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亡国の救助者  作者: 17式
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ep3-1.planA(2)

『異変』発生後約3時間経過 異世界X陸地 森林地帯


 生い茂る草木の中に身を潜めながらも、彼らは素早く辺りを警戒する。頭上の大木、日当たりの悪い岩陰――小さな異変1つとして見逃さないよう、彼らは銃口と共に視線を移ろわせる。

「……クリア」

 そして、その近辺に危険がないことを確認すると、地を這う蛇のように匍匐前進し、そこから少し離れた場所へと移動する。そしてまた同じようにして、息を殺しながら周囲を警戒していく。

 それらの動作を何度か繰り返した後、彼らはやがてある場所へと辿り着いた。そこには、つい先程まで彼らを乗せて空を飛んでいた機体があった。しかし、最早その原型は留めていない。炎を吹き上げながら無残にも壊れてゆくその姿を、彼らは目に焼き付けるようにしばらく眺めていた。

 その後、彼らはしばしの間その場に留まっていたが――やがて、これまでと同じように再び辺りを警戒していく。そして、「……クリア――オールクリア」という言葉が口から発せられた瞬間、張り詰めていた糸が切れたかのように、彼らは銃を下ろしたのだった。


「……とりあえず、この辺り一帯に敵の存在は確認できませんね。絶対に安全であるという保証はありませんが、一旦落ち着いて、現状を整理しましょう」

 火箱の言葉に、先崎も大きく頷いた。

「……そうだな。こいつがもう飛べなくなった以上、最悪の事態も想定する必要がある」

 破損し、空を飛ぶための翼を失った機体を見ながら、先崎も考えを巡らせていく。

「先程の不可解な現象……まるで意思を持っているかのように、俺たちのヘリに枝木や大岩が向かってきたこと。異世界であるが故に、この世界独特の自然現象であるという可能性も考えられなくもないが――」

「何者かによる攻撃と考えたほうが自然ですね。攻撃の目的が何なのかまではわかりませんが、普通に考えれば対領空侵犯措置でしょう。お出迎えが戦闘機でなく投石とは驚きましたが――と、驚きといえば、先崎1曹のヘリの腕もお見事でした。これが映画であれば、制御を失って墜落しているところでしたよ?」

「映画は派手な演出が要求されるからな。普通はテールローターが破損した程度じゃ、オートロ使ってどうにかなるもんだ。ヘリパイなら出来て当たり前のことだし、俺の腕前が特別良かったわけじゃない。それに、そもそも俺があの時滞空していなければ、ヘリは狙われずに済んだかも知れない」

「……過ぎたことを悔やんでも、仕方ありませんよ」

 声色に翳りが差した先崎を元気付けるかのように、火箱が優しく言葉をかける。彼女の表情は笑顔だった。その笑顔は、先崎が『たいよう』で見た笑顔と比べても、何ら遜色のないものだ。この状況でこの笑顔を見せることが出来る――それだけでも、彼女の強さを理解するには充分だろう。

「しかしそういえば――どうしてあの時、急にヘリを止めたんですか? 何か観測対象でも?」

「いや……遠くだったから、俺もよく見えなかったんだが……」

「はい」

「その……何というか、空飛ぶトカゲのようなものが見えた気がしてな」

「……それって、その、もしかしてですが、いわゆるドラゴンという生物では――」

 直後。太陽の光が遮られ、辺りが一瞬だけ巨大な影に覆われる。

 そして――その影の主である『それ』は凄まじい速度で先崎たちの頭上を通過すると、2人の居る場所からやや離れた上空で、翼をはためかせながら移動を止めた。

「「……………………」」

 声にならない驚嘆。

 2人が最初に感じたのは、現実離れした違和感だった。

 巨大な体躯に雄大な翼。赤褐色に輝く頑丈そうな鱗。

 鋭い牙を覗かせている口元からは、時折火が吹き上がっている。

 他の生物とは比べ物にならない威圧感。災厄の象徴たる、異様な威容。

「あれが……」

「流石に、迫力がありますね」

 4つの太陽を初めて目撃した時のように、呆気にとられた顔でドラゴンを眺める先崎と火箱。しかし次の瞬間、2人の表情に緊張が走った。

「なっ……!」

 上空を飛翔していたドラゴンが突如としてその口を開き、地上に対して炎を吐き始めたのだ。吐き上げられた火炎により、辺りの草木は次々に灰燼と化していく。その炎の勢いは衰えるところを知らず、まるで燎原の火の如くであった。

