっ飛んできてくれて、すぐにお隣に知らせた。そしたら、何分もかからないうちに、若い衆がわらわらと集まってきた(後で聞いたら町の自警団の人だった)と思ったら、あっと言う間にオービルを担架に乗せて、近くのバウンス先生の所に運び込んだ。このアルスタットには当然救急車なんて物は存在しないけど、素早さから言えば、勝るとも劣らない。恐るべし、人海戦術。そして、ヘイメってすごい。
で、バウンス先生-この、オービルパパと同じ位な歳の小柄のお医者さんは、真っ青なオービルの顔をみるなり、
「バカモンが……あれほど言っておるのに無理をしおってからに……」
と、口をへの字に曲げて、あたしに聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう言った。
この小さな港町のヘイメに、たくさんのお医者さんはいない。このバウンス先生と、もう一人、街の反対側にいるだけだ。だから、逆に言えば診療科なんて存在しないし、バウンス先生はそれこそ騎士団時代を除いたオービルの病歴を全部知っている人なのだ。
ま、この無骨な筋肉達磨に、これと言った病歴なんてないだろうけど……あたしはそう思っていた。そう、病気という意味では確かにそうなんだけどもね……
実際の所、オービルの内臓はかなり傷んでいる。原因は病気ではなく、そう……ナタリアさんを守って受けたあの怪我だ。正直生きているのが不思議な位ズタズタにされた臓器を、王都ケイレスで一番の名医が必死になってつなぎ合わせた結果、かろうじて一命を取り留めたのだという。
おかげで、胃が一回り小さくなって、腎臓は一つになり、肝臓も半分以下に。無理は絶対にできない状態になってしまっている。オービルが騎士団を辞めてここヘイメで暮らそうとしていたのも、騎士団長に復帰したくないのではなく、復帰したくてもできなかったのだ。あたし、嫁なのにそんなこと何も知らなかった。
そして、そんなオービルの状態はジェイ陛下も知ってるという。そう、知ってるからこそ今まではオービルを無理矢理王都に連れて帰ろうとはしなかっかったのだろうと思う。
だけど、あたしという存在がそれを変えた。あんな強引なやり方をしたのも、ここアルスタットでは誰も知らないことを知っているあたしを味方に付けたいのはもちろんのこと、新しい居場所を用意して、義兄に『ちゃんと生きて』ほしかったのだと思う。そう考えればすべてのつじつまが合うのだ。
「バウンス先生、ちょっと良いですか? オービルのことなんですけど……」
あたしは、バウンス先生にこの間からずっと気になっていたことを聞くと、オービルのことを先生とお弟子さん(先生の息子さん夫婦)にお願いして、市場に出かけた。
そうよオービル、頼むから『ちゃんと生きて』。ここであたしがいられる場所は、あんたしかないんだからね……




