《ユリウス視点》少し前の話。2
ぼてっ、と情けない音が耳に響く。どうやらどこかに着地したらしかった。
目に映るのは至近距離の壁。どこか密室に閉じ込められたらしい。とりあえず壁を触ってみようと腕を伸ばした瞬間、自分の腕を見て驚いた。
手が、フサフサの毛で覆われている。
「……何これ」
いやいや、おかしい。嫌な予感しかしない。どういう事?
すると後ろからもぞもぞと物音が聞こえたのでそちらに視線を移すと、4匹の猫。まさか…な。お互いを少し見つめあってから1匹の猫が口を開いた。
「どこだ、ここは」
「…もしかしてレイ?」
「?何で猫が喋ってるんだ?」
嫌な予感は的中してしまったらしい。その声は正真正銘レイの声だった。っていうかレイも猫なんだけどね。どうやら俺たちは異世界に飛ばされただけでなく猫に変えられてしまったらしい。
上を見ると澄み渡った青空。俺たちは密室ではなく、箱に閉じ込められているらしかった。
とりあえず、俺は目の前の壁を飛び越え水たまりに自分の姿を写したその瞬間、言葉を失った。
それはいつもの自分の姿とは程遠く、綺麗な毛並みをした猫だったからだ。
「うわー、本当に猫になってる」
俺につられて他の4人…いや、4匹の猫たちも箱から出て自分の姿を確認する。
「どうすんだ、これ」
「へえ、すごいな。これもシュリがやったことか?」
顔をひくつかせて困惑気味なクロード隊長に、変に感心しているアンリさん。
頭の上に2つ、ぴょこんと生えた耳に触れてみる。すると少しくすぐったく感覚があることから間違いなく自身の《耳》である事が理解できた。後ろを振り返り、自分の体から生えた尻尾が気になって引っ張ってみると、思いのほか敏感だったようで「に゛ゃ!?」と思わず声…鳴き声が出る。
本当に猫になったみたいだ。
思考を巡らせながら、猫である自分の姿を眺めていると横から聞いたことのない高い音が耳に響く。
「おい、何か来るぞ!」
咄嗟に声をあげたレイにつられて音のした方を見ると鉄の塊が俺に向かって走ってきているようだった。
何だあれ。馬車…じゃない?
俺達は鉄の塊に轢かれるギリギリでサッと箱の中に飛び込み、通り過ぎていく塊を呆然と見送る。耳を澄ますと子供の声や人の足音などが細かに聞こえてきた。猫になって耳がかなり良くなっているらしい。
改めて、周りを見渡して見ると、見たこともない看板の文字の羅列はやはりこの世界は異世界であることを俺たちに嫌に実感させた。だが、ありがたい事に文字の意味は読み取れるのだ。そんな不可解な自分の頭に首を傾げていると、意外にも早く疑問の答えが出た。
「とりあえず、全員に言語魔法をかけておいた。この姿でもどうやら魔法は使えるらしいな」
アンリさんの魔法属性は不明だが、今考えると5人の魔法属性は上手い具合に偏りが無く散らばっているから、もしかしたらこれが何か役に立つかもしれない。魔法を使えると聞いただけで多少救われた気がする。
とは言ってもこれからどうやって過ごせばいいんだ?魔法を使えるとは言っても体力の限界がきてしまえば魔法さえ使えなくなる。
シュリのことだから王子の約束通りいずれ元の世界に返してくれる…と信じてはいるが、それまでに死んでしまったら意味がない。それに1ヶ月だ。身寄りのない俺たちにとっては果てしなく長い期間に感じられた。
通り過ぎる人々に目を向けてみると俺たちの世界では見たことのないような服装をしていた。髪は皆黒く、瞳も黒い。俺たちのような金髪や赤髪は誰1人として存在しないようだった。
大声を出しても目の前の彼らにはニャーニャー鳴いてるようにしか聞こえていないようで、通り過ぎていく人々を見送りながらより危機感が生まれる。
そんな悪い流れを後押しするかのようにさっきまで晴れ渡っていた空がどんよりと曇りだし、ポツッと俺の鼻先に雨が落ちる。あっという間に大粒の雨が激しく地面をたたき出した。
「あまりいい予感がしないのは確かだな…」
クロード隊長は目の前を通って行く人間を見つめる。辺りはもう夜になり人も少なくなっていて家々に灯る光も随分少なくなっていた。町並みの家々の灯りもどんどん消えていく。
すると人の気配と足音と共に一つの影が落ちた。また、誰か来たようだ。
「捨て猫?」
ザーザーと煩く降る雨の中、彼女の声に意識が集中する。顔を上げると、箱を覗き込むその子と目が合った。
「怪我…はしてないね」
彼女の顔にも、どうしようかな、と書いてある。というか、夜道に1人は危険だと思う。年は俺と同じくらいに見える彼女は俺たちをじっと見つめる。この子に護衛はいないのだろうか。
実を言うと目の前の彼女のようにさっきまで俺たちを覗き込む人はい大勢いた。だが、見るだけでここから去ってしまう。それもそうだ、5匹もいるんだから。1匹だけならまだしも5匹を連れて帰るのは気がひけるのだろう。
俺は何度目か分からない光景に黙りこみ、床に視線を落とした。喋っても意味ないしね。
彼女は自分の持っている傘を俺たちに差し、まだ悩みながら突っ立ち、段々と雨が彼女を容赦なく濡らしていく。それにしても、目の前にいる彼女は他の人より悩んでいる時間が長い。長すぎる。
「ねえ、この子自分が濡れてること忘れてない?」
「おーい大丈夫かー?
…って言っても通じないんだもんなあ」
ジルとクロード隊長が彼女を見ながらしゃべり出す。
俺の魔法属性の光だ。光属性の魔法の一つに光の円形の防壁を作り、身を守ることができる技があるのだ。だから彼女が無駄に濡れる必要はない。そんな俺の思いは届くはずもなく彼女は傘を俺たちに差したまま鞄を頭に乗せ、去っていった。
「行ってしまったか」
「5匹もいるんですしそりゃあそうでしょう…ねむ」
そう言ったアンリさんとジルは身体を丸めて目を瞑っている。俺もとりあえず今日は眠るしかなさそうだ。それにしても、あの王子のせいでとんでもないことになったものだ。俺も瞼を閉じ寝る態勢に入ろうとすると、バシャバシャと雨の中を走ってくる足音が聞こえてきた。
「良かった、いた」
今度は誰だろう。
疑問に思ったのも一瞬で、すぐに、まあ誰でもいいか、と欠伸して、再び瞼を開ける。
目の前にいたのは俺たちに傘をさしてくれたさっきの女の子だった。俺たちを見た瞬間、少しホッとしたように頬がゆるんだ。
雨の中を走ってきたせいで髪は濡れて、雫を地面に落としている。両手を膝について呼吸を整えているところからして、慌ててUターンしてきたのだろうか。彼女はホッとした表情を見せて俺たちのいる箱を持ち上げた。
「帰ろうか」
そう言って彼女はそっと頭をなでる。猫になったからか彼女の手も俺にはとても大きく見えた。こんなふうにされるのはいつぶりだろう。くすぐったいような、それでいて暖かい気持ちが俺を包んだ。
やっと主人公を出せました。
読んでいただきありがとうございました!