過保護もいい加減にしてっ!
「あはは、そりゃ災難だったね」
翌日、寝不足でフラフラになりながら海猫亭に出勤したあたしは、案の定女将さんに心配されたが、その理由がオービルの地獄の特訓にあると知って、思いっきり馬鹿笑いされた。
「へぇ、その刀がなきゃ言葉が解らないのかい」
昨日はあたし、ここでは常に菊宗正を『身につけて』たから、ミラさんはフツーに言葉が通じるものだと思っていたらしい。
「しゃべれなくちゃ、仕事なんてできないですよね」
俯きながらそう言ったあたしに、
「そりゃ、しゃべれるにこしたことはないけどさ、他にも仕事はたんとあるから。
大丈夫、ここはいつでも言葉にあふれてるからね。その気になって聞き耳立ててりゃ、すぐに覚えるよ。
それにしても、ウチのメニューを欲しいって言うから、どうするのかと思えば、丸暗記させたのかい。まったく、オービルらしいよ」
と、太めの腹を揺らしながら、笑い続けている。
「じゃぁ、いてもいいんですね」
「当たり前だよ。その代わり、しっかり働いてもらうよ。
ただし、それは明日から。食器は割れ物だし、結構重いんだ。そんな寝不足で仕事なんかしたら怪我の元だよ。
今日は今から帰って寝な。そして明日から元気に出ておいで」
と言いながらあたしの頭を撫でた。
「はい、解りました」
それから、ミラさんは、頭を下げたあたしを見てうんうんと頷いたあと、目線を遠くに向け、
「いいかい、あんたも解ったね……オービル」
と言った。振り返ると、オービルが入り口の扉のところにへばりついている。隠れていたつもりなのかもしれないけど、如何せん身長たぶん180cmオーバーの騎士団長だもん、全然隠れてないんだな、これが。そのオービルに、
「いいかい、ここは騎士団じゃないんだよ。この子は、あんたたちみたいな、踏みつぶしたって沸いてくるどっかの虫みたいな体力バカじゃないんだからね」
と、腕組みしながら言うミラさん。それを、神妙に聞いている大男。なんか笑えるぅ~。貴族の威厳なんてまるでないんだもん。ま、ここは彼の生まれた町。それこそ、ミラさんは彼が生意気な悪ガキだった頃から知っているのだろう。思いっきり吹き出すのを堪えてたら、オービルに睨まれたけど。
で、あたしは翌日から仕切り直して海猫亭で働き始めた。あたしも今までやってきたバイトはすべて飲食業だったし、ミラさんはもちろん、大将さんも口数は少ないけどかわいがってくれてるのがわかるし、何よりお客様がいろいろとこの町ヘイメのことを教えてくれる。あたしは、ものの3ヶ月もしない内に、カタコトっぽいけど、アルスタット語が話せるようになった。やっぱ、語学はその中に身を置いちゃうのが一番だよね。
ただ、なぜか漏れなくオービルが海猫亭に付いてくる。
「通訳だ」
とか言って、菊宗正を抱いてカウンターの一番隅っこの席に陣取るのだ。中途半端にチートな妖刀は、持ってる人限定で、通訳するんだよね。つまり、あたしの耳には、オービルの声だけ日本語で聞こえるんだよね。それに、一応ここにいる間の食事はちゃんとここでするからお客様でもあるんだけどさ、図体のデカいおっさんが、刀抱いて一日中座ってるのは、正直ある意味営業妨害かもって思うよ。でも、
「アタシカナリコトバダイジョーブネ、オービルウチカエルアル」
とあたしが言っても、
「ノーマは最近髪が伸びて、男にも子供にも見えなくなった。変な男に言い寄られても困る」
と、相変わらず保護者風を吹き回してくるのだ。
「おやまぁ、過保護も大概にしなさいよ」
とミラさんも言ってくれるが、その口調に怒っている様子はない。お前、自分の仕事はって……怪我で休暇中だっけか。早く復帰しろよ、まったく。
おーい、騎士団の誰でもいいから……おっさん、すでにこんなに回復してます。今すぐ迎えに来てください。