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刀様の言う通り!?  作者: 神山 備
Taverna la Bianca
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慣れ親しんだものを食べたいって思うのはゼータクじゃあないよね

 突然飛び込んだ割には、そんな充実した生活を送っていたあたしだったが、一つだけ不満があった。オービルの過保護っぷりかって? あれもそうだけど、一応、家主な訳だし、なるたけスルーする方向でいってる。


 で、その不満は時と共にあたしの中で大きくなっていった。ついにはミラさんに、

「あんた最近元気ないねぇ。どうしたんんだい」

と言われるほど。でも、それに対してあたしは、

「ううん、何でもないです」

としか言えない。だって、ミラさんに言えるわけがないじゃないの、ここの……否、この世界の『ご飯』が不味いなんてこと!

 あ、間違わないで欲しいのは、不味いのは『ご飯』だけ。決してオッティーさん渾身の海猫亭のメニューが不味いわけじゃない。あと、パンもだから、正確に言えば『炭水化物』が不味いってことになるのかな。


 あたしがこのアルスタットに来た日、ここのパンがごわごわしてるって言ったのを覚えてる? 全粒粉率高そうだって言ってたけど、これって、高そうどころかなんと全粒粉100%だったのだ。それを知ったとき、あたしは軽く眩暈がしたよ。

 そして、それはお米も同じで、この世界で食べられているのは玄米。つまり、精白(精米)という概念がこの世界の人にはないのだ。

 で、圧力鍋なんて存在していないこの世界では、ふんわりと炊くのは難しいのか、いろんな味のスープでじっくり煮込んだリゾットが一般的。ってか、ごはんを水だけで炊くという習慣がそもそもなかったりする。

 

「うー、何で、玄米しかないのよ。白米食べたいよぉ」

 海猫亭カイファレモアが休みの日、久々にあたしが菊宗正を膝に抱いてそうつぶやくと、

『米を磨くというのは清酒を醸造するために編み出した技術だからな。日本でも元禄時代までは普通に玄米を食しておったからのぉ』

と、菊宗正。なんで久々かというと、普段の日は『通訳』とか言って、オービルに菊宗正を拉致られてるからなんだよね。でも、通訳というより、逆に通じなくしてるような気がする。オービルは、きっとそうなればあたしが必死で言葉を覚えると思ってるんだよ。  ま、実際そうだし、おかげで菊宗正を持っていなくても、大抵のことは理解できるようになったんだけどね。

「ホント? そうなの」

へぇ、無駄に『長生き』してないよね、こいつ。

『ああ、ただ、肉食をほとんどしない当時の人々は、軒並み栄養不足で脚気かっけに罹ることになったがな』

玄米を白米すると、食べやすくはなるけど、糠に含まれるビタミンB1が欠落する。肉類(特に豚肉)などで補えればいいんだけど、江戸時代の人は鳥以外の肉は食べなかった(法律で食べられなかったが正解だったかな)から、みんな体調不良になったんだよね。何か、歴史の授業で習った気がする。でも、白米のことを思い浮かべていると、よけい食べたくなってきたよ。そして、

「ああ、普通の白いご飯食べたい、あたしに塩おにぎりプリーズ」

と言ったあたしに、

『ならば、主が作ればよいではないか』

とこともなげに言う菊宗正。

「あたし精米なんてできないよ」

ってか、どうしたら糠だけ取るの。すると、

『あれはな、米同士を互いにこすりあわせて剥ぐのだ。心配するな、そこは我がしてやる』

と菊宗正が即答した。けど、どうやって……菊宗正、一個ずつ玄米の皮剥くの?

 それに対して、菊宗正はふんと、一発鼻息をかましてから、

『やり方はどうでも良い、主はさっさと米を調達して参れ!』

とあたしに命令した。



 美味しいご飯が食べられるかもしれない。そう思ったあたしは、急いで大きめのトートバッグを持って、市場に行こうとした。

「ノーマ様、どちらへ」

そしたら、玄関先でイオナさんに呼び止められた。イオナさんは、このレクサント家の通いの家政婦さん。 あたしがここに来て、食事はオービルも一緒に海猫亭カイファレモアでするようになったけど、掃除や洗濯をする人は必要だから。いや、あたしができれば良いんだろうけど、イオナさんの仕事を取り上げることになるし、なにより洗濯機も掃除機もないこのアルスタットで、ちゃんと綺麗にしようと思ったら、あたしたぶん寝る時間なくなると思う。

「お米を買いに」

「お米でございますか? それならここに」

お米を買いに行くと行ったあたしに、イオナさんは首を傾げながら台所の隅にあるお米の袋を取り出した。

確かにそれはあたしたち(休みの日はあたしたちだけじゃなく、イオナさんや執事のダリルさんも食べるから4人分)が食べるには十分な量だったんだけど、おなじつくんだったら一度についた方が楽だし、どうせなら、普段御世話になっている人みんなに食べてみてもらいたいし。

 それに、一口にお米と言っても、ここアルスタットでもいくつか銘柄あるみたいなんだよね。同じなら一番日本のお米に近い物をチョイスしたいじゃない。


 結局、市場に出かけたあたしは、そこで町の自警団(腐っても騎士団長だからね。帰省している間はここの警察署長をやっているって感じかな。だから、あたしにも最初に声をかけたみたい)の会合に出ていたオービルに会って、10kgぐらい買うつもりが一俵(60kg)担いで帰ってくる事に。あたしとしては長く食べられるのは嬉しいんだけど、こんなに精米しちゃったら、さすがに菊宗正の刃ボロボロになっちゃわないかな。

 でも、そんなことを思いながら帰宅後菊宗正を握ると、

『心配するな、我のことは我でちゃんとする。夜の間に己を磨いておけば良いのだ』

とあっさり自動再生宣言した菊宗正。

『それに、このように柔らかなもの、錆にもならんわ』

とからからと笑う。じゃ、本人(刀)もこう言ってる事だし、いっちょ行ってみるかな。


 あたしは大きな洗濯用のたらいをイオナさんにだしてもらい、そこにざばーっとお米を放り込んだ。そして、その真ん中に菊宗正を立てぐるぐると回す。動作はたったこれだけ。本来もお米同士の摩擦でこそげ取るんだからあまり派手な動きは要らないって菊宗正はいうんだけど、何だかなぁ。

 で、半信半疑でかき混ぜること5分。少しずつざるで糠を落としたその後に残ったのは、紛れもなくあたしが地球で普段食べていたお米!

「これよ、これがホントのお米よ!!」

あたしは精米したばかりのお米を5合ばかり取ると、ダッシュで台所に行って、早速炊く。これでも料理人予備軍だ。炊飯器なんかなくったって、ご飯は炊ける。

「はじめちょろちょろなかぱっぱ~、じゅうじゅうふいたらひをひいて、あかごないてもふたと~る~なぁ~」

と、美味しいご飯を作る歌を歌いながら喜々として、薪釜の周りを飛び回るあたしに、イオナさんはマジで神官さんを呼びに行こうかと思ったという。


 そして、念願のあたしの思う『ご飯』が完成した。


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