第六話 ミオ登場
再び拍手の雨の中を、キタローはやや早足で戻っていった。温かいお湯に顔を突っ込んで、必死で息を止めているような心地だった。緊張がぶり返してきて、ドキドキとした鼓動を自分の耳で聞くことができる。
フレアのところまで戻ると、彼女はゆっくりとドアを開いてくれた。
外の光の中へ、飛び込む。
劇場のホールまで戻ってきた。
「お勤めご苦労様でした」
扉を閉めたフレアが寄ってきて、任侠映画でよく見る姿勢を取った。
「開幕から出所した人間の出迎えポーズをありがとう」
「良いあいさつだったと思います。五十点ですね」
二人はゆったりと歩き出す。
メイドたちも初対面の緊張から解放されたのだろうか、ざわざわとした人の声が劇場内から聞こえてきた。二重扉のうち、すでに劇場側の扉が開けられている証拠でもあるだろう。
「五十点って、何点満点の?」
「いえ、偏差値です」
「偏差値で点とは言わんだろう」
言わないよな、とキタローは一応考えてみた。
「平均に達してたなら、よしとする」
「ここが基準点になりますから。どんどんK点超えを見せてくださいね」
どうやら、キタローは日の丸飛行隊のような活躍を期待されているようである。
「ああ、汗かいた。ステージってのは暑いな」
「まだ早い時間ではありますが、ご入浴なさいますか?」
「いいね。いっしょに入ろう」
「かしこまりました」
フレアの返答には躊躇がなかった。
話を振ったキタローの方が、思わず二度見してしまう。
「……それはどこの部分に関してかしこまったんだ?」
「入浴されること、ならびに混浴をご希望のことです」
「待て待て」
キタローの方が狼狽した。
「俺は今すごい地雷を踏んだか、それとも服を脱いだら大艦巨砲主義という熟語を思い出すのか」
「水着は着ますよ?」
「そういうことか……」
二人の歩みが遅くなる。半歩前を行くキタローの速度が落ちたためだ。
「今の時点ではまだスクール水着しか選べません」
考えてみる。悪くない光景が空想された。
ぽゆんぽゆんのふっくらぴょん、である。
「むしろ良いと思う」
「清々しいまでに変態ですね」
「ありがとう。今はその罵倒さえ心地良い」
あっ、という声が聞こえた。
振り返ってみれば、トテテテと近づいてくるメイドがいる。フレアよりも頭一つほど小さい。
「お風呂ですか!」
小さなメイドは、元気よく話しかけてきた。
「おっ……」
「はじめまして、ご主人様。ミオはミオといいます!」
「ミオワミオさん?」
「違います。ミオです!」
ミオ。日本的な名前ではあるが、その髪色は金だった。あえて人権を無視したカテゴライズに当てはめるなら、金髪ロリというところか。
「ミコライオってボケれば良かったか」
「さすがにその聞き間違いはどうかと思いますが」
スポーツネタとCMネタが風化しやすいのは、究極超人あ~るのころから変わらぬ伝統である。
「ご主人様、さっきの演説、感動しました!」
「それはありがたいな。演説っていうか、ただの自己紹介なんだけど」
「最後に溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙なしでは見られませんでした!」
「ミオ、お前はツイッター廃人だったりするのか?」
キタローは思わず尋ねていたが、ミオは小動物のように首を左右に振った。
「いいえ?」
「それなら良いんだが」
「お風呂に入られるそうなので、ミオもお供しようと思います! フレアさんも、それでいいですよね?」
「私は構わない」
どうやら混浴が無事に実現しそうな運びである。
「ハキハキとしていて、良いことだ。こうして向こうから近づいてきてくれたからには、俺が話した甲斐もあるよな」
三人は連れ立って屋敷内を歩き、まだ来ていない区画へと達した。
「浴場はこちらになります。欲情にご注意ください」
「うん?」
どういう謎かけだろうと考えてみて、頭の中の変換ソフトが仕事したので、合点がいった。
「ああ……欲情ね。わかってる。俺だって体液が全身ピンクなわけではない」
「そうだったんですか!」
「そうなの?」
「君ら、俺をどんだけエロティカクリーチャーにしたいんだ」
自業自得ではあるのだが、なかなかに追撃を仕掛けてくるメイドたちである。
そのノリの良さがどうにも心地よく、キタローは自然と口角を上げていた。