第三話 うずもれたヒーロー
現在地球の総人口は200億人。
皆さんが知る数字をはるかに越えていると思われる。
いや。
その殆どがいらない人間なので。
数のうちには入らない。
自分を嘆いちゃいけないよ。
忘れよう。
笑って、忘れてしまえ。
楽しくさ。
そしてまた。
誰も知らない。
誰にも愛されない。
下らないヒーローが現れる。
『 戦え! キグルマン』
気象庁からテレビを通じ告げられる予測。
「巨大ハニワ注意報が警報へと変わりました。予測通過ルート付近の住人は極力外出を控え、畳の上へと移動してください。考古学者の発表によれば、静かに余計な手出しをしなければ畳の上で寝ながら古墳に入ることが出来ます。板敷きの家屋に関しては、これは全く残念としか言いようがありません、このフローリング野郎! と呼ばれることでしょう。非常に残念です。日本人として非常に残念でございます、ええ、まったくい草の臭いも嗅がずに死ぬなんて恥そのものでございましょう!!」
巨大ハニワは時と場所を選ばない。
朝からせっせと働くんだ。
せっかくの警報も間に合わず。
人々は畳の上で古墳に入ることは出来なかった。
竜巻の如く通り過ぎ。
路傍の古墳が増えていく。
コンクリート古墳。
花を抱えてよちよちと。
小さな人形が歩いている。
人形?
いやその姿はもはや人の形をしていない。
周りに張り付いていた布は無く。
綿のようなものが、ズリズリと引きずるように進んでいる。
彼の名前はキグルマン。
つまらない愛の為に。
あえてその身をヌイグルミへと変えた少年。
キグルマンは道々に点在する古墳一つ一つに献花を捧げていった。
ヒーローなのに何もすることが出来ない。
己の無力を嘆いては花を添えていくのだ。
そして、名も知らない人のため。
墓碑銘を刻む。
『道端で倒れしこのコンクリート野郎 ここに眠る』
ここで一度キグルマンの物語が終わる。
死ぬ方法なんて簡単なもので。
キグルマンは踏まれたんだ。
足にさ。
相手はその存在に気付かずにさ。
ホコリの塊程度にしか思わなかったのだろう。
ただ。
人間だって。
燃やされるかそのまま埋められるかは知らないが。
ゴミのようになって、地に帰る。
そして踏まれ続けるんだよ。
誰かもわからない足にさ。
ともかくだ。
キグルマンは踏まれた。
ぺしゃんこになった。
もう動けやしない。
三流ヒーローの最後なんてこんなもの・・・。
だけれどさ。
どうしようもないモノほど世にのさばる。
やっぱり、必要な人間は少なくて。
不必要な人間ほど多い。
キグルマンはあっけなく生きていた。
キグルマンは目覚めた時。
自分の手足を見て驚いた。
それは新しい手、布の手。
新しいからだ、綿の体。
そして何より新しい目、宝石の目。
新生、キグルマンが誕生していた。
いっちょ前に、マントなんかが装着されている。
ただ、身体は小さいまま。
力も元のまま。
足も遅い。
空も飛べやしない。
グズで。
のろまで。
役立たず。
目覚めた場所は。
彼をヌイグルミへと改造してくれた、あの秘密組織ではない。
ごく一般的な家。
そして女性が一人。
「目覚めたわね」
「目覚めたようね」
女性が一人、そこには居た。
ニタニタ笑い、キグルマンに近づく。
そして自己紹介をするかのように、胸に手を当てた。
ボタンを一つ一つ外していく。
キグルマンはドキマキした。
なんと言っても心はまだ少年。
わけの解らない興奮に陥る。
見れば女性の顔は美人。
ただ、お腹がぽっこりと飛び出ている。
ヒーローは見ちゃダメだ!
ヒーローは見ちゃダメだ!
祈り虚しく、宝石の目は輝いている。
そしてとうとう、大きな胸があらわとなり。
ついでに大きなお腹があらわとなった。
女性は自らのへそに指を突っ込む。
クチュクチュクチュ
やがて両手の指が全て入り。
一気に腹を縦に引き裂いた。
血はこぼれていない。
腸もこぼれていない。
ぽっこり突き出たお腹に収められていたものは。
もう一つの顔だった。
ニタニタと二つの顔が笑う。
上の顔が叫ぶ「あたしの名前はクリス」
下の顔が叫ぶ「あたしの名前はトリス」
「「二人合わせてクリトリ・・・」」
キグルマンは目を見張った。
始めて見る女性の体。
生命の神秘を感じた。
「「ちょっと、最後まで言わせなさいよッ!」」
ともかくだ。
キグルマンを助けたのは彼女達だった。
少し説明がいるかもしれない。
彼女クリスのお腹の中に入っているのは、赤ん坊なんかじゃない。
れっきとした人の顔。
彼女の姉、トリスの顔。
生首が腹の中に収められている。
納得しましたか?
