役者はあっちが一枚上手?
「キャ~、ノーマちゃん」
ナタリアさんは私室に入り込んだ途端、まさかのハグ。
「お父様から聞いてはいたけど、お人形さんみたい! お兄様になんかもったいないわ。ねぇねぇ、お城勤めしない? 一緒にここで暮らしましょうよ」
続けて、そう曰いながら、あたしの手を握ってぶんぶん振り回した。ナタリアさんのこと、オービルの妹だからクソまじめで、さぞかしジェイ陛下に振り回されて大変だろうなって思ってたんだけど、前言撤回! こいつらとんでもなく似た者だよ。それを聞いて、
「まぁまぁ、レディ・レクサントにはどのみちこれから活躍していただかなければなりませんから、頻繁にお城には来ていただけますよ」
エルドさんがそう言ってナタリアさんを宥める。
「冗談、あたしはヘイメに帰りますよ」
えっ、頻繁に登城って、あたしたちを王都から帰さないつもりなの? あたしは帰るわよ。だって、ヘイメには味噌と醤油が待ってんだもん。
「精米器プロジェクトはこれからじゃないですか」
するとエルドさんがにこやかにそう言う。いや、顔こそにこやかだけど、どことなく威圧感満々なのはどうしてだろう。
「確かに、これからですけど、それって精米器のノウハウを教えれば済むことでしょ?」
あたしはそんなエルドさんから目を逸らさずそう応える。ガン飛ばすのは、相手の目を見るのが基本ってね。大体、別件逮捕みたいなことして連れてきて、残れってどうよって話。
「元々はヘイメでやるつもりだったことをお前等が横取りしたようなもんなんだぞ。後は勝手にやってくれ」
オービルもそう言いながらお城メンバーに手をヒラヒラさせて、残ることを拒否する。だけど、
「にしたって、オービルは騎士団長だよね。もうそろそろ戻ってきても良いんじゃないの」
ジェイ陛下の一言に、
「それなら、辞めると認めただろうが。あまり長くTOPが不在なのは良くないから、早く後任を決めろと」
オービルが、そう返す。それにしても辞めるなんて聞いてないよ、あたし。
「ダメ、辞めさせない。オービル辞めるついでに爵位も返上するって書いてたでしょ」
それに対して、そう答えるジェイ陛下に、
「当たり前だ。任も負わずに恩恵を受けるなどと、穀潰しなまねができるか」
売り言葉に買い言葉、オービルはそう言って鼻を鳴らす。
「じゃぁ、ナタリーちゃんはどうなっても良いの?」
「俺じゃなくても、いくらでも後見できる者がいるだろ」
わざわざ俺に爵位なんて必要ないと、オービル。
「それじゃ困るんだよ」
それでも引き下がらないジェイ陛下。
「なにも困らんだろうが」
「困るよ。体して仕事のできないのが身分だけで後見して……政治的均衡が崩れる」
「大げさな」
「大げさじゃないよ! 元々オービルのケガだって、ボクの優柔不断が生んだんだけどさ。だから、もうそんなことになるのはイヤなんだ。
大げさなんかじゃない。ボク、もしナタリーちゃんが怪我したら、お城の人間全部抹殺しちゃうかも知れないよ」
だから、爵位は返さないでと懇願するジェイ陛下に、オービルは何とも言えない表情で黙り込んでしまった。
そっか、ジェイ陛下も責任感じてんだ。エルドさんも両方の言い分が分るのか、しばらく義兄弟の睨み合いが続いたんだけど、ジェイ陛下はいきなり何かを思いついた表情になり、
「そうだ! ボク、今からオービルを食糧大臣に任命する」
と言い出した。
「食糧大臣って、そんなもんあったか?」
そう首を傾げるオービルに、
「ううん、今から作るんだよ」
と笑顔で言うジェイ陛下。
「よろしいかも知れませんね。これまで食糧事情については飢饉の時に大臣を臨時召集という対応でしたが、それでは何かと不都合も多かったですからね」
しかも、エルドさんも止めに入らない。ってことは予定の行動か。じゃぁ、エルドさんの沈黙はこの台詞を引き出すためのもの? だとしたらとんだ狸だな、こいつ。
でも、そうかもね、被害の多いところと少ないところの領主たちの利害が絡んで、中々救済策が決まらなくて被害が拡大するなんてことは、あたしにも容易に想像できる。だから、役職として中立な立場が必要だという考えは理にかなってるとは思う。
「それに、これからアルスタットは国内外に新しい食を発信していくんだ。専門大臣は必要だよ」
だからって……
「その大臣が俺である必要はないだろ」
すると、エルドさんが、
「いいえ、レディー・レクサントはアルスタットにとって謂わば宝の山のようなもの。それを一番いい形で引き出せるのはサー・レクサント、やはりあなたでしょう。
それとも、レディー・レクサントは本当は異なる世界から来たと皆に知らしめてもよろしいのですか」
と、笑顔でオービルに言った。こいつ、笑顔だけど、言ってることははっきり言って脅しだよ。
「それとも、サー・レクサントはこのアルスタットの繁栄に貢献できないとでも仰る……」
「ああ、解った解った。大臣でも何でもやりゃいいんだろ、やりゃ!」
で、ついにオービルはやけっぱちな口調で大臣就任を受諾。でも、
「聞いたよ、オービル。後で止めたは、なしだからね。
じゃぁ、オービル・レクサント王命により本日ただいまから、食糧大臣を命じる。
なお、爵位も伯爵とし、永年とする」
ジェイ陛下がいきなり格上げまで追加するもんだから、
「ジェイ!」
思わず、立ち上がって、ジェイ陛下を睨んだ。
「サー・レクサント、王命に逆らうのですか?」
それに対して、有無を言わせぬ笑顔でそういうエルドさん。オービルに断るって選択肢はないみたいだ。
「ぐっ……不祥オービル・レクサント、謹んでお受け申し上げます」
結局渋々ひざを折って拝命。ここに食糧大臣、オービル・レクサント伯爵が誕生したのだった。




