第6話 何とかして水を確保しろ
一番出来てねぇのが一番遅いという恐ろしい事実。
「クソがぁぁぁぁぁああ‼︎」「アンッで“こう”なのよおぉぉぉお!?」
絶叫し、俺たちは揃ってその場に崩折れた。
結構ここまで歩くのめんどかったんですけど⁉︎
“よっしゃ、やっと水にありつける!”ってめっちゃ嬉しかったんですけど⁉︎
「マジかぁ・・・。」
いや、本当は頭の片隅らへんで分かっていたのだ。でも、もしそうだった時の事を考えたくなくて、気づかないふりをしていた・・・。
でも、実際どうすりゃ良いんだ?とてもじゃ無いが、こんな濁った水を飲むのは御免被るね。
「どうする、緋之美?」
「どうするもこうも、どうしようもないじゃん・・・。」
お山座りしたまんま、力なく彼女は答えた。さっきまでの元気どうしたよ。
「・・・。」
「・・・。」
「あっ⁉︎」
「うわ!何⁉︎ぴっくりした!」
緋之美がなにか妙案でも閃いたのか、突然大声をあげて立ち上がった。驚いて俺は転けた。
「涼介!アンタ下敷持ってる⁉︎」
「え?いや、まぁあるけど・・・何に使うんだ?」
「いいから!ほら戻るわよ!」
▼
そうして足早に来た道を戻ってきた訳だが、一体全体、緋之美にどんな意図があるのか、今だに図りかねた。
「えっと・・・あった!ほら、涼介!コレ半分に切って。」
ぽい、と放るように俺に渡されたのは、さっき俺たちが飲み干したお茶(600ml)ペットボトルだった。
「切る・・・って、何で?」
「いいからほら!・・・あ、ちゃんと半分に綺麗に切ってよ!慌てず急いで正確に!」
「急いでって・・・そんな死ぬような事じゃねーんだから・・・。」
いや死ぬか。ほっとくと。
だがまぁとにかく、緋之美に言われた通りにする。
カッターナイフを取り出し、ペットボトルの真ん中に突き立てた。結構思いっ切り。そこからペットボトルの方を回転させ、くるくると切ってゆく。
「・・・よし、切れたぞ。で、何に使うんだこれ?」
「ちょっと待ってこの辺に・・・あった!」
魅惑的な曲線を描くお尻をと、そこに掛かったスカートをふりふりさせて緋之美が取り出したそれは、下敷きだった。俺の。そういえばさっき「下敷き持ってる⁉︎」って聞かれたなぁ。
「涼介!ペットボトルで水汲んで来て t・・・」
「」
俺が緋之美のおしりをガン見しているところに、その御本人が振り向いてくれたもんだから・・・まぁ余裕でバレるわな。俺がおしりガン見してたのくらい。
「はァやく行けエェェぇーーッ‼︎!」
「あばっふーっ!」
ばきーん!
と顔を真っ赤にしながら一発蹴りを入れられ、俺は洞窟を追い出された。
▼
「まったく、蹴るこたぁ無いだろ・・・。」
未だにジンジンと痛むケツを押さえながら、あの泥色の川に向かって歩く。
それにしたって、あんなに思い切り蹴ることは無いだろう・・・だいたいからして、あれ程の魅惑的なヒィーップをしているのが悪いんでありまして、しかし何とも柔らかくてムニムニそうな・・・おっ。
「やっと着いたな。結構道のり長いなぁ・・・ついでに草抜いてくかな。」
言われた通りペットボトルの片割れを泥色の水で一杯にするが、それだけでは何か物足りないので道中の草を手当たり次第片っ端から抜いて行くことにした。
「よいっと。」ぼっ
「・・・むっ。結構根が張ってるな。・・・よいせっ!」ズボッ
「小さい草が多いなぁ・・・。」スポスポスポ
「草が邪魔くさいっ!・・・おっ結構我ながら良いダジャレにっぶお⁉︎
」ドシャ!
自分が抜いて自分が放かった草を踏んで躓いて転けた。全く、下らない事を言うから転けるのだ。
起き上がりながら来た道を振り返ってみると、なかなかいい感じに“道”っぽくなっていた。抜いた草を通る場所の脇に放りながら来たものだから、丁度、通る場所の草が無くなり、その脇に縁石よろしく引っこ抜かれた草が放置されていた。
これなら、どう頑張っても道を間違える事なんてないだろう。「やれやれ、いい仕事をしたぜ・・・。」と言わんばかりに額を拭うと、あることに気付いた。
「あれ・・・ペットボトルはどこいったん?」
泥水汲んで、その後草抜いて来て・・・
「・・・・・・あ‼︎」
やっべ忘れて来たわ!川の所に‼︎
俺は走った!急がなくてはならないのだ!“忘れて置いて来た”という事実よりも、“怒っている緋之美を長時間待たせる”という恐るべき可能性がある。
「あ」に、濁点を付けまくったような声を上げながら俺は来た“道”を駆ける。そして見つけた・・・ペットボトルの片割れを!
