表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガチメイド  作者: 真里谷
10/18

第十話 アルマの沈黙

 フレアの顔を見て、キタローは思わず安心感を覚えてしまった。

 迷子がようやく母親を見つけたような気持ち。

 安堵のため息が肺の奥から飛び出るような感覚。

 恥ずかしいので、とても口にできるものではなかった。

 フレアと合流したのは、食堂で夕食の準備を眺めている時のことだった。これで時間つぶしに困ることはなさそうである。

「ただいま戻りました」

「お疲れさん」

「私がいない間、寂しかったですか?」

「いや、まったく。むしろ静かになったと思っていた」

 時として、素直になりきれないこともあるのである。

 それに、新しいメイドとの出会いを堪能していた点から考えても、半分は事実だった。

「会わない間に、ご主人様は冷たくなってしまわれたのですね。まるで魔王のようです。そのような邪悪な魂はお捨てください。いつか滅殺豪波動される日がやってきます」

「ツッコミどころが多すぎて、どこから指摘したらいいのかわからんわ」

「女には少なくとも三つほどツッコミどころがありますので」

 フレアは三本の指を立てた。

「そう言うんなら、ヤらせろ」

「ダメです。視界の右上に出ていませんか? 『成功率0%』という文字が」

 今度は親指と人差し指で〇を作っている。

「出とらんわ! 俺の目はそんな素敵機能を備えていない」

 もしも出ていたとしたら、それはきっとゲームに脳髄を支配されてしまったに違いない。コンピュータを様付けで崇め、レーザーガンを手放さない毎日に繰り出すことになるのだ。

「焦ってはいけません。はい、深呼吸。吸ってー」

「すぅ……」

「吸ってー、吸ってー、吸ってー、ああんそこぉ」

「真顔かつ棒読みでベタなネタをするのはやめような」

「奇遇ですね。私もそう感じていたところです」

 夫婦漫才のような安定感を醸し出す、一連のやり取りである。キタローはもはやフレアとの距離感を見事に我が物にしていた。

 キタローはビシッとフレアを指差す。

「いいか。エッチにはエモーションが必要なんだ。もっとこう、パッションをエクスプロージョンさせていかないといけないんだよ!」

「ルー語ですか」

「いつかベッドでトゥギャザーしようぜ!」

 フレアは答えず、受け流す。受け流した先には誰もおらず、渾身のベッドイン宣言は空振りに終わる。

 いや、いた。

 配膳中のメイドが、いそいそと出て行くところだった。

「ギャザがマジック・ザ・ギャザリングなら、それが好きなメイドもおりますが」

「多趣味だなっていうか、どこから仕入れるんだ、それ」

「天佑館に、ひいてはメイド空間に不可能はないのです。時空の一つや二つはおやつ感覚で歪めてみせます」

「メイドすげぇ」

 つまりは外の世界に通販することも可能なのかもしれない。イントラネットも整備されていることも鑑みると、天佑館はその古風な佇まいとは裏腹に、しっかり現代化を果たしているといえよう。

 もっとも、戦車格納庫のような謎設備がある時点で、近代だろうが現代だろうが関係ないのだが。

「もっと讃えてください。私が気持ちよくなります」

「ディナーを平らげた後のデザートにとっておくとしよう」

 キタローは戻ってきた配膳担当のメイドを見つけた。

「ああ、そこの君」

「私、でしょうか……」

 彼女は立ち止まる。

 冷静というより、頼りなく見える佇まいだった。背丈はフレアとほぼ同じ。目が自信なさげにタレている。特筆すべきは爪だ。神経質なのかうっかりなのかはわからないが、深爪をしてしまっていた。

