言っとくけど、あたしはバリバリの庶民だからね
「ちょっと待ってよ、あたしはただこのワカメを……」
「? ヤカメ??」
うー、また間違ってる。ま、いっか。
「ワカメを採ろうと思っただけなの。それから、ここのコンブも欲しいし、このイワノリも」
「これはただの藻屑だろ。こんなのをどうするってんだ?」
と聞くオービルに、
「決まってんじゃん、おむすびに入れるんだよ。あのままじゃ、ビジュアルに欠けるからさ」
と言うと、
「確かにこの緑はあの白い米に映えるとは思うが……」
これを一緒に米と炊くのか? とオービルは訝しげに聞く。
「ううん、そのままじゃ、ドロドロになっちゃうから、干して入れるんだよ」
「これも干すのか」
ニホンとやらは何でも干して使うんだなとオービルはため息をついた後、
「それにしてもだな、淑女がいきなり海に飛び込むのはどうかと思うぞ」
流されたらどうする、と渋い顔で言った。確かにスカートたくし上げてやるのは女子力に欠けてたかも。けど、
「こんな浅瀬でおぼれるわけないじゃん。あたし泳げるよ(幼稚園からスイミングスクールに通ってたもんね)」
と言うと、
「海を舐めるな。波は時によって表情を変えるし、服は水を吸ってすぐ重くなる。足元を掬われればひとたまりもないんだぞ!」
間髪入れずそう言って怒鳴られた。そう言えば、着衣水泳したとき、デニムハンパなく重かったよな。立ってられればいいけど、転んだらマジ危ないか。
「ゴメン」
「まったく、思い付いたらすぐ行動するクセは何とかならないのか?
この藻屑が必要なら言え。一人で採ってもそう沢山は採れんし、お前は仮にも男爵夫人だぞ。いい加減人に頼むことも覚えてくれ」
そう言ってオービルは海沿いの民家に向かって歩き出した。んなこと言ったって、あたしは元々バリバリの庶民だもん。じいちゃんは骨董好きだったけど、ただそれだけ。膨れてその場に残ったあたしの所に、オービルはしばらくして小学生位の子供たちを集めて戻ってきた。手には袋を持っている。
「よし、お前はそのデカめの海藻だ。そっちのお前はこの海藻だ。ああ、そこの君は岩についている苔をこそげとるんだ」
そして、てきぱきと子供たちに指示をだし、あっという間に袋いっぱいワカメとコンブと岩海苔集めてしまった。終わった後、オービルは子供たち一人一人に銅貨を渡した。
「小さな子にお金なんか渡していいの?」
と尋ねるあたしに、
「どうしてだ。家での手伝いじゃないんだ、子供でもその働きに見合う対価を与えるのは当然のことだろ?」
と、オービルは逆に首を傾げた。そうだ、ここは日本じゃない。義務教育なんてものはないから、小学生の年代でも働いている子はいくらでもいるのだ。高校卒業までただ勉強だけしていれば良かったあたしたち日本の子供たちは、本当に恵まれていたんだと改めて思いながら、あたしはオービルから渡された岩海苔の袋をもって歩き始めた。
町中に入った後、あたしは家とは違う方向に歩き出した。オービルは一旦止めようとして口を開けかけたけど、結局何も言わずにあきらめ顔であたしの後ろをついてくる。
「なんだ、ガドん家か」
そして、着いた先でそんな声を上げた。ガドさんは海猫亭常連の大工さんだ。
「うん、ガドさんに作ってもらいたい物があるんだ」
「にしてもこの大荷物でくることはないだろう」
すると、両手に山ほどの海藻を持っているオービルは、そう言ってぶーたれた。
でもさ、あたしこれのために来たんだもん。細かいこと説明するには、現物見せた方が早いっしょ。