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02

 今度は、まぶしさで目が覚めた。

 ゆっくりと目を開けると、青い空と太陽。わあ、いい天気だ。洗濯物がよく乾きそう。

 …夢じゃなければ。


 どうやらまだ夢の続きのようだ。というか夢でなくては困る。視界には木々と草むら。土のにおい。そして背後にはやっぱりふかふかの白い毛皮、もとい獣。木陰でとても幸せな心地。

 体を起こす。まだ痛みはあるが、体はかろうじて動くようだ。手をゆっくりと目の前に持ってきて、日差しを遮る。

「っうわ!」

 手が、血まみれになっていた。思わず体を起こして、自分の着ていた白かったはずのポロシャツが、赤茶けた変な色に染まっているのにやっと気付いた。乾いた、血の色。よくよく見てみると、自分の周囲が血の色に染まっている。認識に理解が追いつかない。痛みも忘れ、体をまさぐる。服をめくってみると、腹部の血で汚れているのが見えた。外傷は見当たらない。では、これは誰の血だ。

――――お前の血だ。

 声がする。音は無い。

 振り向くと、あの獣が体を起こしてこちらを見ていた。

 陽光の下で見ると、なんと美しいことか。やはり外見は虎によく似ている。白い体毛に、黒い模様、青い目。白虎というやつだろうか。こいつに話しかけられるのは2度目だ、前回よりは驚きも少ない。

「わたしの、血?」

 まだ声はガラガラだったが、なんとか言葉は出るようである。赤茶けて、掌のしわの隅々に染みてこびりついた血液に目をやりながら呟く。

 人間は体からどれくらいの血を抜けば死ぬかは知らないが、明らかに失血死してもおかしくない量ではないだろうか。

――――私の血を、与えた。そのままでは死んでいた。目も当てられない有様だったのだ。

 何を言っているんだ、この虎は。獣の血で生きながらえるなど有り得ないだろう。

――――私は獣ではない、魔獣である。

 マジュウか、マジュウってなんだ。名前か。そうかそうか、マジュウ君というのか!変な名前だな!

 マジュウ君は何とも形容しがたい変な顔をした。人間臭い表情である。

「冗談だよ」

 ぼーっと血まみれの右手を眺めながら痛む肉体の点検をする。外傷は無い、ようだが、よくよく見てみると傷跡のような、うっすらと皮膚が引き攣れた線があるのに気付く。その線は私の腹部を左肩に向かって斜めに伝い、左腕の二の腕当りで止まっていた。体中くまなく見れば、まだあるのかもしれない。

 夢であってくれ、と何度心中で呟いただろうか。

 しかし眠りにつこうと頬をつねろうと現状は変わらない。なにがどうしてこんな事になっている。

 …魔獣だとか、血がどうのとか、そんなこと言われても。

 ファンタジーである。幼少時にやったゲームの世界か。剣と魔法と勇者で2Dの世界をぐるぐる回りながら世界の平和を目指すのか。レベル上げして魔王を倒して、裏ボスも倒して、それで、それから。

 現実逃避なのか自己防衛の為の本能なのか、とりとめの無いことを考えてしまう。あのゲームはどこにやっただろうか。本体と一緒に小学生から使っている学習机の引き出しに入れたままだっただろうか。その思考に終止符を打ったのはまたもや獣の声。


――――ここは、おそらく君の知らない世界だ。何か…穴のようなものに、落ちはしなかったか。

 穴、穴……。

 穴。ぽっかりと口を開け、私の足を飲み込んだ、真っ暗な闇。

――――そう、まさしく。

 何故、なんで、どうして。アレはなに。

――――空間に亀裂が出来たのだろう。不運な事故であったとしか言いようが無い。肉体はその衝撃に耐えきれず壊れていた。

「こ…」

 壊れていた?

 獣は目をそらしてしまう。

――――見つけた時は、まだ息があった。私の血で、足りないものを補った。魔物の血だ、治癒能力は格段に上がる。しかしその身はヒトのものから離れてしまった。

「意味がよく…わからないんだけど」

――――魔のものは、闇の中で生きるもの。太陽の下では生きられず、血肉を食らわねば肉体が弱る。聖なるものには近寄れぬ。

 もっと噛み砕いた言葉で分かりやすく言ってくれないだろうか。今のこの混乱しきった頭では、理解するのに時間がかかる。

 獣は僅かに目を細めて、口元を歪ませた。獰猛そうな牙がちらりと覗いて、背筋を凍らせる。私の感じた恐怖を読み取ったのか、獣はすぐに口を閉じた。

――――つまりは、日の光を長時間浴び続けたり、獣の血や肉を食べずに過ごしたりすれば体が弱るのだ。人間の作った教会や清められたものには近づく事は出来ない。ここまでは、いいか。

 噛み砕くように、ゆっくりと獣が話しかけてくる。

 …理解して全身に鳥肌が立つ。今は日中だ。しかも快晴である。木陰に入っているとはいえ、陽光は薄い葉を通して地面に横たわる私にも、獣にも届いている。痛む体を引きずって木に背中をこすりつける。

「ちょっと、こんなところにいて大丈夫なの……?」

 全く動揺した様子を見せず、こちらを眺めている獣に問いかける。

――――これくらい、そう問題はない。直射日光を長時間浴びるようなことをすれば、という程度の事だ。低級の魔物であれば死に至る場合もあるが、魔獣の類は魔物の中でも高位に位置する。死にはしない。

「血や肉っていうのは」

――――そう神経質になるものでもない。数ヶ月も断てば流石に死ぬが。

「……人間って言ったけど、ここにも人間はいるの」

――――いる。ただし、人間は魔物を狩る。お前も人間の形をしてはいるが、魔のものであると露見すれば、命を奪われるかもしれぬ。

「……」

 どうやら私はなかなか生きるのが難しい体になってしまったらしい。身体というか状況というか。


 頭は十分働いている、と思う。自分が置かれている状況も、理解できてきている、とも思う。でも、心のどこかで全てを否定してしまいたいと、無かった事にしてしまいたいと。そうも思っている。


 根本的な事を聞きたくなかった。でも聞かずにいても変わらないのだ。自分が遭遇してしまったこの状況も、現状も。

「…それで、私は異世界に来てしまいましたって言うことですか」

――――君の世界から見たらそうなるな。


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