「そうだ。君の名前はアルマか?」

「はい。アルマと申します」

 マリーから聞いた配膳担当のメイドとは、まさしくこのアルマだった。

「良かった。やっと会えたよ。昼もありがとう。もちろん、今も。仕事中に呼び止めて悪いが、どうしても聞いておきたかったんだ」

「……ありがとう、ございます。私などを、気にかけていただいて」

 テンポは独特だが、声はハッキリと届いてくる。そこはメイドとしての仕事に関わる部分なので、頑張って出しているのかもしれない。

「ご主人様。正妻が見ている前で浮気とは、英雄的な肝の太さですね」

「アソコも太いぞ」

 フレアがそっぽを向いた。

 あまりにもオヤジチックすぎたかと、キタローは少しだけ反省した。

「というか、正妻ってなんだ。俺はフレアと結婚したのか」

「あんなに激しく愛しあったではありませんか」

「断られてしかいないが」

「前世で」

「アイタタ系に持って行くな!」

 しかし、異世界にあるメイドだけの洋館にやってきたわけだから、前世があってもおかしくないとは言える。

 キタローは考えを改めようかと思案した。

 そうは言っても、やはりアーンでイヤーンなことを現世でしてないので、悩むだけ無駄であった。現世利益が大切なお年頃なのである。

「あの、もう行っても……?」

「うん。引き続き料理を頼む」

 アルマは深く頭を下げ、食堂を出て行った。また厨房に向かったのであろう。

「楽しそうですね、ご主人様」

 フレアの言葉通り、キタローはにわかにウキウキし始めていた。

「楽しいさ。フレアに言われた通り、メイドたちのことが少しずつわかってきた。初めはみんな同じような完璧さだと思ってたけど、話してみると個性にあふれてる。いいね。すごくいい。人と話すのがこんなに楽しいとは思わなかった」

「お気に召していただけたようで、何よりです」

 やがて料理は出揃った。格式高いコース式でないことは、キタローの好みに沿ったものだった。

「さあ、食事にしよう」

 キタローはフレアを見た。

「フレア、お前も座るんだ」

「ご主人様と同席など。メイドの領分を超えてしまいます」

「俺の正妻なんだろう? 夫の横に妻がいたって、何もおかしくはないさ」

「それは……あくまで冗談でしたので」

 フレアは困惑している様子だ。彼女にしては歯切れが悪い。

 また、腕を組んだり離したりして、落ち着かなかった。

「いいや、俺は本気と受け取ったね。食事も大いに楽しませてくれ。もっともっと料理がおいしくなるように」

 そう言われてから数秒ほど、沈黙が続いた。職務には忠実であろうこのメイド長が、沈思黙考に励んでいるのだった。

「では、僭越ながら、座らせていただきます」

「よろしい」

 キタローはフレアの決断に満足した。

 だが、まだ十全ではない。

「アルマ、君も座ってくれ」

 フレアよりもさらに遠いところに控えるアルマへ呼びかけた。

「いえ、私は、ご主人様に陰からご奉仕を……」

「いいんだよ。必要な時は立って動いてもらう」

 立って動くってどことなくいやらしいな、とキタローはしょうもないことを思った。

「アルマもなんですね」

 フレアの声音にトゲがあった。

「嫉妬かな?」

「違います」

 違わないだろうと思いつつ、キタローの目線は再度アルマに向けられる。

「大勢で食べた方がいいんだ。俺だって心細いところがある。何せこの高級な雰囲気に慣れていない。いくら自分の好き勝手に振る舞っていいと念じていても、どうにも落ち着かない。庶民の貧乏性ってやつだな」

 キタローは自分の腹を叩いた。

「というわけで、アルマも落ち着かない俺を落ち着かせる意味で座って欲しい」

「アルマ、そういうことだから」

 フレアからも援護射撃があった。メイド長としての威厳に満ちた声だった。

「ご主人様の、ご命令ということでしたら……」

 アルマはようやく座った。

 まだ心理的な壁があるな、とキタローは推測する。

 ご厚意などではなくご命令というからには、自分の意志には反しているということだろう。

 とはいえ、ここで「イヤならいいんだ」と跳ね返ってしまえば、それまでである。

 せっかくにも楽しい食事になるのだ。ゆったりと話なりともしながら、アルマの人となりを解き明かしていきたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