しかしここで恐ろしき事態に気づく。
コイツを持ちながらでは、走ることが出来ない―――‼︎‼︎
慎重に―――そう、それこそさっき緋之美が言ったように慌てず急いで正確に―――足早に、しかし水を零さない程度に歩いて行き、ようやっと洞窟に着いた。
「・・・遅いわよ。」
「う、すまん・・・。」
ぐうの音も出ない。実際、半分は自分の失態で遅れて来たようなもんだからな・・・。
それより俺は、緋之美がさほどプンスカしていない事が意外だった。帰ってくるなりもっと文句を垂れてくると思っていたんだが・・・。
「あー、ペットボトル!ほら、水汲んで来たけど・・・何に使うんだ?」
「こっち頂戴、それ。」
言われた通り緋之美に渡すと、彼女はなにやら謎の“装置”にペットボトルを据え付けた・・・って何だそれ⁉︎何その装置‼︎
「何それ⁉︎」
思った事をつい言葉に出した。それくらい衝撃的なものが、緋之美の前に鎮座していたのだ。
ペットボトルを据え付けたその下には、キャンプファイアーよろしく小さく枝が組まれている。アレに火を付けるのか・・・?その上には下敷があった。枝を柱に下敷が斜めに備え付けられていて、その角度、位置、高さはパッと見ただけでも絶妙なバランスであることが分かった。
下敷の傾いてゆく先には、例のペットボトルの片割れがある。それの中身はは空っぽだ。
それを見て、俺はこの“装置”の機能というか、役割を理解した。
「煮沸消毒的な、アレ?」
「んー、ちょっと違うわね。」
緋之美曰く、これは蒸留装置なのだと言う。
この泥水を沸騰させて、その水蒸気を上にある下敷で受け止める。結露して水滴となった水は、自重で傾いた下敷に沿って滑って行き、空のペットボトルの片割れに溜まる、と言う寸法だ。沸騰し終わったペットボトルに残るのは泥とかの不純物のみで、それ捨て、また例の泥色の川から水を汲んでくれば良いという訳らしい。
なるほど、良く考えたものだ。というかよくぞ一人で出来たもんだな・・・と、感心していると緋之美が若干ジト目で俺を睨んだ。
「すぐ帰ってくる筈だから手伝ってもらおうと思ったんだけど、何処ぞの何某かさんはかなり遅いお帰りだったから一人でやったわ。」
「す、すんません・・・。」
「じゃあ、罰として火つけて。」
「へっ?」
にぱ!と美しく、且つ輝かしい笑顔で差し出された両手には、超重労働が控えていた。
当然、それを断る手段も理屈も無い俺は、「はい・・・。」と返事をするしか残された道はなかった。
▼
「おおおおおおおッ!」
「うるさいわよ。」
絶叫し、ただ己の体力が尽きるまで木の棒を“グリグリグリグリィーーー‼︎”と回す。かなりの時間回し続けている筈だが・・・全然火つかないな、これ⁉︎
「コツがいるのよ、コツが。」
俺の心情を察したか、はたまた全く火のつく気配ない俺を哀れんだが。まぁこの際何方でもいい事だ。
「コツがあるなら教えてくれょぉ!」
「だぁめ。アンタが一人でやるの。これくらい出来方分かってないと、この先が思いやられるわ〜〜。」
まるで何処ぞの母親の如く額に手を当て、ワザとらしく「はぁ〜」とかやって見せる緋之美。非常にむかつく。
しっかしコツったって・・・やり方知らないんだから出来ないぞ、コレ。
「ムズイぞ。」
「でしょう?頑張ってねー。」
ひらひらと手を振って、緋之美は洞窟から出て行く。俺は棒を回すのを止めず、「何処に行くんだ?」と尋ねる。
「川でも下ろうかなって。一応、すぐに戻るつもりよ。」
言って、俺の返事も聞かないままま出て行ってしまった。
「下るって・・・。」
確かに、川の近くに集落〜なんてのはあり得なくもないが、行き当たりばったりでいけるものじゃない気がするが・・・心配ではあるが、まぁ緋之美なら多分大丈夫だろう。
「それより火だ、火。」
再び腕に力を入れて、目一杯回す。
しかしなかなかどうして、火がつかない。というか煙すら出ない。コレを一人でやって火を付けた緋之美は凄いな・・・。
俺は、ハッとした。
「一人で、か・・・。」
思えば、ここに来てから面倒な事は殆ど緋之美にやって貰っている気がする。緋之美が言った“アンタが一人でやるの”と言うのは、つまり、“私にばっかやらせないでアンタもやれ”と言う事なんだろう。
そう思うと、面倒くさいという感情よりも、何というか、やらなきゃいけない使命感的な何らかが出てくる。
「よし、頑張るか・・・緋之美にばかり任せてちゃカッコつかねーからな。」
枝と格闘すること数分・・・いや数十分か?
