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亡国の救助者  作者: 17式
2/5

ep1.太陽の世界

 『謎の閃光』発生直後 救難艦『たいよう』甲板


「くっ……」

 徐々にではあるが、視界が回復してきた先崎は、状況の把握に焦っていた。

 一体、何が起きた? 確か、雲仙普賢岳が噴火して、緊急地震速報が発表されて――そして、謎の発光体が徐々に大きくなっていったかと思えば、次の瞬間、閃光手榴弾のように眩い光が辺りを包み込んだことまでは覚えている。

「……そうだ、火箱は!? 火箱2曹、大丈夫か!?」

「落ち着いて下さい、先崎1曹。私は大丈夫です」

 隣を見ると、まだ両目を押さえながらも、火箱が右手で「問題ない」のハンドサインを示していた。

「咄嗟に目を瞑ることができたので、閃光から身を守ることはできましたが……今のは一体」

「俺も、どうにも嫌な予感がしたんだ。瞬時に目を閉じて、腕で覆い隠していたから助かったが……」

 辺りを見渡せば、難を逃れることができなかった隊員たちが、一様に険しい表情を浮かべていた。最も、今の現象から身を守れという方が困難ではある。何しろ一瞬の出来事であったし、先崎も謎の発光体を見つけていなければ完全に油断していた。

 そう考えると、発光体の存在に気付いていないながらも、本能的に自己防御を図って難を逃れた火箱は、特殊作戦群の一員として恥じない資質を持っていると言えるだろう。

「艦内は無事だと良いが……。ひとまず、上と衛生科に報告して、救護体制を――ん? どうした、火箱2曹」

 隣を見ると、火箱が呆けたような表情で空を見上げていた。

 その後、我に返ったかのように神妙な表情を浮かべると、唐突に言葉を切り出してきた。

「先崎1曹。少し空を見上げて頂けませんか」

「空を? 構わないが、一体どうし――」

 どうした、という言葉は最後まで紡ぐことができなかった。

 先程の火箱と同様に、先崎も口を開けて言葉を失っていた。

「先崎1曹、感想をどうぞ」

 火箱の言葉に意識を取り戻した先崎は、自分が見ているものを正直に口にした。

「俺の目か、あるいは頭が先程の光でやられていなければ――太陽が、複数あるように見えるな」

「ご安心を。私にも複数確認できます。まあ、直視を避けたとはいえ、先程の閃光の影響で、2人共に幻覚を見ている可能性も考えられますが……」

 2人の視線の先には、煌々と輝きを放ち続ける太陽の姿が。

 1つ、2つ、3つ――4つ。

「……とりあえず、早急に上と衛生科に報告をしよう」

「私が無線で報告します。先崎1曹は負傷者の救護を」

「ああ、よろしく頼む」

 報告を火箱に任せて、先崎は隊員たちに駆け寄っていった。視界が遮られている者たちを誘導して、1ヶ所の物陰に集めていく。まだ苦しそうに両目を押さえている隊員も存在したが、概ね視力を回復しつつあるようであった。

 どうやら先程の閃光は、視力を奪う程度のものでは無かったらしい。閃光手榴弾並ではないかと思っていた先崎だったが、それならそれで構わない。最悪の事態は回避できたのだから。

「先崎1曹、報告終わりました。すぐに衛生科が駆け付けるそうです」

 報告を受けて、先崎も状況を伝達した。

「了解。こっちも一通り見て回ったが、隊員たちも徐々に回復しつつある。楽観はできないが、現状俺たちにできることはない。後は衛生科に引き継ぐしかないだろう」

「了解しました」

 火箱はそう言って、再び周囲を確認した。先程まで空を覆っていたはずの雲は跡形もなく無くなっており、青空には変わらず太陽が4つ見える。遠くに目を凝らしても、噴火の黒煙も雲仙普賢岳の姿もなく、ただただ大海原が広がっていた。

