まさかの……クビ?
翌日、あたしはもう一度おむすびをつくったあたしはそれを海猫亭に持って行った。
さすがに料理人のオッティーさんとミラさんはレクサント家の面々のように躊躇する事なく、おむすびを口にした。
「へぇ、お米の皮を剥くとこんな味がするんだね」
ミラさんが感心したようにそう言う。あの……お米って玄米の時点で皮っていうか殻は剥いてあると思うんだけど。あ、糠を渋皮認定するとしたら、そうかも。
「口の中で結び合わさった米と米が解けていくな。またこの塩加減が良い。シンプルだが飽きのこない味だ」
とオッティーさんもしみじみそう言う。それにしても、プロがほめてくれるとマジ嬉しい。オッティさんは食べ終わった後、
「で、この料理の名は何てんだ」
とあたしに聞いた。
「オムスビだけど?」
あたしは日本語のままでそう答える。
「なんて意味だ」
へ? おむすびの意味?? あたしはオッティーさんの質問に首を傾げた。おむすびの由来って何だろう。うーん、そう言えばご飯を結ぶときに、手を一人握手する形にするよね……でも、
「絆……かな。本当の意味は知らないんだけど、ご飯をこんな風に三角にするのに、ご飯を挟んで一人握手みたいにして作るんだ」
あたしがようやく絞り出した答えに、
「そうか、絆か、名前もまた良いな」
オッティさんはそう返した後、
「よしノーマ、お前今日限りクビだ」
と、満面の笑みを浮かべながら解雇通告。
「えーっ!!」
な、なんでぇ~!!
「あんた、何て事をいうのさ。ノーマが絆を作れるのは、異世界から来たからだよ」
何、やっかんでんのさと目くじらを立てるミラさんに動じることなく、
「だからじゃねぇか。
ノーマ、お前さんこの絆を作ったときに、いやもっと前から思ってたんだろ。このアルスタットの食材でお前さんの世界の料理を作りたいって。
んで、お前さんには絆以外にもいっぱい再現したいもんがあるんだろ」
あたしにむかってはっきりとそう言った。あたしは、唇を噛みながら頷く。しかし、おむすびのこっちの名前、絆に決定ですか。
そうあたし、この精米をしながら、鰹があるならツナもそうだけど、鰹節も作りたいと思った。鰹節を作るなら、大豆に近い豆で醤油も味噌も作りたいと思った。それから、精白した小麦粉でパンも。
「ここにない物を作るには手間も暇もかかる。片手間ではできんし、俺たちはこの店で手一杯だ。手伝ってやることもできん。そうだろ?」
「でも……」
それには時間もかかるけど、お金もかかる。あたしは今、他人様んちに居候している身だ。研究したいのはやまやまだけど、遊んでて料理を作れる余裕なんてどこにもない。
「ってことだ、オービル。あとはお前さんに任せたからな」
すると、オッティーさんは、相変わらず用もないのに付いてきているオービルに親指を立てながらそう言った。オービルも、
「解った。じゃぁ、帰るか」
と言ってあたしの手を引っ張って帰ろうとするし。ミラさんは、ハラハラした顔はしてるんだけど、何も言ってくれないし……
ちょっと! 二人だけで納得しないでよ。それって、何も問題解決してないと思うんだけど???