煙が出始めた。
だんだん、コツが掴めてきた。力任せにやるんじゃ無くて、適当な力加減と角度が重要らしい。
煙の量が増えてきた・・・木の板には、幾らか燻っている灰がすでに小山をつくっている。俺は予め用意していた落ち葉の屑でそれを包み、息を吹きかける。
ーー、ーーー、・・・
うわっ煙凄っ‼︎うぇっへッ、ウォッヘッ!臭ぇ!涙出て来た・・・。
「ゲホッ、ゲホッ! そろそろか・・・?」
薄黄色い煙が顔を覆って激しく息苦しいが、もう少しのはずだ。俺は精一杯、息を吹きかける。
ふー、ふーー、ふーーーっ!
もくもく
フーーーーーーッ‼︎
もく・・・もく・・・
フゥゥゥウヴゥウヴゥウ‼︎
ーーーー、・・・・。
ふっ、 ーー、ふー・・・。
―――
煙は出なくなった。
俺は泣いた。
「ツェラアァアアァァアァアぁぁぁぁッッッ‼︎‼︎」
だがそんな事でめげる俺では無いわぁ‼︎
何度でもトライしてやるぁぁ!
グリグリグリグリィーーー‼︎角度と力加減に注意しながら、木の棒を回す。
もくもく、と煙が出てきた。さっきよりもずっと早いぞ、どうやらコツをモノにしてきたらしいぜ。
黒っぽい色の灰が小山を作り始める。
すでに煙は、いくらか燻っている。しかしコレだけでは、すぐに火種は消えるだろう。もう少し粘ってみる。
それなりに煙が多くなってきた。「今だ!」とばかりに落ち葉の屑でそれを包む。この辺りはもう慣れだ。それなりに早くなっていると思う。
そしてそれを、強過ぎず弱過ぎず、絶妙な勢いで息を吹きかける。
煙が出てきた・・・もう少し。次第に勢いを増してくる煙にむせながら、懸命に息を吹きかける。
「!」
ちらっ、と火の粉が見えた。よし、この調子でいけば・・・・!
「うぉ!」
まるで掌の上で火球が生まれた様に、瞬時に落ち葉の屑が火に包まれる。
驚いて落としそうになるが、慌てて、キャンプファイアー(ミニ)に火玉を投入した。
落ち葉や枯れ枝とかを加え、火が消えない様に粘っていると、遂に組まれていた枝に火がついた!
「よぉし!」
やったゾーーー!
火力で水入りペットボトルが溶けないか一瞬心配になったが、良く思い出してみれば、大丈夫だろう。何てったって、紙でしゃぶしゃぶやる国だからな、日本は。ペットボトルが溶けるより先に泥水が沸騰する筈だ。
「ただいまー・・・やっぱり何もなかったわ。―――お!完成したのね‼︎まさかこの短時間でできるとは思ってなかったから驚きだわ!」
素直な事はいいけどそういうのは本人の目の前で言うなよ!褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ!
「おう、おつかれー・・・。」
ぶっちゃけ結構疲れていたので、俺はそれについて突っ込まなかった。緋之美の方も、結構歩いてきた様だ。普通なように振舞っているが、肩で息をしている。
ま、無事で何よりだ。良かった。俺は思わず顔を綻ばせ、それに気づいた緋之美と目が合った。ちょっと気恥ずかしくなって緋之美から目を逸らしたが、視界の端で彼女もまた、少し微笑んでいるような気がした。
▼
「はい、完成!」
「水ってか、お湯だが・・・この際、贅沢は抜きだな。」
大体・・・そうだな、200mlくらいか。互いに一口ずつ飲んで、あとは取っておく。
一仕事した後の水は美味いな!特に何の労もせずに安全な水道水にありつける日本では実感できない、水の有難さというのが分かった気がする。
しかし・・・
水を飲む度に、モノを食う度にこんな風に火をつけてるんじゃあ・・・
「「面倒くさい。」」
そろそろ物語にラムジェットエンジンをつけて加速をですね…え?まだ時速2キロ?