「先崎1曹。これから――どうなると思われますか」

「そうだな。最悪、俺とお前も衛生科の連中の世話になるだろうな」

 先崎の返答に、火箱は苦笑いした。それもそうだ。太陽が4つも見えるなどと報告すれば、普通であれば眼科か脳外科、あるいは精神科の医官を紹介されるところである。

「艦内にいた無事な方々にも、太陽が4つ見えていることを祈るしかありませんね」

「全くだ」

「では、先崎1曹。これから――どうしましょうか」

 先程とはやや意味の異なる火箱の問いに、先崎は「そうだな……」としばし考えこんだ。そして、何か答えが思い浮かんだのか、彼にしては珍しく、表情に笑みを浮かべて火箱の方に顔を向ける。

 その表情の意図を察した火箱は、やはり表情に笑みを浮かべて、「どうやら、先崎1曹も私と同じ意見のようですね」と呟いた。

「ああ。とりあえず――」

「ええ、とりあえず――」

「「一服してから考えよう」」




 『謎の閃光』発生後約1時間経過 救難艦『たいよう』艦内 第1多目的会議室


 RIC(救難指揮所)と同等の通信設備を備えているこの部屋では、現在『たいよう』に乗艦している各組織の代表が一堂に会していた。

「さて、各々方にお集まり頂いたのは他でもありません。現在我々が置かれている状況の確認と今後の行動を決定していくためには、関係各位の協力と意思疎通が不可欠です。そのために、情報の共有及び忌憚なく意見を述べ合う場として、この臨時会議を設けさせて頂きました」

 丁寧な言葉遣いでありながらも、威厳のある声が室内に響き渡る。

「私は『たいよう』艦長の河野と言います。階級は1佐で、この艦の最高責任者を務めています。会議を開くに当たって、現在は指揮の一部を副艦長の夏川2佐に任せていますが、艦の運用に支障はありませんのでご安心下さい」

 河野はそう述べて、会議の口火を切った。

「さて、早速本題に入っていきたいと思いますが、まずは――我々が一丸となって事に臨むためにも、指揮系統を明確にしておく必要があるでしょう。つきましては、暫定的にではありますが、私が全体の総指揮を努めさせて頂くということでよろしいでしょうか」

「…………!」

 河野の提案に対して、僅かに表情を強張らせた男がいた。

「失礼、福岡県警の片桐です。河野1佐が総指揮を執ることに関して反対という訳ではありませんが、懸念が1つ考えられます」

 会議の冒頭から入った思わぬ横槍に、しかし河野は泰然として対応した。

「その懸念とは?」

「統合防災演習に参加していた各組織の中で、最も人数が多いのは自衛隊です。我々の今後の行動方針が、民主主義の原則に則り多数の意見に従うとなれば、自衛隊の意見が優先されてしまう。

 また、現時点では『たいよう』によって最低限の衣食住は保障されていますが、その『たいよう』を運用しているのも貴方がた自衛隊です。

 ……失礼を承知で申し上げますが、我々の命綱は貴方がたに握られているといっても過言ではない」

 片桐の言葉に筋は通っていた。現状、『たいよう』に乗艦している人間全ての命運は、自衛隊の行動1つに大きく左右されることになる。

 もしも圧倒的なマンパワーと生活保障を盾に選択を迫られては、それ以外の組織は黙って従うしか方法はないのだ。

「なるほど。貴方の懸念も最もです。では、議決は国連の方式に倣ってはどうでしょうか?」

 片桐の言葉を受けて、河野は1つの解決案を提示する。

「議題の議決に関しては、各組織の代表がその組織内の意見を代表して、1票の権利を持つこととします。組織の数は海自、陸自、警察、消防、DMATの計5つなので、可否同数になることもない。いかがでしょう?」

「……ちょっと待って下さい。同じ自衛隊なのに、なぜ陸海でわかれているんですか?」

「はっはっは! ……まあ、同じ自衛隊ではありますが、残念ながら陸海空で一枚岩とは、正直に言ってそうではないのですよ。互いの意見が合わない事だって多々あります。特に、陸と海空では、ね」

 河野の意味深な発言に、片桐たち警察組織の隣に位置している陸自の代表も、意味ありげな笑みを浮かべた。

「……まあ、最近は南西シフトの一環で、以前よりも相互連携は深まっているのでは?」

「はっはっは。そうですな。うん、軽口はこれぐらいにしておこうか」

 陸と海。それぞれの部隊を率いる指揮官のやり取りに気勢を削がれた片桐だったが、気を取り直して尚も食い下がった。

「……議決を国連に倣うのならば、当然拒否権も認められるということでよろしいですね?」

「いいでしょう。では、各組織は1票の権利を持つと同時に、拒否権も保有することとします。そして、5つの組織のうち、どれか1つの組織でも反対を示せば、それは否決とする――これでどうでしょうか」