まさかの領主様、そしてまさかの……
「あー、これからどうしよう」
いきなりクビだって言われてもなぁ。日本なら不当解雇だとか言って、労働基準局に訴えることもできるけど、ここにはそもそもそんなお役所もないもんね。ま、だからこそあたしみたいな異世界の人間がなんとなく暮らせてる訳だし。でも、
「できるだけ早く、次の仕事探すね」
と言ったあたしに、オービルは目を丸くして、
「なんで仕事を探さなきゃならん」
と言った。あたしが、
「だって、あたし今日から無収入だよ。家賃払えないじゃん」
と返すと、
「気にするな、レクサント家はお前の入れてくれる金をアテにしなければならないほど落ちぶれてはいない」
オービルは不機嫌全開でそう答えた。確かに、現在絶賛休職中だけど、こいつ一応お貴族様だったけ。
「それに、今、お前は何を聞いていたのだ。オッティーさんはお前にお前の世界の料理の再現をしろと送り出してくれたのだぞ」
別の仕事をしてどうすると言うオービルに、
「そんなこと言ったって、食材一つ買うにもお金要るじゃん」
とあたしはふくれっ面でそう答えた。
「それくらい、俺が出す」
そしたら、そう即答するオービル。
「なんで?」
オービルに出してもらう筋合いはないと思うけど。
「できあがった物をこのヘイメの新しい目玉にするからだ」
「へっ?」
騎士団長ってそんなことまで考えるもんなの? 頭にハテナマークが飛び交っているあたしに、オービルは、
「ここは俺の町だからな」
と言って頷く。
「うぇっ」
俺の町? そりゃ、オービルはこの町出身らしいけどさ……相変わらず意味ワカメなあたしに、オービルは、
「俺は一応男爵だぞ。
俺は陛下から男爵位とともに、生まれ育ったこのヘイメ周辺の土地を賜ったんだ。
まぁ、一代限りだから、俺に跡継ぎが生まれて、そいつが功績を上げなければそれまでなんだけどな」
このままでいけばそれは間違いなく確定だろうがと、ため息混じりで言う。一代限りだから、子供はがんばんなきゃまた平民に戻るのか。それって結構シビアだね。あれ? それはそうと、王様からこのヘイメを賜ったって……ええーっ! ってことは、オービルってここの領主様なの!! この無骨な筋肉達磨が領主? 似合わねぇ~! あたしは思わずぶっと吹いてしまった。
「おいノーマ、お前今似合わないと思ったろ」
「イヤイヤソンナコトハ……」
ムッとして指摘するオービルに、いきおいカタコトになるあたし。夢にも……思ってますなんて、口が裂けても言えないよ!
「俺だって、ガラじゃないとは思ってるが、陛下の決定したことを下々が覆せるか」
するとオービルが苦笑しながらそう付け加えた。
そりゃそうだろうね。褒美だってくれてるのを断るってんだから、下手したら首飛ぶかもね。この世界の人間じゃないあたしにだってそれくらいは解るよ。
で、領主であるオービルは、新しい外貨獲得の方策としてあたしの異世界料理に期待していると。要するに市役所の地域振興課に就職したと思えば良いんだよね。なんだ、納得ぅ~! だけど、オービルは更に続けて、
「ま、そう言ってもまだ気を遣うというのならな……その……俺の、よ、嫁になると良い」
と言い出すもんだから、あたしは思わずその場に立ち止まってしまった。
「どうした? 俺は何かおかしなことを言ったか?」
いや……おかしくはないけど、それってその……プロポーズだよね。だけど、
「いやな……今までのように勤めにも出ずに料理を作っているお前を、どのみち世間はそのように見るだろうしな。俺も、あの……その……そうだ、俺ももう嫁を貰えとせっつかれずに済む。だから、その方が都合がいいというか……」
オービルはなぜかしどろもどろになりながら続けてそう言った。そうだよね、オービルにとってあたしは対象外、『坊主』のガキンチョだった。オービルにとってこれは、別にあたしがどうって事じゃないんだ。あくまでもビジネスライクに考えて出した結論だったんだ。
あたしはなんでかそれがものすごく寂しかった。だからと言って今のあたしに他の選択肢はないに等しい。政略結婚か……なんか、ヤだけど仕方ないか……
「解った、じゃぁあたしオービルに永久就職するよ」
と即答したあたしに、オービルは、
「おう、そうか。では、帰ったらそのように手続きするか」
と、ものすごく柔らかい笑顔であたしの頭の上に手を置いた。
何よそれ……そんなことしたらちょっと期待しちゃうじゃない(何を?)




