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ガチメイド  作者: 真里谷
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第一話 ご主人様の始まり

 キタローはふいに揺さぶられた。

「ご主人様」

 声もする。

「ん……」

 覚醒度が少しずつ高まっていく。

「ご主人様、起きてください」

「ああ……」

 視覚が回復し、光が闇の中に満ちる。

 少女がいた。見知らぬ少女だ。ややツリ目気味でしっかりとした印象を与えてくる。こういう娘を彼女にできたら最高だろうなと感じる娘だった。より直感的な表現をするならば、ぜひエッチしてみたい相手だった。

「おはようございます、ご主人様」

 少女はヘッドドレスをしていた。メイド服も着ているようだ。

 ふらふらと振り子のように揺れていた意識が、ひとところに集まってくる。

 そして、気づいた。

「ここ、どこだ?」

 そこは見慣れた自分の部屋ではなく、「洋館」という単語を連想する静やかな寝室だった。寝ているのも使い古したベッドではなく、天蓋付きのベッドである。

 はて、起きたと思いきや、まだ夢でも見ているのかしらん。

 彼がそう考えたのも仕方のないことである。

「天佑館でございます」

 少女の声が心地よく響いた。

「あんた、誰?」

「メイド長をしているフレアと申します」

「俺、部屋で寝てたはずなんだけど……」

「誠に勝手ながら、ご主人様をこのメイド空間に召喚させていただきました」

「メ、メイド空間?」

 フレアが発した単語があまりにも珍妙だったため、キタローは声が裏返るのを抑えられなかった。

「はい。地球という星に住むご主人様の空間とは、別の次元にある異世界です」

「ちょっと待て。ちょーっと待て。頭がまだ寝てる。整理する」

「かしこまりました」

 考える。

 着ているものはパジャマのままだ。ニューヨーク・ヤンキースの柄に似ている。

 ベッドはやはり違う。体の受け止め具合が絶妙で、安らかに二度寝できそうな心地がする。

 自分は誰か。大谷喜多郎である。小学校のころは何かとネタにされた名前だが、今はさして嫌いでもない。

 では、目の前の少女は。

 フレアと名乗った。ふんわりした髪は触り心地が良さそうだ。

「あ」

 ふいに、気づくことがあった。

「いかがなさいましたか?」

「整理は終わってないけど、生理現象は起きてた」

 キタローは掛け布団を払いのけつつ、下半身を指差した。

 フレアの表情が曇る。

「……ご主人様、それを見せつけて、私にどうしろとおっしゃるのですか?」

 どうせ夢なら、気持ちいい方がいい。

 キタローは攻めることにした。

「メイドと朝勃ちといえば、ねえ?」

 残念ですが、とフレアは言った。

「お断りします」

「ダメかー」

「そういう行為は、ご主人様がご主人様として頼れる方と判断した時に、私たちが各自で判断致しますので」

「私たちって、他にもメイドいるの? てか、メイド長ってことは、フツーに他にもいるか」

「はい。三百名のメイドが、毎日ご主人様の到来を待ち望んでおりました」

「三百! スパルタみたいなところだな」

 さしずめフレアはメイドたちにとってのレオニダス王かもしれなかった。

 が、フレアはまたも首を横に振る。

「残念ながら、私たちは半裸でペルシア人と戦ったりはしません」

「わかるんかい」

「ご主人様のしょうもない冗談を拾うのも、メイドのたしなみですから」

「わかった。なんとなく頭の中が整理された」

 実はよくわかっていないのだが、世の中はそうそうかっちり切り分けられるものではないのである。なんとなく精神が生きていく上では重要だった。そうして割りきった気になっていれば、まあまあ生きていけるものである。

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「ご主人様には天佑館の主となっていただき、メイドたちに充実した生を与えて欲しいのです」

 そこが重要なのだと言わんばかりに、フレアはいったん言葉を切って、また話し始めた。

「もちろん、残念ながらお断りいただくことになりましたら、すぐに元の世界にお戻し致します。あちらの世界とこちらの世界では時間の進み方が違いますので、支障はありません」

「進み方が違うって、どれくらい?」

「こちらの五億年があちらの〇・一秒ほどです」

「なんかそういうウェブ漫画を見たことあるぞ!」

 キタローは思わず腰を浮かせてツッコんだが、フレアは透き通った目を向けてくるのみだ。

「メイドたちと同じように、ご主人様も食事や排泄などの心配をする必要はなく、老化や病気になることもないのです。かといって、食事をすれば腹が破裂し、風呂に入っても気持ちよくないということはありません。ご主人様が快適にお過ごしいただけるよう、誠心誠意を尽くしてお仕え致します」

「すげえな。理想郷だ」

 気宇壮大すぎて、詐欺師もよく使わないであろう売り文句が並んだ形となった。これでいざ話を受けてみたら、話と全く違う状況だったということがない限り、デメリットは存在しないようにすら思えた。

「改めてお伺いします。ご主人様になっていただけますでしょうか?」

「いいとも!」

 キタローは即答した。

「今や懐かしいお昼の番組のようなご回答、ありがとうございます」

「わりといろいろ知ってるよね、えーと……フレア」

「恐縮です。しかし、メイドたちの知識はまちまちです。よろしければ、ご主人様の豊富な知識をご伝授いただけましたら、より質の高い奉仕を行えるものと存じます」

 つまり、調教してくれということだな。

 キタローはその一言を言いたくて言いたくて仕方なかったが、勇気よりも自制心が勝ったため、ついに口から飛び出ることはなかった。

「じゃ、まずやるべきは」

「恐れながら、ご主人様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「そうだった。俺は大谷喜多郎。アダ名は特にない。キタローって呼ばれてる」

「ありがとうございます。呼び名はご主人様でよろしいでしょうか? お坊っちゃまの方がよろしければ、皆にそのように伝えますが」

「お坊っちゃまって言われるほどのアレでもないし、なんだかナニだなあ……。ご主人様にしてくれ」

「かしこまりました。ただ、申し訳ございません。メイドの中には不遜な者もおり、ご主人様をお名前でお呼びするかもしれません。いびつな個性の形として、お受け入れいただければ幸いです」

「いいさ。みんなそう呼ぶ」

 正直に言えば、ご主人様という呼ばれ方もくすぐったかった。

 しかし、せっかくメイドが仕えてくれるというのだから、その呼び方を放棄するのはもったいない話である。

 たとえこれが強烈に現実味を伴った夢だとしても、いや、夢だからこそ、大胆に活動すべきではないだろうか。

「では、ご主人様。参りましょうか」

「待ってくれ」

 キタローは「待った」とばかりに手のひらを押し出した。

「どうかなさいましたか?」

 再び、指で股間をフィーチャー。

「生理現象が収まるまで、待ってくれ」

「……かしこまりました」

 フレアは表情も声音も大きく変わらないようだったが、心なしか呆れの感情が加わったように思えた。

 それは俺の被害妄想だろうか、とキタローは思った。いっそ彼女の前で自家発電してやろうかとさえ考えた。さすがに人としてどうかという結論に至り、やめた。常識外れの状況であっても、多少の自制心は持っておきたかったのだ。

 三百人のメイドが、自分のためだけに仕えてくれる。

 その言が本当だとしたら、いったいどんな生活になるだろう。

 胸の鼓動が早くなるのを感じながら、キタローは股間を適度にもみほぐし、「暴れん坊」の機嫌が良くなるのを待っているのだった。

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