ep3-1.planA(1)
更新までに間が空いてしまいました……大変申し訳ありません(-_-;)
『異変』発生後約1時間半経過 異世界洋上 救難艦『たいよう』艦内 第1多目的会議室
「……お前たちは、先に戻って情報の伝達をしておけ。それと、高品には話があるから、お前は再度報告に戻ってこい」
「はっ! 了解しました!」
高品は了解の意を示し、すぐさま室内を後にする。他の隊員たちも同様に、次々と自分の持ち場へと戻っていく。
(このタイミングでこの命令――連隊長は人払いをさせたかったんだろうが)
高品はそこまで考えるも、それ以上の思考は巡らせない。上官である冨澤が自分たちに聞かせることができない内容だと判断した以上、自分たちはその命令に従うまでだ。
上官の命令は絶対。自衛隊では基本中の基本である。
(まあ、陸と海の暫定的なトップが言葉を交わすんだ……俺たちが勝手に立ち入っていい話でもないだろう)
そんなことを考えながら、高品は艦内を早足で移動していく。
向かう先は第3格納庫。そこでは、彼も所属している補給隊の隊員たちが、代表として会議に出席した高品の帰りを待ち侘びていた。
(まだみんな混乱しているだろうし、不安を隠し切れない奴だっているだろう。早く戻って、まずは会議の内容を伝えないとな……それに、連隊長にも戻って来いって命令されてるし)
高品は先を急ぐことにした。艦内は未だ混乱しており、事態の収拾に慌ただしく駆け回っている隊員たちの合間を縫うようにして、それほど広くもない廊下を進んでいく。しかし、医務室の前を通り過ぎようとしたところで、彼の歩みは不意に止まる。彼の視線は、前方からこちらに向かって近付いてきている、1人のWACに注がれていた。
「衣笠か……どうした? 補給隊は第3格納庫で部隊待機命令が出ていただろ?」
「衛生隊から、応急処置に必要な救急キットを配布するという連絡を受けましたので、私が受け取りにいくことになったんです。何か問題でも?」
衣笠と呼ばれた隊員は、やや強い口調で言葉を返した。衣笠の階級は現在3等陸曹であるため、1等陸曹である高品よりも階級は低いのだが、彼女の口振りからは、そんなことはお構いなしといった風である。
「いや、理由があるなら問題ない。それに丁度良かった。俺も格納庫まで行く手間が省けたしな」
「手間が省けたとは?」
「会議の内容を伝達した後、また連隊長のところに戻らないといけないから、急いでたんだ。だから、俺の代わりに会議の内容を、他の隊員たちにも伝えてやってくれないか?」
「……そういうことでしたら、仕方ありませんね。了解しました」
不本意そうな表情を作りながらも、衣笠は高品の頼みを引き受けることにした。高品の言葉はあくまで命令口調ではなかったものの、やはり部下としては、上官の頼みを無下に断るわけにもいかない。部隊全体に関係する内容ともなれば尚更だ。公私混同は許されない。
「それで、会議の内容の方は?」
衣笠の問いに、高品は落ち着いた口調で答えた。
「うちの連隊長と『たいよう』艦長の公式見解では、異世界に遭難したんじゃないかって話になってる。とりあえず2~3日は状況の整理も兼ねて様子見だな。その後はヘリを飛ばして周辺海域から調査していくらしい」
「……なるほど。やはり、ここは日本ではなかったということですね」
衝撃的な内容の発言にも、衣笠は冷静さを崩すことがなかった。最も、ここが日本どころか地球ですらないのではないかという考え自体は、会議が始まる以前から艦内のあちこちで噂されていたことではある。何しろ、異常な現象が誰の目にも明らかな形で存在しているのだから。
「後は……そうだな。今後の行動方針は演習参加組織の各代表による会議によって決定していくらしいが、警察の奴が、やけに俺たちに敵対的だったんだよな。連隊長からも、あまり事を荒立てないように言われてる。警官と接する際は気を付けてくれ、と」
(敵対的といえば――何故かよくわからんが、衣笠の奴も俺に対して当たりが強いんだよなぁ……何も恨まれるようなことをした覚えはないんだが)
愛想よく振る舞っていれば可愛気があるんだがな、とは口には出さない。もし口に出してしまえば、ますます風当たりが強くなるのは必至だろう。高品もそれぐらいは理解している。
「伝達内容は以上ですか?」
「大雑把な内容としてはそうだな。まあ、詳細はまた後で話す。呼び止めて悪かったな」
「いえ、では私は医務室の方に」
そう短く告げて、衣笠は高品の横を足早に通り過ぎていった。
高品もまた、歩いてきた通路を戻って、再び第1多目的会議室へと向かっていく。
(しかし、連隊長に呼び出されたのが俺だけっていうのも妙だな……何かやらかしたか? いや、そんなはずは……)
様々な思考を巡らせながらも、やがて、高品は第1多目的会議室へと辿り着いた。途中で衣笠と遭遇したおかげもあって、予想以上に早く戻ってくることができたようだ。
見れば、会議室の扉は閉ざされたままである。室内の様子は窺えないが、おそらくまだ2人で話を続けている最中なのだろう。高品は入室するために、ノックをしようと部屋の扉に近付いた――その時だった。
「そんなことが本気で許されるとでも思っているのか!?」
突如、室内から響いてきた怒声に、高品の伸ばしていた手も僅かに震えた。
(い、今のは連隊長の声……だよな? いや、間違いない、連隊長だ。しかもこの声、本気で怒ってる時の声だぞ……!)