「わかりました。その条件で異論ありません。――会議の腰を折って失礼致しました」

 室内に流れ始めた微妙な空気を感じ取ったのか、片桐は謝罪の言葉で自身の発言を締めた。

「構いませんよ。最初に申し上げたではないですか、この場は忌憚のない意見を述べ合うために設けたと。他の組織の方からも、何か意見はございませんか?」

 河野はそう言って室内を一瞥したが、現時点で片桐の他に意見のある者はいないようだ。

「――他に意見はありませんでしたので、会議の本題に入るとしましょう。まずは、各組織代表の自己紹介も兼ねて、現状に対する認識と今後の行動に関する意見の提案をお願いします。最初に、我々海自から報告致します」

 河野は一呼吸を置いて、言葉を続けた。

「今から約1時間前、九州橘湾上にて雲仙普賢岳の噴火を確認すると同時に、気象庁から緊急地震速報を受信しました。直後に佐世保地方総監部より通信。しかし、通信の途上で謎の閃光……暫定呼称『異変』が発生――」

 淡々と報告を続ける河野に対して、各組織の代表も無言でもって言葉の続きを促している。

「『異変』発生後、佐世保地方総監部との通信は途絶。それ以外にも、様々な連絡手段を継続して試みていますが、本艦の通信に対する応答はゼロです。また、レーダーを始めとする機器が動作不良を起こしており、周辺海域の正確な情報は不明となっております。

 そして最後に、甲板からの報告を皮切りに、各所から届いた1つの報告。その内容はとても信じ難いものでしたが、私もこの目で確認しております。確かに報告にあった通り、空には太陽が4つ、確認されました。……まあ、あれが本当に太陽なのかどうかは、私は科学者ではないのでわかりませんが――以上の状況から鑑みるに、我々は現在、少なくとも地球上ではないどこかの世界――異世界にいるのではないかという推論に至りました」

「「「――――!」」」

 各組織の代表は薄々その答えを予測していたものの――改めて現実を突き付けられると、やはり動揺は隠せなかった。

「ここが異世界だと仮定して――目下の懸念は、我々の生存が脅かされる事態に遭遇することです。今後、満足いく補給を行うことができる確率は極めて低い。

 ……幸い、この『たいよう』には一定の備蓄及び自己完結能力がありますが、補給が無ければ、いつかは終わりが訪れることになる。現在、この『たいよう』艦内にどれだけの人数が取り残されているのか、正確な数字はまだ把握できていませんが、暫定的に我々が出した試算では、無補給で1ヶ月というところでしょう」

 もって1ヶ月。

 具体的に提示されたその数値に、室内の動揺は更に強いものとなった。

「はっきりと申し上げて、現況は極めて困難な状況にあります。この状況を打破するためには、まずは、何よりもこの世界の情報収集が欠かせません。よって我々海自は、今後の行動として、ヘリコプターによる周辺海域の調査を提案します」

 河野の発言後、彼の隣に控えていた1人の女性が言葉を繋いだ。

「『たいよう』衛生長の福地1尉です。補足ですが、『異変』に伴う負傷者の容態について報告します。現時点では負傷者全員が快方に向かっていますが――ヘリのパイロット及び整備員などの多くがこの負傷者の中に含まれており、現在艦載ヘリの即応体制は取れておりません。今後の負傷者の経過にもよりますが、周辺海域の調査を実施するにしても、2~3日様子を見たほうが良いのではないかと思われます」

