第三話 天佑館のメイドに足りないモノ
キタローはフレアを伴い、天佑館の屋内へと入った。屋敷だけでも大した広さである。どこにどの部屋があるかを把握するには、相当な時間が掛かりそうだった。
その中で、フレアは生活に関わりのあるであろう部屋を案内していく。途中で何人もメイドとすれ違い、彼女たちが恭しく頭を下げる様を目にした。
「こちらが食堂です」
「うん」
歩く。
「こちらが厨房です」
「うん、うん」
さらに歩く。
「こちらが戦車格納庫です」
「うーん」
なぜか鎮座している「モスクワの守護神」ことT-34戦車を横目に、キタローは複雑な気持ちになっていた。もはや「なぜ戦車があるのか」という問いは掻き消えている。
「いかがでしょう?」
主の気持ちを察したのだろう。フレアが水を向けてきた。
「フレア」
「はい」
「俺は不満だ」
「ご不満ですか」
フレアは目を伏せた。
「やはり思春期のご主人様の自家発電を抑止したのがいけなかったのでしょうか」
「そっちじゃねえ」
「冗談です」
伏せていた目が戻った時、どこか勝利の輝きに満ちている。メイドの割には自己主張が強く、会話の主導権を握っていたがるタチなのかもしれない。
「いや、な? お前にしてもそうだったけど、どうもメイドたちがおかしい。猫を被っている気がする」
「みんなシャイですから……私を含めて」
フレアは自分を付け加えることを忘れていなかった。
これについて、キタローは「かわいいやつだ」と「図々しいやつだ」の二つの感想が選択肢として脳内に浮かんだが、いずれも選ばずに打ち消した。
「密かに自分を高めていくのな」
「意識高い系メイドですので」
「まあ、いい。スルーする。話が進みやしない」
フレアは少し寂しそうな顔をした。内容が内容なので、その表情は決してキタローの良心を傷つけなかったが。
「そう、自分の本性を出していない」
「本性ですか」
「もっといけるはずだ。今の天佑館のメイドは決定力不足なんだよ。セルジオ越後でなくたってわかるさ」
「決定力不足!」
ジャジャーン、とフレアが口で効果音を入れた。
もちろん、これもスルーする。
「そうだ。ガッときてグッときてボッとくるものがない!」
キタローはテンションを上げた。
「みんな丁重にあいさつしてくれるよ? ちゃんと微笑んでもくれるさ? だが、足りない。こんなんじゃない。まずはドカーンと爆発しなきゃダメだ! メイドは爆発だ!」
対するフレアは目を細める。
「岡本太郎が助走つけて殴りにきますよ」
「世界のタロー・オカモトならわかってくれるはずだ」
ともあれ、とフレアは言った。
「ご主人様、改善すべきところを改善するため、メイドたちの間でミーティングを行っていきたいと存じます。また、今回ご主人様になられたということで、ぜひ『ご主人様がやってきた、ヤァヤァヤァ!』を開催し、ごあいさつを賜りたいと思うのですが」
「奇天烈な企画名はともかく、しっかりあいさつするのは悪くないな。みんなが集まる場所はある?」
「劇場があります」
「ホントになんでもあるなあ」
会議室や講堂ではなく劇場というところに、キタローは美意識を刺激された。
「そこでビシッと言っていただいて、さらに私からもミーティングで訓示の形で伝えたいと思います」
「頼むぞ、メイド長」
「頼まれました、ご主人様」
さながら熱血展開だったが、キタローにはそこまでの感動はなかった。当然である。別に夢と希望に燃えて着任したわけではない。たまたまご主人様とやらに選ばれて、このメイド空間にやってきただけなのだ。
しかし、やれることはやろうとも思っていた。初めから何もかも放擲していたのではつまらない。メイドとしてのアイデンティティに悩む少女たちに、より輝いてもらえるよう尽力するつもりだった。
かわいいだけでは足りない。かわいいプラスアルファでなければならない。
そう深く深く脳髄に刻みこむように考えたところで、キタローは空腹感を覚えた。
「ところで、ここも腹が減るには減るんだな。食事の必要はないって言ってなかったか?」
「申し訳ございません。先程は言葉の選択を誤りました。食事や排泄の必要がないのはメイドたちのみです。ご主人様は空腹にもなりますし、大小をドバッと」
フレアはガニ股になり、ドバッと感あふれる動きをした。
「効果音をつけなくてよろしい」
キタローは手を振って制した。
「そういうことで、そろそろ昼食の時間ですね。どちらで食べられますか?」
「食堂じゃなくてもいいのか」
「何なら立ち食いでも構いません。ここではご主人様が王なのです。絶対なる権威でもってお申し付けいただければ、どこへでも馳せ参じます」
まさしく絶対王政である。強力無比の王の顕現である。
キタローはなんでもできる気になった。他ならぬメイド長のフレアが言うのだ。間違いはあるまい。
「ヤらせろ」
人差し指と中指の間に親指を差し込みながら、堂々と言ってのけた。
「フラグが立っておりませんので拒否します」
フレアはきっちり三歩分だけ後ずさった。
「こいつめ……」
「成年向けモードの解除には、長い長い時をかけて信頼を積み重ねる必要があるのです。ご期待に添えないことをお詫び致します。どうかご理解いただければと存じます」
「いいさ」
キタローはふうと気息を整えた。
「俺だって本気じゃない」
「あわよくばとも思いませんでしたか?」
「思った」
ぴろりろりん、とフレアがまたも口で言った。
「ご主人様の正直さには、好感度アップの効果音を鳴らさざるを得ません」
「よし!」
「ただ、ご発言の中身が中身なので、ほぼプラスマイナスゼロであることもお伝えしておきます」
「これは課金システムか何かなのか?」
「お金では買えないものがあるのです」
クレジットカード会社のコマーシャルのようなことを言いながら、フレアはかかとを揃えてみせた。絵になる立ち姿だった。
「わかった。そういうことにしておこう。じゃあ、もう一つのお金では買えないもの、それぞれのメイドの個性を爆発させるための策を、食事をしながら練ろうじゃないか」
「あらほらさっさ。お供致します」
二人の距離は元に戻って、再度歩き出した。
さて、昼食はどんなメニューだろうか。そういや朝食も食べていなかった。おいしいと良いが、とんでもない味付けだったらどうしてくれよう。
キタローはそんな風に思いながら、一度は案内された食堂に向かって、フレアの半歩前を歩いていった。




