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第一話 いらないヒーロー

現在地球の総人口は200億人。

皆さんが知る数字をはるかに越えていると思われる。

いや。

その殆どがいらない人間なので。

数のうちには入らない。

でしょ?



そしてまた。

この世界にとってどうでもいい少年が。

愛する少女を守るために。

あえてその身をヌイグルミへと変えた。

今ここに。

誰も知らない。

誰にも愛されない。

もっとも不必要なヒーローが誕生す。






『 戦え! キグルマン』






少年はクマのヌイグルミを掴み。

少女はロボットのおもちゃを手にしていました。

二人の誕生日は一緒で。

いつもどおりプレゼントの交換を行います。

少女はヌイグルミを抱きしめ。

少年はロボットでおおはしゃぎをしました。

ただ。

互いに欲しいモノではなかったのですが。

ちょっと残念な心内を抑えながら。

気を使って笑い合える。

そんな仲でした。



2月14日。

少女は少年にチョコレートを渡しました。

彼は甘いものは嫌いなのですが。

その日だけは我慢するものと決めています。

彼は綺麗に包装された包み紙を簡単に引き破りました。

少女はちょっと残念そうな顔を浮かべ。

少年の笑顔を待ちます。

箱を開けました。

彼はニカッと作った笑いを浮べました。

彼女もニカッと笑いました。

ですが少し異変。

二人とも中を覗き込みます。

ハート型のチョコが割れていました。

少女は泣き始めました。

少年には何故泣くのか分りません。

学校の女生徒だけが知るジンクスで。

割れたハートを送ると。

決して恋人同士にはなれない。

それどころか送った相手を殺してしまうという残酷な噂話。

「割れたって、チョコはチョコだよ」と。

少年は無理に食べ始めました。

無理に。

甘い刺激が彼の喉奥をかき混ぜる。

そして吐きました。

苦しみました。

少女は絶望しました。

ジンクスは本当だったと。

少年は大丈夫だよと力ない声を発したのですが。

少女の耳には届かず、彼女は部屋へと閉じこもりました。

それ以来。

部屋のドアは開かない。



どうしても彼女に会いたいと思った少年は。

ある秘密組織をたずねました。

秘密といっても、それほど大層なものではなく。

世間から興味を抱かれないので。

誰も知らないといった塩梅でございます。

ですが。

必要の無い人間同士は知っているんです。



少年は考えました。

彼女の大好きなクマのヌイグルミになれば。

もしかしたら部屋に入れてくれるのではないかと。

秘密組織はその申し入れを快く受け入れ。

彼の身体を培養液で保存し。

少年の魂を、クマのヌイグルミに憑依させました。

そして今ここにヒーローが誕生したのです。

魂を持ったヌイグルミ。

クマのキグルミ。

キグルマン。




太陽の光も。

月夜の闇も。

少女には必要ない。

人口の光で塞ぎ込むだけ。

部屋の中には、クマのヌイグルミがたくさんあった。

少年の思い込みでプレゼントされ続けた品々。

好きじゃないクマ。

でも、もう必要ない。

だから、もういらないんだ。

捨てよう。

捨て・・・。

どうしよう。

いらないものが、捨てられませんでした。



カチッ



部屋の窓が鳴りました。

猫でもいるのかな?

少女は猫が好きだったのです。

だが、残念なことに。

カーテンを開けば、そこにはクマのヌイグルミ。

ため息。

だけれど、きっとこれは彼が置いていってくれた。

少女はその優しさだけに感動して、クマを抱きしめました。

クマは少し赤くなりました。

少年に会いたい。

会いたい。会いたい。会いたい。



しかし少年は行方不明です。



少年の姿は街から消えました。

警察は捜査をたいして行ってはおりません。

彼はいらない人間だから。

少女は朝から晩まで、歩き続けました。

彼を探し続けたのです。

少年は少女にも自分の正体を明かさなかったのです。

それがヒーローの宿命と。

テレビに教わったのです。

少女が靴を履き潰した時でも、まめが潰れたときでも。

キグルマンは彼女のカバンにぶら下がったままです。



今日も。

そしてまた今日も。

また次の今日も。

少女は少年を探しています。

そして見つけました。

彼女の大好きな。

猫を。

猫はこちらに近寄ってきます。

彼女は喜びの笑顔。

だけど猫は、少女のカバンについていたヌイグルミを。


ハムハム


噛み千切り、口にくわえたまま逃げ出しました。

千切れたのはストラップの紐。

キグルマンにとって不幸中の幸い。



キグルマンは必死に抵抗しました。

キグルマンパンチを放ちました。

キグルマンキックを浴びせました。

キグルマンビームは出ません。

綿の攻撃は、全く効果はありません。



猫とキグルマンがじゃれあっている内に声が聞こえてきました。

少女がキグルマンを探す声。

そして、もう一つ別の声。

男の子の声。

良く見れば猫には首輪と鈴がついている。



少女が近づくと、キグルマンはピタリと動きを止めました。

ヒーローは正体を明かしてはいけないのです。

猫は男の子に抱き上げられました。

少女はうれしそうに猫の頭や顎や肉球を撫で回しています。

少女と男の子のおしゃべりの中。

キグルマンは動こうとはしませんでした。

たとえヒーローじゃなかったとしても。

正体を明かしちゃいけないんだ!