「では、我々海自からの報告は以上です。続いて、陸自の方からお願いします」

 河野に促され、会議の流れを陸自の代表が引き継いだ。

「第8後方支援連隊、連隊長の冨澤1佐です。左右に同席しているのは、演習に参加していた各部隊より抽出した代表の者です」

 冨澤の左右の席には、何名かの自衛隊員が座っていた。

 その中には、先崎の親友、高品の姿もあった。

「現状に対する認識及び今後の行動方針に関しては、海自の方と意見を一致させております。ただ――現在『たいよう』に乗艦している陸自の航空科部隊は、西部方面航空隊のみです。ヘリは観測用のOH-6Dなので調査任務には最適かと思われますが、操縦士は訓練の一環で先行していた海保の巡視船『さつま』に乗船していたため、残念ながら、我々もヘリを飛ばすことはできない状況です。――以上で報告を終わります」

 同じ自衛隊同士、基本的な意見は事前に擦り合わせておいたのだろう。冨澤の報告は簡潔にまとめられており、発言権はすぐに警察組織へと渡されることになった。

「……改めまして、福岡県警警備部の片桐と申します。現状に対する認識ですが、如何せん情報量に乏しく、我々だけでは判断できない状況です。また、今回の演習では、警察のヘリは他地域での演習に参加しており、我々もヘリによる情報収集は不可能です。そのため、先程河野艦長から提案されましたヘリによる周辺海域の調査についてですが、基本的には賛成致します。

 ただし、繰り返しになりますが、情報量が少な過ぎる現状です。今後の対応を一歩でも間違えれば、我々の命運も尽きかねません。任務に当たる自衛隊の方には、慎重と万全を期して臨んで頂きたい」

(……随分とプライドの高いお巡りさんだな。我々の方針に一々ケチを付けないと気が済まないのか?)

 意見を述べている片桐を横目に捉えながら、陸自代表の冨澤は、小声でそう呟いた。

 その声を拾った隣席の情報科隊員が、同じく小声で冨澤に耳打ちをする。

(――まだ未確定ですが、あの警官、『マル自』じゃないかって噂があります)

(――厄介なネズミが艦内に紛れ込んだ可能性もある訳か。面倒事にならなければいいが……)

 2人はその後も、何やら小声で言葉を交わしていた。

 そうしている間にも、会議の発言は次の組織へと移っていく。

「北九州市消防局、小倉北消防署の松浦です。正直なところを申し上げますと……事態は我々の理解の範疇を超えており、未だに混乱している状況です。丸投げする形になって申し訳ないが――今は対応を自衛隊さんの判断に任せたいと思います」

「DMAT代表代理、長崎原爆諫早病院、PTの羽鳥と言います。僕たちも、消防の方と同じく、自衛隊さんの判断に従うのが最善かなと……このような非常事態、とてもじゃないですが、僕たちだけで手に負えるものではありませんし……」

 消防・DMATの代表それぞれの発言に、またしても片桐は表情を強張らせていた。

(この異常事態を前に混乱するのは仕方がない。自分でさえ、まだ頭の中は整理できていない。だがしかし――もう少し主体性を出してもいいだろう!? 一組織に全権を委任するというのが、どれほど危険を孕んでいるのか想像もできないのか……!)

 怒気を渦巻かせている片桐の内心とは対称的に、会議は淡々と進行していく。

「松浦さん、羽鳥さん、まだ混乱しているお気持ちはわかりますが、まずは落ち着きましょう。冷静さを失っては、思考も鈍ってしまう」

 河野は穏やかな声で2人に語りかけると、情報の整理を開始した。

「消防・DMATの方ではヘリはありませんか?」

「消防のヘリは、現在この船には乗っていません。警察の方と同じく、他地域での訓練を行っていましたので……」

「僕たちはドクターヘリで来たんですけど、奇妙な光……ええと、『異変』でしたっけ? その『異変』が発生する少し前に、ドクターと何名かの職員を乗せて、別の訓練で一旦長崎に戻っていまして、今はありません。あ、なので、ドクターの代わりに僕が代表代理という形になっています」

「なるほど……わかりました、ありがとうございます。では、一旦状況を整理しましょうか」

 河野がそう告げて、皆が頷いた。

「まず、指揮系統のトップは自衛隊が担当。ただし、各組織の立場は対等であり、議決は各組織代表の全会一致が原則とする。

 次に、ここが異世界であると仮定して、無補給での活動維持は困難な事などから、まずは早急な情報収集の必要がある。そのためにヘリでの周辺海域調査を行いたいが、警察・消防・DMATの各組織は現在ヘリを保有しておらず、また自衛隊も先の『異変』によって多くの負傷者を出しており、ヘリの即応体制は構築できていない――。