「くそっ!」

 先崎は事態が急変したことを即座に受け止め、隣に立つ火箱を見やる。

「このままここにいるのは危険だ、どこか身を守れるところに避難するぞ。――走れるか?」

「走れそうにありませんとお答えすれば、背負い搬送でもして頂けますか?」

 非常事態を前にし、尚も軽口を叩く余裕を見せる火箱に対して、先崎は心配が杞憂であったことを理解した。目の前にいる女性は只のWACではない。陸自総勢16万人の中から選び抜かれし精鋭中の精鋭、特殊作戦群の一員なのだ。

「軽口を叩く余裕があるなら、大丈夫そうだな」

「当然です。これでも特戦群の一員ですよ? そこらのWACと一緒にされても困ります」

 挑発的な笑みを見せる火箱に対し、先崎は思わず苦笑を零す。

「頼もしいな。……よし、行くぞ!」

 先崎の合図に合わせて、2人は素早く走り始めた。その動きは実に俊敏であり、重さ約3.5kgの89式小銃に加え、各種装備を携行している者の動きとはとても思えない。

「それで、どこか避難できそうな場所に心当たりはあるのですか!?」

 森林地帯独特の悪路を駆け抜けながら、火箱は先崎に問い質した。走りながらの会話であるため、自然と声量は大きくなる。

「あの炎から身を守るには、水辺か地下に身を隠すか、周囲に可燃物のない開けた場所に避難するしかない! だが、ちんたら掩体を構築するわけにもいかん! さっき上空から見た限りでは、この近くに湖があったはずだ! 川沿いに進んで、まずはその湖を目指すぞ!」

「了解!」

 2人は徐々に息を荒げながらも、速度を緩めることなく走っていく。

「ふうっ……ハイポートを、はあっ、思い出すなっ!」

「そうですねっ……はあっ、重たい背嚢がないだけ、まだ楽ですがっ!」

「後ろには、教官どころじゃないヤバい奴がいるけどな!」

 すると、2人の会話に呼応したかのように、空気を揺らすような衝撃音が、ドラゴンの雄叫びと共に響き渡ってきた。

「何だ、今度は一体何を……!?」

 休むことなく走りつつ、器用に視線を後方へと向けた先崎が見たものは、信じられない光景だった。

「おいおい……っ!?」

 そこには、燃え盛る大地に更に追い打ちをかけるかのように、ドラゴンが口から大きな岩を吐き出していた。その光景は、まさしく火山の噴火を想起させる。荒れ狂うドラゴンの姿を――その余りにも強大な力を改めて目にした先崎の危機感は、既に頂点に達していた。

(あんなのをまともに喰らえば――いや、まともに喰らわなくとも五体満足でいられるかどうか……! 火山弾みたいなものだ、威力で言えば特科の榴弾砲にも匹敵するだろう。そんな代物、戦車の装甲でもなければ防ぎきれんぞ!)

 実際には、戦車の装甲でも防げるかどうかは疑問である。

 戦車はその運用目的上、上部装甲は正面装甲に比べるとどうしても防護力で劣る。増加装甲でも付与すれば幾分性能を引き上げることは可能だろうが、それでも戦車の弱点であることに変わりはない。

 それにそもそも、残念ながら戦車はこの世界には共に来ていないのだ。戦車どころか、FVやWAPCすら『たいよう』には載っていない。積載している装甲車輌は軽装甲のLAVだけである。

「はあっ、先崎1曹、どうされますか!?」

「仕方ない! どこか、別の場所を――!」

 丁度その時、先崎の視界に小さな洞窟のようなものが見えた。

「あれだ! あの洞窟に身を隠すぞ!」

 先崎の指示で火箱も洞窟の存在を視認したのか、「了解!」と短い言葉を返して彼の後に続く。2人は渾身の力を振り絞り、視界に捉えている洞窟へと走っていく。そして、洞窟の入口まで後少しのところまで近付いた、その時だった。

