《ユリウス視点》少し前の話。1
今にも目を覚ましそうなのに、触れると冷たくて、息をしていない。俺は箱の中で花に埋もれる母をじっと見つめる。本当に母は死んでしまったのか。
彼女の美しさは災厄しか運ばず、生まれながらに幸薄い人生を歩ませた。母の死を悲しむより先にどこか、その死に安堵する自分が居る。
これで彼女はもう、不遇に苦しむことはないのだと。…そう思う自分は薄情者なのだろうか。
「第4王子から直々に呼び出しがかかった、直ちに面会の準備をしろ!」
「はい?」
俺の名前はユリウスという。
王国騎士である俺達は、今日は朝から王都警備を行う予定だったのだが、何故か第4王子、アントニー王子の護衛に呼び出された。
「早くしろ!」
そんなに叫ばなくても至近距離なんだから聞こえてるってば。
思わず耳を塞ぎたくなる声量だが、塞ぐと余計にひどくなることを人生を通して学んだ。だからしない。
「今日は可愛いご令嬢にお茶に誘われてたのになー」
「またお前は…」
「何何?レイも来たかったの?」
「馬鹿。呆れているだけだ」
廊下を歩きながら隣で溜息を漏らすのは王国第一騎士団所属のレイモンドだ。歩くたびにキラキラと綺麗な金髪が揺れる。彼は第一騎士団団長の一番弟子であり、次期団長として期待されている人物である。
「それにしてもいきなり俺たちを呼び出すなんて何なんでしょうね」
嫌な予感しかしないんですけど。と顔を歪めながら言うジルはあからさまに不機嫌そうだ。
見た目はクリーム色の髪もエメラルドグリーンの瞳。中性的な綺麗な顔立ちと透き通るような色白の肌に、黙っていればそれだけで絵になるような佇まいからは、凡人とは一線を画する、才気溢れるどこかの令嬢のような雰囲気が醸し出されている。
……今は。
「…ぷっ、ジル、お前本当に女みたいだな」
「本当にな、私も初めジルを見た時はどこの育ちの良いご令嬢かと思ったよ」
「クロードさん、アンリさん…冗談はやめてください」
それもそのはず。ジルはついさっきまでパーティに招待された公国のとある貴族のふりをして、潜入捜査に入っていたのだ。ちなみに第三騎士団の紛れもない騎士である。
ジルは結果として女装の擬態を施し、潜入捜査から帰ってきたところだった。
慣れないハイヒールと広がるドレスの裾を持ち上げずかずかと廊下を歩く姿は見ていて少し面白い。
「嘘だって」と人当たりの良い笑みを浮かべるクロード隊長は第二騎士団の隊長である。面倒見の良い性格で、部下に慕われていて、そんな俺もクロードさんのことをとても尊敬している。
次にジルをからかったアンリさんは謎が多い。俺たちと一緒に騎士として活動しているのは極稀で、本職は誰も知らない。偶に王宮の何処かしらで見かけるので王都で仕事をしているのは確からしいが。本当はどこかのスパイだとか、どこかの国の王子だとか、プライベートでも謎が多い人であまり素性を明かさないので噂が一人歩きしている感じが否めないのだ。
5人で会話を交わし、部屋に辿り着くと王の護衛が先に扉を開く。開いた扉から侍女達が招き入れるような形で俺たちを部屋に迎え入れた。どこかその視線は伏せがちで申し訳ない、とでもいうような表情だ。
目の前のアントニー王子は俺たちの顔を見るなり怒り顔で鼻からスッと勢い良く息を吸い込んだ。そして眉間の皺を更に深めると、俺達が挨拶をするよりも前に怒鳴り出した。
「お前らのせいだ!」
「はい?」
いきなり呼び出して会った途端これか。貴族として王族としてもう一度躾直した方がいいんじゃないの?と言いたくなる。俺は心の中で何度目かの溜息をはいた。
「アントニー王子、お言葉ですが今日はドロシー令嬢との婚約発表パーティではありせんでしたか?」