 ……これらの情報を総合すると、現時点で我々に与えられている選択肢は、そう多くありませんね。まずは負傷者の回復・艦内機能の復旧に全力を注ぎ、数日後にヘリを用いての情報収集開始――といったところでしょうか」

「ま、妥当な判断でしょうな」

 河野の言葉に、冨澤も賛同した。やや対立的な立場に居た片桐も、一応の納得を見せたのか、反対意見を唱えることはなかった。

「では、まずはこの方針で状況を窺うこととしましょう。次は……そうですな、夕食を済ませた後にでも集まりましょう。夕食の時間帯は、後程艦内放送でご案内致します」

 河野は最後にそう告げて、会議の終了を宣言した。


 会議終了後、真っ先に席を立った片桐は、不満そうな表情を隠すことなく艦内を歩いていた。歩みを進めるスピードが普段よりも速くなっていることが、彼の苛立ちを代弁している。

 後に続いている数名の警官たちはというと、そんな片桐の態度には特に注意を向けず、「これから一体どうなるんだろうな」などと互いに言葉を交わしていた。

 その中で、1人だけ違う反応を示している者がいた。彼女は、状況が思うように掴めておらず、内心あたふたしているかのように、警官たちの後に続いて歩いていた。

 そんな彼女の存在に気が付いたのか、前を歩いている警官の1人が、心配そうに声をかけてくる。

「あれ、大丈夫? 気分でも悪い?」

「ひゃい!? い、いえっ、大丈夫であります!」

 不意を突かれたその女性警官は、素っ頓狂な声を上げながらも何とか反応する。

「そう? ならいいけど……もし何かあるなら、気軽に相談しなよ?」

「あ、あの……では、1ついいですか。片桐さん、何をそんなに――何か先程の会議の中で、気に触られることでもあったんでしょうか……?」

 恐る恐るも思わず呟かれた彼女の疑問に、その警官は少し小声で答えを返した。

「そうか、部署が違うから知らないのか……実は、あいつ元自なんだよ」

「元自?」

「元自衛隊、って意味だよ。まあ、そうだな……興味があるなら、本人に直接聞いてみたらいい。きっと教えてくれると思うよ」

 元自――彼女は心の中でその言葉を繰り返した。

 元自衛隊、ということは……あれほど敵対的な態度を取っていた組織に、彼は以前在籍していたことになる。あの場に座っていた者たちは、彼がかつて身を置いていた世界の者たちなのだ。

 では一体、何が彼を、あれほどまでに突き動かしているのだろうか?

 最前を歩く片桐の足取りは、変わることなく速やかに動く――。


 会議終了後、真っ先に席を立った片桐の姿を見て、怒りを露わにしている1人の男がいた。

「何なんですか、あいつ。会議中ずっと喧嘩腰だったし、感じ悪いっすよね。こういう時だからこそ、皆で一致団結していかないといけないってのに……」

 部屋を出てからも不満を述べ続けていたまだ若い消防士に対して、彼らを束ねていた松浦は、宥めるように言葉をかけた。

「そう怒るな。彼には彼なりの、何か事情があるんだろう。それに、態度こそ敵対的ではあったが、彼の話には、一応筋が通っている。何も、無茶な要求をしていた訳ではないだろう?」

「確かに、最初にトップを決める時は、あっさりと艦長を認めていましたけど……あれ? そういえば、何であいつは、あんなにあっさりと認めたんですかね?」

 艦内を歩き続けながらも、松浦はその問いに答えを返した。

「こういう時、上位階級の者が指揮を執るのが常識なんだよ。あの警官は、お前よりは年上だろうが、それでもまだ若い方だろう。階級は巡査か巡査長……最高でも巡査部長ってところか。