「……っ! 先崎1曹!」

 彼の後を走っている火箱が、何かに気付いたようだった。彼女の声色から何かが起こったことを察した先崎は、足を止め、呼吸を整えながら、火箱の先へと視線を向ける。

 そこには、1人の少女が地面に倒れ伏していた。意識を失っているのか、辺りに響く衝撃音にも反応している様子はない。

「――――ッ!」

 先崎は咄嗟にドラゴンへと視線を移す。見れば、その姿は先程よりも随分小さくなっていた。2人がドラゴンから逃げるように距離を取っていたこともあるだろうが、ドラゴン自身も別の方向へと移動しているのだろう。それが偶然にも、2人の逃走経路とは逆方向だったのだ。

 もしこのまま少女を放置していれば、やがては炎に包まれて焼け焦げてしまうだろう。あるいは、岩石の直撃を受けて肉塊すら残らない最期を迎えることになるかも知れない。

 少女を助けるならば、ドラゴンが離れている今こそ絶好の機会だ。先崎の決断は早かった。

「……火箱2曹、救助に向かうぞ!」

「待って下さい!」

 だが、救助に向かおうとした先崎を、火箱の声が制止した。

「お気持ちはわかりますが、少し冷静になりましょう。ここはガスも想定して動くべきです!」

 その言葉に先崎はハッとした。彼女は意識を失っている少女を見て、外部要因による影響の可能性を瞬時に考えていたのだ。そこまで頭を巡らせることができなかった先崎は、強く自分を戒めた。

 救助活動を行う際に救助者が第一に優先しなければならないことは、自身の身の安全の確保である。目の前の事態に没頭するあまり、救助者が二次災害に巻き込まれるわけにはいかない。

「……済まない」

「いえ、お気になさらず。この距離で異臭なども感じませんので、おそらくは大丈夫だと思いますが……しかし用心に越したことはありません」

 火箱は素早く携行ポーチから包帯と止血帯を取り出すと、即席のガスマスクを作り上げた。応急的なものであるため防護効果は限定的であるが、それでもないよりはマシである。特にこういう類のものは、実際の効果はそれほど重要視されない。幾分不安を和らげることができるという心理的効果こそ、最も大切であるからだ。

 彼女は作り上げたそれを先崎に渡すと、代わりに彼の分を用いて自分の分も作り上げる。

「先に私が向かいます。異常がなければサインを送るので、先崎1曹はその後に」

「あ、ああ」

 機先を制された先崎だったが、すぐに気持ちを切り替えていく。後悔や反省は、救助を終え、安全を確保してからでもたっぷりすればいい。

 先に少女に駆け寄った火箱は、少女の体勢を整えた後、バイタルチェックを行っていた。その後、「異常なし」のサインに続けて、「バイタル正常」のサインが先崎に送られる。すぐさま先崎も駆け付けた。

「おそらく、気を失っているだけかと思われます。こちらの人間のバイタル正常値はわかりませんが、地球での基準に照らし合わせれば命に別条はありません」

「わかった。距離は短いが、念のため2人吊り上げ搬送でいこう。火箱2曹は下肢を支えてくれ」

 了解――という火箱の言葉は、雄叫びによって掻き消された。

「嘘だろ……!?」

 いつの間にか、ドラゴンは自分たちの上空にまで迫ってきていた。

 気付かなかったわけではない。間違いなく、ドラゴンは先程まで2人より離れた場所にいた。しかしドラゴンは、決して短くないその距離を、一瞬のうちに移動したのだ。

 そのまま思うままに大空を舞っていたドラゴンだったが、視界に何かを捉えたのか――ドラゴンは獰猛な牙を覗かせながら、再び口元から岩石を吐き出し始めた。大きさにはばらつきがあり、先程より小さいものも存在したが、それでも生身の人間に直撃すれば致命傷になることは確実だ。