入室するタイミングを失ってしまった高品は、扉の前で棒立ちになりながらも、心中では必死に頭を働かせて状況の把握に努めようとしていた。
(連隊長と『たいよう』艦長の仲が悪いって噂は、演習に参加することが決まった頃から取り沙汰されてはいたが……)
高品と先崎がそうであったように、実は、河野と冨澤も同期の間柄である。しかし、一般曹候補生の枠で入隊した高品たちとは違い、河野と冨澤の両名は防衛大学校卒のエリートだった。彼らは在学中、それぞれ学生隊の大隊長まで務めていたが(河野が第2大隊、冨澤が第4大隊)、在学中に起きた『ある事件』をきっかけとして、互いにライバル視し合う関係になっていたのである。
(とりあえず、今入室するのは自殺行為だな。間違いない)
室内の険悪な雰囲気を感じ取った高品は、瞬時にそう判断を下した。途中、衣笠と遭遇したおかげで時間に余裕はある。もう少し様子を見てから――具体的には、連隊長の怒気が収まってから入室しよう。高品はそう考えていた。
しかし、残念ながら大体の物事においては、思惑通りに進まない場合が大半である。
「……さっさと入ってこい、高品」
「――――!!」
気配で勘付かれたのか、足音が思ったよりも大きかったのか――今となっては何の意味もない思考が頭の中を巡りながらも、高品はほとんど条件反射のように会議室の扉を開けていた。
上官から部屋に入れと促されて入らない訳にはいかない。兎にも角にも、自衛隊では上官が絶対的な存在なのだ。
「失礼します!」
高品が入室すると、そこには異様な雰囲気でこちらを見据える2人の姿があった。
「高品――お前、どこまで話を聞いていた?」
「い、いえ! 自分は只今到着したばかりです!」
高品は一瞬で状況を理解した。自分は今、あらぬ嫌疑を掛けられているのだ。
おそらく、先程まで陸海のトップ同士による機密級の会話がなされていたのだろう。それを盗み聞きしていたのではないかと疑われているに違いない。
「本当か? 一言一句、何も聞いていないと?」
「いえ、その……到着してすぐ入室しようとしたのですが、丁度その時に連隊長の怒声が聞こえてきまして。それで、少し間を空けて入室しようかと」
高品は正直に事実だけを述べる。こういう時に余計なことは言わない方がいい。小さな嘘1回であっても、後々とんでもない事態に発展しかねないリスクを彼は知っていた。ここでもし舵取りを間違えれば――焦燥感に駆られた不安は、そのまま無意識に彼の体を震わせてゆく。
そんな高品を見かねたのか、河野は取りなすように助け舟を出した。
「まあ、そう怒るな。この部屋も防音性は備えているし、基本的に小声で会話していたから、外に漏れ聞こえる心配はないだろう。君の怒声は別だったようだがね」
ニヤリと笑いながら、河野は言葉を続ける。
「それに、尋問は後からでもゆっくりできる。それよりも、先に確認しておくべきことがあるんだろう?」
「……そうだな。高品、お前、この艦に乗っている航空科の連中に知り合いはいるか? ――西部方面航空隊を除いて、だ」
「……?」
冨澤の唐突な話題転換に困惑しながらも、その問いを受けて高品の脳裏に浮かんだのは、つい先程言葉を交わしたばかりの親友の姿だった。
「お前、俺が会議で発言した時、一瞬何か意外そうな表情をしただろう?」
――『現状に対する認識及び今後の行動方針に関しては、海自の方と意見を一致させております。ただ――現在『たいよう』に乗艦している陸自の航空科部隊は、西部方面航空隊のみです。ヘリは観測用のOH-6Dなので調査任務には最適かと思われますが、操縦士は訓練の一環で先行していた海保の巡視船『さつま』に乗船していたため、残念ながら、我々もヘリを飛ばすことはできない状況です。――以上で報告を終わります』