男の子が帰り。

少女は思い出したかのようにキグルマンを見つけ。

家へと帰りました。

まだお昼だったけれど。





少女は縫い物が下手でした。

いや、不器用なりに縫えるとは思うのですが。

彼女は母親にキグルマンを手渡しました。

飛び出たハラワタを。

母親はしっかりと収納して行きます。



また同じ場所で。

少女と男の子が会いました。

また同じ箇所を。

キグルマンは噛まれました。

また同じように。

母親がハラワタを納めました。



今日も。

そしてまた今日も。

また次の今日も。



夜。

キグルマンは少女の元を離れ、一人出歩く。

決闘の地へと。

彼は薄々感付いていたのです。

奴を倒さなければ。

もう俺に明日は来ないのかもしれない。

ツギハギだらけで。

不細工になって。

薄汚れて。

もう彼女は抱きしめてもくれない。

奴を倒さなければ。

奴を!



敵はすでに決闘の場所に居た。

敵はキグルマンの正体に気付いていた。

ただ。

彼にとってはどうでもいい存在なので。

軽くあしらってやろうという気構え。



対峙するキグルマンと強敵。

夜風冷たく。

気炎は熱く。

「トリャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「フニャ〜」

キグルマンと猫との戦いが始まった。



少女は眠れなかった。

なぜか眠れなかった。

夜の街を歩く。

新品の靴で、綺麗な足で、恋する顔で。

何もかも忘れた綺麗な身体で。



「コノ野郎、今までの俺だとは思うなよ!」

「フニャ?」



男の子は猫を探していた。

いや、本当は何を探していたのやら。



「今日は手に石を仕込んできたんだ。遠慮なくかかってこい」

「フニ?」



夜を歩き。

そして少女は見た。



「キグルマンパァーーーーーンチ!」

「ブニャーー!!!!」



男の子の姿を。

恋人の姿を。

割れないハートの相手を。



「キグルマンキィーーーーック」

「フニャニャ?」

「しまった! 足には仕込んでなかったんだ!」



二人は出会った。

恋する二人が夜の街で。

意図せず、偶然に。



「キグルマンビィーーーーーーム」

「・・・」

「出ろ〜出るんだ〜出てくれビィィィム!」

「フニャァアァ〜」

「奇跡よ! 起これェェェェェ」



二人は奇跡だと思った。

ロマンチックだと思った。

運命だと思い込んだ。



「全生命をコノ手に込めろ! 魂の最後の叫びだ! 何があってもどんな困難があっても彼女を守るんだ! キグルマンファイナルイリュウゥゥゥゥジョン!」

「フニィ〜」

「アチャー!!!!!!!」



男の子にとって猫はただの口実。

少女にとってヌイグルミはアクセサリ。

男の子にとって猫は不必要。

少女にとってヌイグルミは不必要。

いらないもの。

どうでもいいもの。





いらない。





朝。

破れしキグルマン、ハラワタを引きずりながら歩く。

痛くはない、でも負けた。

彼女を守れない。



ゴミ捨て場。

クマのヌイグルミが捨てられていた。

少年がプレゼントしたヌイグルミが全て。

キグルマンはヌイグルミを見た。

ヌイグルミはキグルマンを見た。

もう彼女を守れない。



キグルマンは家へと帰らず、秘密組織へと向った。

秘密組織には少年の体が保存されている。

だから、今なら元の身体に戻ることが可能だ。



けれど。



「僕の身体をずっと保存してください。そしていつか彼女が事故か病気か、何か不幸なことが起こったときに、僕の体を使ってください。あの・・・僕等兄妹だから、たぶん大丈夫だと思います。お願いです! 僕を使ってください!」












少年の身体は使われることがありませんでした。

彼の体が不必要なほど、少女は幸せな人生を送ったのです。

そして。

秘密組織にとっても不必要な彼の身体は。

今でも、物置にしまわれ。

ゆっくりと朽ちている。












「キグルマンビィーム! ・・・あっ、出た」







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