 更に、先崎たちに追い打ちをかけるかのように――吐き出された巨岩の1つが、洞窟の入口を完全に塞いでしまう。

 余りにも絶望的な状況。

 最早、ここまでなのかと思われた。

「くっそおおおおぉぉおおおぉぉっ!」

 それでも――彼らはまだ生き残ることを諦めてはいなかった。戦うことを諦めてはいなかった。

先崎は少女を抱きかかえながら近くの茂みに転がり込むと、少女に覆い被さるようにして地に伏せる。火箱も同様に匍匐の姿勢を取っていた。その瞳には、まだ希望の灯火が失われていない。

 だが、ドラゴンの攻撃は容赦なく続いていく。そのあまりに苛烈な対地攻撃は、あのA-10に勝るとも劣らないだろう。響き渡る破壊音のせいか、気付けば少女も目を覚ましていた。

「Chi sei tu!? I cosa - ho questo è ciò che il suono inferno!?」

「落ち着け! 混乱するのも無理はないが、そのまま口を開いて地面に伏せてろッ!」

「Sono una Did you mean Dragon - questo grido!? ...... Se non sfugge presto! Non voglio, se ho Doi Andiamo!」

「言葉が通じないのか!? ちいっ、頼むから大人しくしていてくれ!」

 先崎は半ば強引に少女の口を開かせると、暴れる少女を体重で押さえながら、必死に活路を見出そうとしていた。隣で同じように伏せている火箱も、決して諦めてはいないようだ。

 しかし――残念ながら目前の悪夢は、慈悲の心など持ち合わせていない。獲物を見失ったことに業を煮やしたのか、ドラゴンは再び辺りを焼き尽くすため、爆炎を吹き上げようとする。

ドラゴンが大きく口を開くと、口内には既に黒煙が燻っていた。

 そして、次の瞬間――


 ファロゥが意識を取り戻した時、彼女は最初、状況を全く理解することができなかった。

 彼女が覚えている最後の記憶の断片からは、伝説に残る火龍を目にした瞬間、余りの恐怖に気を失ってしまったことしかわからない(実際には一度に魔力を消費しすぎたせいで、体力を消耗した結果意識を失ったのであるが、彼女はそれを恐怖感によるものと思い込んでいた)。

 そして気が付けば、自分は何者かに押さえ込まれているではないか。

 ファロゥは咄嗟に体を動かそうとしたが、押さえつけられている力の方が強く、体の自由は奪われたままであった。

「あなたは誰!? 私に何を――ってこれは一体何の音!?」

「Chill out! Mirindaĵo ne konfuzigxu, sed surventre sur la tero kiel ĝi estas malfermi la buŝon Teluk!」

 五感が少しずつクリアになるにつれて、周囲に響き渡る轟音が、彼女の注意を奪い取った。

 そして、耳を劈くような雄叫びに本能的な恐怖を覚えた時、ようやくファロゥはその叫び声の主と、破壊音の正体に気が付いた。

「この叫び声――もしかしてドラゴンなの!? ……早く逃げなきゃ! いやだ、お願いだからどいてってば!」

「Vortoj kiuj ne komprenas! ? Chii ', mi estis trankvila ĉar demandi!」

 命の危険を感じ取ったファロゥは必死の表情で藻掻き続けるが、自身を押さえ込む人物はその声に耳を傾ける様子もなく、更に拘束する力を強めながら、何と口の中にまで手を伸ばしてきた。

 ファロゥは必死に藻掻き続けるが、抵抗虚しく抜け出すことは叶わない。

 そしてそんな状況になっていることは、ドラゴンにとって知る由もなく――獲物を見失ったことに業を煮やしたのか、ドラゴンは再び辺りを焼き尽くすため、爆炎を吹き上げようとする。

 ドラゴンが大きく口を開くと、口内は既に黒煙が燻っていた。

 そして、次の瞬間――ファロゥが耳にしたのは、大きな爆発音だった。

 彼女の意識は、そこで途切れた。


 既存エピソードの分割作業は、近日中に終了する予定です。分割作業のため一時的に更新回数が増え、ご迷惑をお掛けするかも知れませんが、何卒よろしくお願い致します。

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