 それに対して、河野艦長の階級は1佐だ。警察であれば警視正に当たる。……ただの下っ端が、お偉いさんに命令する訳にはいかないだろう?」

 松浦の話に、若い消防士は感心したように頷いた。

「なるほど……警察も俺らと同じで、結構縦社会なんすねえ」

「いや、それ以上だと思うぞ。警察や自衛隊は、俺たちよりも体育会系だからな」

 そこまで言って、松浦は唐突に、若い消防士の頭を軽く叩いた。

「な、何すか、いきなり」

「いや、若い連中は元気がいいなと思ってな――無駄な元気は、若者の特権であり最大の武器でもある。その情熱の炎は消すんじゃねえぞ」

「……うす!」

「良い返事だ。さて、急ぐか」

 話を終え、彼らは少しだけ歩みを速めた。

 最前を歩く松浦の足取りは、希望を見出しているかのように軽い――。


 会議終了後、羽鳥は医務室に向かうことなく、1人の看護師と共に『たいよう』の甲板を訪れていた。

 2人はしばしの間、晴れ渡る青空を眺めていたが――やがて互いに顔を見合わせると、同時に同じ言葉を呟いた。

「「……ヤバくない?」」

 一瞬の沈黙。そして――

「ヤベえよ! どうすんだよこれ! なあ羽鳥!」

「ちょ、知りませんよ! ていうか何で僕に訊くんですか!?」

「マジでどうすんだよ……太陽が4つもあるんだぞ? 普通に考えたら、今頃私たちこんがりジューシーに焼き上がっていてもおかしくないんだぞ?」

「異世界にもオゾン層とかあるんですかね……?」

「知らんわ! ……とにかく、紫外線の問題もあるし、熱中症の問題だってある。もしかしたら、地球の常識が通用しない、未知の感染症やウイルスの存在だってあるかも知れない」

「食料だって無限ではないですから、いずれはこの世界の食物も口にすることになるんでしょうが、食中毒の危険だって――いや、そもそも、僕たちが食べられそうなものがあるのかな……?」

 先程までは混乱していたがために、なまじ現実的な問題まで頭が回っていなかったが――落ち着いて冷静に考えてみると、問題が山積している事実に2人は気が付いたのである。

「会議ではまだ混乱していましたから、不用意な発言は控えていましたが……僕たちも医学的な観点から、何か出来ることを考えましょう」

「……まずは、医務室に向かってミーティングだ。それから、応急的な安全管理マニュアルを作成して、夕食後の会議で報告しよう。自衛隊の人たちとも連携しなきゃな……」

「はあ……気が重いなあ」

「男だろ、なよなよしてんじゃねえ」

「セクハラですよ、それ」

 晴れ渡る青空とは対照的に、嫌な重圧を感じたのか。

 医務室へと歩みを進めていく2人の足取りは、甲板を訪れた時よりも少しだけ重い――。


「では、まずはこの方針で状況を窺うこととしましょう。次は……そうですな、夕食を済ませた後にでも集まりましょう。夕食の時間帯は、後程艦内放送でご案内致します」

 河野は最後にそう告げて、会議の終了を宣言した。

 片桐が最初に席を立ち、その後、会議に参加していた者たちが次々と部屋を後にしていく。警察、消防、DMAT……他の組織が全て退出し終えたのを確認して、冨澤も部下を引き連れて部屋を出ようとする。

 ――その時だった。

「冨澤1佐、少し個人的な話があるんだが――」

「……お前たち、先に帰って情報の伝達をしておけ。それと、高品には話があるから、伝達後再び報告に戻ってこい」

 隊員たちは了解の返事後、すぐに持ち場へと戻っていった。邪推をする者など1人もいない。

 上官の命令は絶対。自衛隊では基本中の基本である。

「人払いをさせて済まないな」

 見ればいつの間にか、河野の傍らに立っていた衛生長の福地の姿も見えなくなっていた。

 2人以外に誰もいなくなった部屋を見回して、冨澤は河野に言葉を返す。

「構わん。それで、一体何の話だ?」

「……この非常事態だ。お前には話しておかねばならないと思ってな――」

「要件をさっさと言え」

「相変わらずだな……まあいい。さて、どこから話したものか……そうだな」

 一呼吸置いて、河野は言葉を絞り出した。

「最初に――『plan-AZ』について説明しておこう」

 冨澤が初めて耳にしたその言葉。

 しかし彼は、聞き覚えのないこの言葉に、何故か嫌な予感を感じたのだった。


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