彼女等がキグルマンを助けた理由はというと。
「「あたし達のマスコットになってくれない?」」
という、皮肉的なもの。
ヒーローからマスコットへの格下げ。
さらに役立たずの烙印を押されたようなものだった。
クリスとトリスはキグルマンとは違い、ちゃんとしたヒーローである。
人を守り、街を守り、国を守っている。
ただ、何時だってか彼女達は笑いもの。
その奇妙な身体を見れば、指を刺さずに笑いをこらえる事なんて出来ない。
ただ、それでも。
ヒーローだった。
「そう、私たちはヒーローなのよ。ねぇトリス姉さん?」
「そうよクリス。むさい男なんていない、女盛りの女ヒーロー!」
「戦おう巨大な悪に! 救いましょう人の心を!」
「完璧、完全、完遂のォォォォォ!」
「「誰が呼んだか美女皇帝クリスとトリス! 二人合わせてクリトリ・・・」」
今彼女達は奴を追っている。
あの人々を恐怖に陥れた巨大暴走ハニワを。
そして、奴を追っている最中に。
見つけたのだ。
古墳に花を添える物体を。
キグルマンを。
足の綿ぼこりの中から。
「「だから! 最後まで言わせてぇ〜・・・」」
キグルマンは考えた。
ヒーローにとってマスコットになるということは屈辱以外何者でもない。
テレビを見ていたらわかるだろう。
マスコットメインの物語は全話中たった数話。
出番が少なすぎるのだ。
だけれども。
キグルマンはマスコットになる事を承諾した。
何故って。
プルン♪
彼女たちの胸に引かれていた。
ヒーローといえどもまだ少年。
もう〜ちょっと〜いてもいいかな〜いいよな〜ちょっとだけ〜。
なんて・・・。
ブルン♪
ニヘラヘラ
天気を操り天気を司る。
気象庁の予測より早く不確定な巨大ハニワの行動。
このまま追いかけていただけでは、奴の影さえ捕まえることは出来ない。
だがしかし。
彼女達には策戦があった。
こちらから追いかけるのではなく。
おびき出そうという。
そしてクリスが手にしたのはスコップ。
キラキラと刃先が磨かれた殺傷能力の高いスコップ。
これで何をするかといえば。
墓荒し。
奴らが作った、古墳を荒らすこと。
場所は大阪府堺。
大仙陵古墳。
日本最大の前方後円墳。
邪魔されぬよう。
観光客と警備員は百舌の速贄として、木の枝に吊るし。
外堀と内堀を泳いでわたり。
古墳の真ん中に旗を立て。
そしてゆっくりと墓を荒らすのだ。
サックリサクサク
穴を掘る。
「ねぇ、トリス姉さん。本当にこんな事でいいのかしら」
「何が? クリス」
「墓荒しが」
「いいのよ。金閣寺だって燃えたでしょ? 石器だって捏造されたでしょ? だったら墓も荒すべきなのよ」
キグルマンはといえば。
自分自身と同じぐらいの大きさの。
殺傷能力の高い小さなスコップを使い。
サックリサクサク。
穴を掘る。
ドスン・・・
「あら姉さん」
「なあにクリス?」
「罠が反応したようですわ」
「そのようね」
土の塊が地にもぐる音が聞える。
木に吊るした、警備員や観光客が。
ぶら下がったまま古墳になっている。
空中古墳。
もちろんその重さに耐えられなかった枝は。
ひしゃげ、折れ曲がり。
古墳を地面へと叩きつける。
ドスン・・・ドスン・・・
古墳が作られたという事は・・・
奴が来たということ・・・
あの化物は、人を見たら古墳を作らずにはいられない。
ドスン! ドスン! ドスン!
次々と空中古墳が落ちていく。
地響きが、キグルマンの身体を転がす。
ドスン!!!!!!!
・・・
最後の地響き。
そして音は止まった。
出た
巨大暴走ハニワ
「来たわ来たわ来たわ!」
「やっちゃいなさいクリス!」
「いいわよね〜姉さんは。何時だってお腹の中なんだから。キグルンは危ないから、胸の中に入っててね〜」
「それとも私の口の中がいい? ンァ〜ん」
キグルマンは四の五の言わず。
素早く。
クリスの胸の谷間に。
戦いは壮絶を極めた。
巨大暴走ハニワは一匹じゃない。
何体も何体も一緒に埋葬されるもの。
何百匹もハニワひしめく大仙陵古墳。
ヒーローのクリスとトリスは。
スコップを振り回しながら。
ハニワをパカンパカンと割っていった。
土器、結構割れやすい。
激しい殺陣に揺れる胸。
谷間に挟まったキグルマンは至福の一時を味わっていた。
もう、ヒーローの面影はない。
一つのハニワを壊すたび。
上下の顔が笑う。
「キャーハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
「その調子よクリス! こんな土塊野郎に私たちが負けるはずが無いのよ!」
「そうね姉さん。私たちは最強だわ♪」
「戦おう巨大な悪に! 救いましょう人の心を!」
「最強、最高、再見のォォォォォォォォ!」
「「誰が呼んだか美女ガンジークリスとトリス! 二人合わせてクリトリ・・・」」
さて。
結局の所。
クリスとトリスの勝利で終わる。
戦いのシーンは割愛するとして。
「「だから最後まで・・・最後まで、お願いだから〜」」
ともかく。
今回のお話の最後の言葉をキグルマンから戴きたいと思います。
では。
どうぞ。
「どうして! どうしてこんな事になってしまったんだ! 僕は・・・僕はヒーローなのに・・・ヒーローなのに・・・馬鹿なッ! 敵に背を向けて隠れていただけじゃないかッ! どうしてこんな事に・・・僕は何をしていたんだ! 僕は・・・僕は・・・僕は・・・どうして・・・どうしてこんな事に・・・この世は闇だ・・・」
キグルマンはクリスの胸に遺書をしたためた。
『このおっぱい野郎 ここに眠る』
そして胸の谷間の奥の奥へと入り込み。
眠りに付いた。