高品の親友もまた、航空科の隊員だ。
彼の所属する駐屯地の名は高遊原分屯地。そこには確かに、西部方面航空隊が駐屯している。
だがしかし、西部方面航空隊は彼の所属部隊ではない。
彼――高品の親友である先崎が所属する部隊は、第8師団隷下の第8飛行隊。
統合防災演習に、参加していないはずの部隊。
「何か心当たりはあるか」
「……はっ! 第8飛行隊所属の先崎1曹を、先程艦内で見かけました」
「…………」
その言葉を聞いた冨澤は、唸るように押し黙った。隣に立つ河野は、「これで信用してくれたか?」と言って、押し黙る冨澤に顔を向ける。
「その、先崎1曹の愛機は何か知っているか」
再び口を開いた冨澤に、高品は困惑を強めながらも答えを返した。
「機種転換などをしていなければ、OH-6Dです」
「OH-6Dなら艦内に残っている。しかも1機は格納庫内で、『異変』の影響は極めて少ない。福地1尉からも、そのパイロットに異常は見られない報告を受けているし――これで決まりでいいんじゃないか?」
「待て、考えが性急過ぎる! 我々には何も判断する情報が無いんだぞ!?」
「だから、その情報を収集するために偵察するんだろう?」
「しかし――それにしてもだ! もしかしたら未確認国家の領空を侵犯することになるかも知れん! どこの空軍も日本のように優しい訳じゃないんだ、下手をすれば対領空侵犯措置で撃墜されるか――」
「それを言えば、我々は既に領海侵犯をしている状況にあるかも知れないだろう。監視衛星に捉えられている可能性だってある。要するに、我々が何をしようとリスクは発生するし、何をしなくてもリスクは発生するんだ」
(――え、えーと……)
目の前で繰り広げられる論戦に、高品は半ば状況の理解を放棄していた。話の内容がまるで見えないが、見えたら見えたでより面倒なことになりそうな気もするからだ。それにどのみち、自分の今後は目の前の幹部2人に決定されるのである。気分は俎上の鯉、煮るなり焼くなり好きにしろ、といった感じであった。
「何、流石に私も強制的に命令しようとは思っていない。内容が内容だ。本人の意向はしっかりと尊重することを約束しよう」
「だがな……」
未だ結論に達していない様子の中、ふと河野は冨澤に背を向けると、高品に向かって言葉を紡いできた。
「ええと……高品1曹だったか。君の知り合いのパイロットは、どのような人物か教えて貰えるかな?」
その質問に、高品は咄嗟に考えを述べた。
「はっ。少々固い性格ではありますが、正義感に強く、訓練にも常に真剣に取り組み、優秀な技能を持ち合わせています。また、どんな困難においても、それに打ち克つことのできる心を備えています。自分が知る限り、最も自衛官たる自衛官の1人です」
期待していた答えだとばかりに、河野は大きく頷いた。
「どんな困難においても、それに打ち克つことのできる心、か……」
「はい」
「例えばもし――彼のヘリが墜落するような危険な状況に陥れば? そしてそれが、我々が救助に向かうこともできない状況だとすれば?」
高品も、事ここに至ってようやく事態を飲み込み始めた。
そして、投げかけられた河野の問いに対して、高品は胸を張り、即座に言葉を返す。
「先崎1曹は、どんな状況においても臨機応変に対応し、与えられた任務を完遂することと――そして、無事生還することと、自分は……自分は、信じております!」
ep1つあたりの文量が多くなってきましたので、今後は小分けにして投稿する方式に変えようと思っています。そのため、投稿済みのepも読みやすいよう順次分割していきます。分割作業のため一時的に更新回数が増え、ご迷惑をお掛けするかも知れませんが、何卒よろしくお願い致します。