謎の男の正体は?
「あ、あんた誰?」
と聞いたあたしに、
「ふぇ? ボクのこと知らないの?」
と首を傾げる男の人。この世界ではヘイメしか知らないあたしが、王都ケイレスの人を知ってる訳がないでしょうが。相変わらず名乗らないその人は、
「ま、あの絵姿ってビミョーだからね。お陰でこうやってここに来れる訳だし」
と言いながら、今度はパンに手を伸ばす。
「だからそれはダメですって」
あたしがあわててカゴを引っ込めたら、
「何でダメなの?」
と言ってぶーたれる男の人。
「王様への献上品なんですってば」
「なんだ、じゃぁ問題ないじゃん」
と笑う。問題ないって、問題ありありなんですけど? 彼はあきれているあたしのガードをかいくぐって一個もぎ取ると、かぶりとかぶりつく。
「ほわぁ、ふわっふわ。雲食べてるみたい」
その花が咲いたようなリアクションは料理人として嬉しくない訳じゃないけど、何だかなぁ。
そのとき、疲れたから一休みすると言っていたオービルが起きてきた。オービルは彼を見るなり、
「何でおまえがここにいる」
と言った。不審者ではないわけね。もっとも、こんな堂々とした不審者なんていないだろうけど。
「うん? ご飯食べに来た」
それに対してそう答える彼に、
「おまえの飯は城にちゃんと用意されてるんだろうが」
下級貴族の飯なんかより数倍豪華なものがと、返すオービル。お城にご飯があるってことは、この人も近衛なのかな。……でも、オービルって騎士団の団長だよね。たぶん、あたしの記憶に間違いがなければ、怪我で休養しているだけで、離職はしてない。そんなトップにタメ口利ける人間ってまさか……すごくイヤな予感するんですけど! 案の定、
「だって、城の食事は毒味とかうるさくってさ、ボクのとこにくるときは大抵冷めてるんだよ。
いくら食材が良くたって、旨さ半減するじゃん」
その点、シエラの料理は素朴で温かくって最高! と言った彼に、
「その最高なお袋の料理でもし、体調不良でも起こしてみろ。縦しんばそれがおまえの食べ過ぎが原因であったにしろ、お袋は国家転覆の罪で極刑必至だ、ジェイ」
とオービルは苦虫を噛み潰した顔でそう言った。……けど、ああやっぱジェイって言った、ジェイって。ってことはこの軽っぽいおにーさんが……その証拠に、
「国王陛下……」
あたしが思わずもらした言葉に、
「うん、ボクがジェラルディーン・ホルテス・ビルガット・クゥワドロ13世。あ、長いからノーマちゃんもジェイで良いからね。気にしなくて良いよ、君、一応義兄嫁になるんだからさ」
ウインクしながらそう答える謎の男改め国王陛下。けど、フルネーム長っ。しかも、ノリ軽すぎ。
……うー、大丈夫か、アルスタット。
「ああ、予想以上に美味しかった。カクタスが持って帰ってきたのももちろん美味しかったけど、焼きたては格別。
ねぇ、ノーマちゃん、材料はまだ残ってる?
悪いけど、明日も焼いて城に持ってきてくれないかな。できればこの倍は欲しいな」
あれからカロアナジャムを塗ってもう一個パンを食べたジェイ陛下(間違ってもオービルみたく呼び捨てになんかできないし、だからと言ってオービルママみたく『ちゃま』呼びもねぇ)は、満足そうにお腹をなでながらそう言った。
「ええ、構いませんけど」
どうせ運ぶのは馬だから、お米も小麦粉も1デパル(約35kg)ずつ持ってきたし。それくらいなら、持ってきた酵母も足りる。けど、あのお土産もお前食うたんかいっ! どんだけお城抜けだしとんじゃ!! と心の中ではそう激しくツッコミを入れつつ頷いたあたし。
「それからさ、米の皮を剥く機械の構造分かる?」
「ええ」
そりゃ、あれはあたしが菊宗正と相談してつくったものだもん。
「じゃぁ、明日城に職人呼んでおくから、こっちでも作って。それと、その機械規模はどれくらいまでにできる?」
「へっ?」
白米が気に入ったのは分かるけど、規模って何? 首を傾げたあたしに、
「コレ、アルスタットの国民食にするから。ノーマちゃんの世界では当たり前の方法だろうけど、ここでそれを知ってる者はいないんだし、だったらアルスタットの名物にする。
じゃぁ、ボクそろそろヤバくなってきたから城に帰るね」
ジェイ陛下はしゃらっとそう言って、とっととお城に帰って行った。
「やられたな。どうやらしばらく帰れそうにもないようだぞ」
と苦笑いするオービル。
「どういうこと?」
「俺たちは今、国家プロジェクトの一環に巻き込まれてしまったってことだ」
国家プロジェクト? 巻き込まれた? もっと分かるように説明してよ、オービル!