愚痴愚痴と俺たちの文句を並べるアントニー王子にやんわりと隣にいるクロードが口を挟む。何が言いたいのかハッキリ言って欲しいのだろう。回りくどく言われても余計面倒くさいので覚悟を決めて踏み出したのが見て取れた。
「婚約は破棄されたのだ!」
「…はあ」
「それもいきなりだぞ!」
「それに私達と何のご関係が?」
次にアントニー王子に疑問を投げかけたのはジルだった。仕事が終わり、疲れている上この様な理由で休暇を奪われたジルの顔には疲労感が漂っている。
訳が分からないといった表情の俺たちと同様、周りの侍女達も苦笑いだ。
国一番の魔術師、シュリだけはアントニー王子の斜め後ろで静かに表情を崩さず控えている。
アントニー王子はもはや怒っているというより半泣きに違いが。
俺はアントニー王子を遠目に眺めつつ、おとなしくお説教なりなんなり甘んじて受けるしか今は道がないと確信したのだった。
アントニー王子の話によると昨日の夜、つまり婚約発表パーティの前夜、事件が起きた。
『やっぱり私、アントニー王子は嫌!』
アントニー王子の婚約者、ドロシー令嬢はそう両親にいきなり訴え、しまいには泣きだしたらしい。噂によるとあまりドロシー令嬢は乗り気ではないと風の噂で聞いた気がしたが事実だったようだ。
日付的にも今更婚約破棄なんて、と突然の事にアントニー王子はじめドロシー令嬢方も慌てたが、最終的にドロシー令嬢の婚約破棄をアントニー王子の両親は受け入れたのである。
『私、レイモンド様やユリウス様、それにジル様…クロード様やアンリ様のような勇敢で男らしい方と結婚したいのです』
婚約破棄の理由はこうだった。…それってつまりアントニー王子は婚約破棄の理由出された名前すべての人物を呼び出して、説教ってことだろうか。
……あり得ない。
「ここにいる者たちは、偉大なる国王陛下に仕える身でありながら王子である私の尊厳を地に落としたのだ!どうせ気を持たせるようなことをドロシー令嬢にしたのだろう?この下劣な行為を決して許さぬ!」
「そういう言い方をされると、何だか物凄く悪い事したみたいだなあ」
あんまりな説明のされ方に、聞こえないくらい小さく溜息をつき、肩を竦めて苦笑いするアンリさん。
侍女達からは「ため息を吐く姿も素敵だわ…」と熱い視線を投げかけられている。
「お前達は1ヶ月間私の目の前に一度たりとも現れるな。慈悲をもって軽い処分にした私に、心の底から大感謝しろ。おい、やれ」
そう言ったアントニー王子の視線の先のシュリ魔導師はマントの中に隠していた長い杖を取り出す。魔法陣に光が満ちていく。
さすがに驚いて俺は口を開く。
『シュリ、俺たちをどうする気なの?』
『他のところ、異世界に飛ばすよ。それなら王子も君たちの顔を見ずに済むだろうしね』
『ちょっとそれさ、戻れるんだろうね?』
『まあ信じなよ』
といっても読唇術を習得している俺たち2人は周りに聞こえない。…異世界って何、控えめにしても異国とかで良くない?
胡散臭い笑みを浮かべるシュリに本当に食えないやつだと実感させられる。どうやら本当にやるつもりらしい。
シュリの呪文に合わせて魔法陣が光を強めていく。室内が光に満ち溢れる頃、俺たちの足元に暗い影が出来る。いや、これは影じゃない。
…穴だ。
俺たち5人はそうして真っ暗な穴の中をただひたすら下に落ちた。びゅんびゅんと耳元を通り抜けていく風が、すさまじい音をたてる。暗闇の中では何も見えないのでその音と足の浮遊感だけが『落ちている』ということを俺たちに教えていたのだった。
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