そして我が家は……
シドくんは、それから怒濤の勢いで外枠を作ってオービルに手渡した。さすがここヘイメ一の大工さんガドさんの息子だ。慌ててつくったとは思えないほどきっちりしている。
「そんなに小さいので良いんなら、ザム(よしず)も言えばすぐに上がるでしょ。ドッジのとこに案内しまさぁ」
ガドさんはそう言って、よしず職人のドッジさんのところに連れて行ってくれた。
で、完成した板海苔製造マシーン(んなハイテクなものじゃないか)を持って帰ってきたときにはもう、日はとっぷり暮れていて、いつもなら家に帰っているはずのイオナさんも心配してまっていてくれたのだが、帰ってきたあたし達の大荷物を見てちょっとあきれ顔だった。それでも、海苔マシーンを興味津々で覗き込むあたり、あたしの異世界料理を期待してくれている証拠だろうと、嬉しくなる。とりあえず、夜遅かったので、その日は帰ってもらったけど。
翌日、朝早く起きたあたしは、庭で採ってきた海苔を菊宗正で更に細かくして、水に浮かべると、昨日作ってもらった道具で、掬いあげる。こんな作業、小学校でエコ学習でやった牛乳パックの紙漉き以来だ。今回用意したミニよしずは8枚。本格的に使うには全然足りないけれど、試食ならこれで十分だ。
それをよしずをハンモックのように吊ったところに並べる。それから、イオナさんも一緒に持って帰ってきた昆布や若布も同じように並べて干す。まるで洗濯物。それまででも鰹やら果物やら干してあったけど、昆布や若布は平らで表面積がデカいから、よけいそれっぽい。にしても、そこそこ広いはずのレクサント家の庭の至る所で海産物がはためくことに。そんなものこのアルスタットにはないけど、テレビがあったら、『干物屋敷』なんてフレーズでローカルニュースの特集にでも登場しそう。
だけど、後少しで『洗濯干し』作業が終わろうって言うとき、屋敷につかつかと入ってきた年輩の男の人が、
「な、なんだこれは! おいお前何をしている!!」
と言って怒鳴った。
何してるって、海藻干してるんですけど?
「あなた、いったい誰?」
ってか、あんたこそいきなり他人ん家入ってきて何?
「それはこっちの台詞だ。ウチの庭で、なんでそんな奇妙な物を並べている」
ウチの庭? ここはオービルの家だよ。ま、まさかこの家って実は借家なの? いや、この町の長が借家ってことはあり得ない……よね。オービルって、町内会長レベルでちまちまと動き回ってるから、いまいち自信ないけど。あたしがレクサント家借家疑惑で頭がいっぱいになっていると、
「親父、いつ帰ってきた。なんか用か」
屋敷の中からそう言いながらオービルが出てきた。あ、親父! と言うことは、この人がオービルのパパ? そう言えば背はオービルみたいに高くはないけど、がっしりしていて鼻の格好とかどことなく似ている。
「なんか用だと? 結婚するのだろう。相手の親御への挨拶は、式の日取りは、場所は、なんにも書いておらんかったではないか」
ぷんぷんと怒り散らすオービルパパに、
「手紙はよく読めよ、親父。結婚するじゃなくて、結婚しただ」
オービルはしれっとそう答えた。
「結婚しただと!」
「ああ、いろいろ事情があってな」
「子供でもできたのか」
この歳にもなって何をやってるんだと、頭から湯気が出てきそうな様子で怒っているオービルパパを、
「そんなんじゃないから、とにかく座って話そう」
と、屋敷のリビングに引きずっていったオービルは、
「これがその嫁のノーマだ」
と、あたしとあたしが別の世界からトリップしてきたことなどを掻い摘んで説明した。
「にしたところでな、儂たちにくらいは事前に知らせるべきだろう」
全部説明した後も、そう言ってぐぢぐぢ怒り続けるオービルパパに、
「ま、親父やお袋に知らせなかったのは悪かったと思ってるよ。けどさ、ジェイ(王様の愛称)やナタリアに知られてみろ、ただじゃ済まない」
と、ため息まじりでオービルは返す。
そうだよね、結婚式に側妃やもしかしたら国王陛下自らが参列するとなったら……国の一大イベントになりかねない。ヘイメのどんちゃん騒ぎなんて目じゃない。
それに、王都で結婚するとなったら、男爵夫人にそんなどこの馬の骨とも解らないやつをってのが、出てくるとも限らない。それがために適当な経歴をねつ造するのも面倒。だから、すべてをかっとばしたのだと。それを聞いて、さすがにオービルパパも頷いた。
「儂だって、あのお貴族様たちの思考回路には正直ついていけんからな。
まぁ、事情は解った。だが、あの庭に犇めいている得体の知れんものは一体なんだ」
そして、オービルパパは、そう言って庭を指さした。得体の知れないものというのはもちろん、こっちでは食べ物認定されていない海産物たち。
「あれは……」
どう説明しようかなとあたしが悩んでいたとき、
「さぁ、パンが焼けましたわ」
と、イオナさんがグッドタイミングで日本式パンをかごに入れてリビングに持ってきてくれた。しかも、今日のは、ここの名物にしようと思っているラプタデロンガー(エビのチリソース煮)入りだ。
「いい匂いだが、ピペ(パン)に付けるスープはどうした?」
やっぱりオービルパパにも、スープがないと言われる。するとオービルが、
「これはノーマの世界で食べられているピペ(パン)だ。騙されたと思ってそのままいってみてくれ」
と言いながら、オービルパパにパンを手渡した。オービルパパはまだ熱いくらいのパンを手に持って、
「そのまま食うのか?」
と首を傾げながら、それでも息子の言うことに従ってガブリとかぶりつき、みるみる内に目が見開いてくる。
「柔らかい! それに……中からスープが? いや、これはラプタデロンガー!? もしかして、これを入れて焼いたのか!」
食はすべてを駆逐する。はふはふ言いながら瞬く間に完食したオービルパパは、すっかり異世界のパンの虜になり、結果あたしたちの結婚をすんなり許すという……喜んだらいいのかどうか分からない結果となったのだった。




